幼馴染な彼女とキスしたいけどタイミングがわからない

久野真一

幼馴染な彼女とキスしたいけどタイミングがわからない

「ふわぁ……眠い」


 京阪電車けいはんでんしゃ京橋きょうばし駅。

 あくびを噛み殺しながら手元を見ればまだ時刻は朝の六時。


「私も……」


 隣で電車を待つ彼女、りやちゃんもとろんとした目つきで眠そうだ。


「やっぱり京都で下宿したい」

「言っても仕方ないよ」

「わかってはいるんだけどね」


 こんな会話も僕らの日常の一部。


「こうやって一緒に登校する時間も少し好きだよ」


 控えめな声量で、でもはっきり言ってくれるりやちゃんは健気だ。

 こんな可愛くて性格も良くて……とにかく、いい子と付き合えていいんだろうか。

 

「僕も好きだよ」


 交際歴三年。大きな喧嘩をすることもなくうまく行っている。

 でも、最近の僕には大きな悩みがあった。

 それは他人から見ると本当に些細なことなのだけど-


「あそこ座ろう」

「うん。ようやくゆっくり出来るね」


 出町柳でまちやなぎ行き特急が到着するなり空いた席に滑り込む。

 終点まで寝られるのは高校が遠い僕らにとっての救いだ。


 二人がけの座席に座るなり少し眠くなってくる。


「りやちゃんは英語の宿題やってきた?」

「一応。そー君は?」

「なんとかね。英作文は苦手」

「私も……ふわ」


 隣の彼女はうつらうつらという様子。

 そんなぼんやりした顔も可愛らしくて……


(キス、したい)


 そう思ってしまう。

 僕の最近の悩みはズバリこれだ。

 交際三年なのに未だにキスすら出来ていない。

 

「ちょっと寝るね」


 僕の悩みを知ってか知らずか、もたれかかってくる。

 さらさらで背中まで伸ばした自慢の髪や、香水の香り。

 二の腕までが押し付けられて少しムラムラする。


「おやすみ、りやちゃん」


(でも)


 信頼して体を預けて来てくれるんだ。

 すやすやと寝息を立てて幸せそうな彼女に不埒な真似はできない。

 ともかく登校中の一時は高校生活で一番幸せな時間だ。


 僕、堀宮惣一ほりみやそういち

 彼女、りやちゃんこと間中里矢子まなかりやこ

 二人は交際歴三年の恋人同士。


 隣の都道府県まで一緒に電車で通学する境遇は特殊かもしれない。 


(ねむ……)


 煩悩は湧いてきても早朝に起きればやっぱり眠い。

 そんな中脳裏をかすめたのは隣の愛しいりやちゃんと仲良くなったきっかけ。


◆◆◆◆数年前◆◆◆◆


 塾に通いなさい。

 小五の頃両親からそんなことを言われたときは反発したものだった。


「中学受験なんて何の意味があるの?」


 そう反論したものだけど。


「中高一貫のところに行けば後から楽になるから」


 母さんはそう言う。


「そうだぞ。たった一年の我慢だ」


 父さんも同じようなことを言う。


 言い分に納得したわけじゃなかった。

 でも、無駄に反抗しても仕方ない。

 こうして、中学受験のために近くの進学塾に通うことになった僕・

 そこで思いもない相手と会うことになったのだった。


「あれ……間中まなかさん?」


 塾に通うようになって少し経った頃。 


堀宮ほりみや君?」


 偶然、同じクラスの彼女と鉢合わせしたのだった。


「ひょっとして、間中も中学受験?」


 彼女との仲は悪くも良くもなく。

 ただ、子ども心に上品できれいな子だなって思ってた。


「親が中学受験しろってうるさいんだ」


 いつも物静かな彼女から、そんな愚痴が出てきて少しびっくり。


「間中さんがちょっと意外」

「私、どういうイメージだったの?」

「なんていうか……お嬢様?」


 身なりもきっちりしてたし、背筋をきっちり伸ばしていた彼女。

 衣服だってなんだか高そうだった。


「お嬢様って……私だって普通の女の子だよ」


 不服そうに頬を膨らます間中さんを見て、思い違いに気づいた。

 彼女だって親への不満もある、普通の女の子なんだって。 


「ごめん。普段あんまり話さないから勘違いしてた」


 と、間中さんは何やら目をまんまるにしていた。


「どうしたの?」

「ううん。堀宮君っていい人だなって思ったの」


 くすっと笑う彼女はやっぱりいいところのお嬢様で。

 でも、褒められてちょっと嬉しかった。


「その……照れるんだけど」

「学校でも結構照れ屋さんだよね」

「見てたの?」

「だって、皆に可愛がられてるから」

「えー。僕はなんか納得行かない」


 なんだか普通におしゃべり出来ている。


「間中さんは親になんて言われたの?」


 ちょっと気になっていたことだった。


「中高一貫に行っておけば楽になるんだって」


 僕と全く同じだった。でも。

 今まで遠い存在だったけど、親しみが湧く。


「僕も同じ。本当に楽になんてなるのかな?」

「私は言っても無理だから諦めたよ」

「だよね」


 塾に通い始めて、もやもやをわかってくれる子に出会えた。

 だって、他の奴はまだ塾になんて行ってないからわかってくれない。

 

「間中さんとは仲良くなれそう」

「実は私も。これから塾仲間同士、仲良くしようね」


 そんなきっかけだから、打ち解けるのに時間はかからなかった。 

 学校で物静かなのは少し人見知りなだけだとか。

 少年漫画が実は好きだけど、女の子たちの前では言い出せないとか。

 何気ないことを話してすっかり仲良くなったのだった。


 男子校と女子校は嫌だということで意見が一致。


「一緒の共学目指さない?」

「うん。私もそうしたい」


 両親に志望校を揃えて伝えようと裏で共謀したりもした。

 こうして小六の二月に京都にある中高一貫校に二人して合格。


 合格通知を見に行った時は二人して喜んだっけ。

 中学に進学した僕らはやたら二人で行動していた。

 だって、周りは知らない相手だらけ。

 二人でおしゃべりしていた方が安心という単純な心理。

 間中さん……いや、りやちゃんと一緒にいれば安心。

 そんな気持ちもあった。


 少しずつ友達は出来ていったけど、僕たちが一番親しい。

 そんな間柄だったから意識しあうのに時間はかからなかった。


 中二の秋、最寄り駅で降りて帰る途中のことだった。


「ねえ、そー君。私、そー君のこと好きなんだ」


 横目で見ながらどこか恥ずかしげな告白。

 そー君というあだ名は親しみがこもっていて好きだった。


「僕も、中一の頃からちょっと意識してた……いや、好きだった」


 親しい女の子がどんどん可愛くなっていくんだ。

 意識するなっていうのが無理。


「じゃあ、これからは恋人になってくれていい?」

「僕の方こそお願いしたい」

「ふふ。凄く……恥ずかしい」

「同じく」


 お互いの顔もろくに見られなかったっけ。

 

◇◇◇◇現在◇◇◇◇


「終点。でまちやなぎー。でまちやなぎー」


 車内アナウンスが流れてパチリと目を開ける。


「りやちゃん。ついたよー」

 

 ゆさゆさと身体を揺さぶって彼女を起こす。


「んん……好きだよ。そーくん」


 瞬間、ドクンとした。

 寝言でもちょっとうれしい。 


「ほら。起きなよ」

「ん……おはよ。そーくん」


 しばしばと目を瞬かせる彼女。

 でも……顔が近い?


「そー君、なんか変だけどどうしたの?」


 君がいきなり顔を近づけてくるから。

 

「なんでもない。ほら。行くよ」


 でも、そんな内心を悟られるのは恥ずかし。

 少し強引に手を引っ張って先を急ぐ。


「もう。ちょっと待ってってばー」

 

 学校最寄りへのバスを二人で待つ間。


「学校の帰りにどっか寄ってかない?今日は部活ないでしょ?」

「いいね。ちょっとゲーセン行きたかったんだ」

「私は本屋寄りたいな」


 長距離の電車通学の僕たちにとってのちょっとした楽しみ。

 最寄り駅にから家までの間にどこかに寄る些細なデート。


「でも、こうしてデートするの普通になったよね」


 付き合いはじめはそれだけで緊張したっけ。


「も、もう。何を急に言い出すの?」


 付き合ってもう三年。

 でも、こんなことを言うとすぐ照れる。


「いつもからかうと照れるの可愛いよね」


 なんて言いながら指を絡めてみる。


「からかうのなら、学校から直帰だよ?」


 不貞腐れながらも嬉しそうなりやちゃん。


「ごめんってー」


 付き合って結構経つけど、ますます好きになっていく。

 でも、だからこそ-


(いい雰囲気でキスしたい)


 そんな気持ちが湧き上がってくる。

 手を繋ぐのもいいけど、もっと先に進んでみたい。

 遅すぎると言われそうだけど、そう思うようになっていた。


「付き合って結構経つけど、何かしてみたいことある?」


 気になっていたことを聞いてみる。

 僕と同じようにキスしたいって思ってて欲しい。


「何かって?」

「その……男女としてというか」

「そー君のことは好きだけど、き、キスしてみたい」


 同じ気持ちだったことが嬉しかった。


「実は僕もなんだ」 

「そー君がやじゃないなら、今日の帰りにしてみたい」

「いいの?」

「嫌なの?」

「嬉しいよ」


 隣を見れば熟れたりんごのようなりやちゃんのほっぺ。


「そー君、顔赤くなってる」

「りやちゃんも」

「でも。エッチなことは……もうちょっと先でいい?」

「それはそうだよ!僕も全然準備出来てないし」


 そうだよ。お互い高校生なんだ。

 キスもエッチも興味を持って当然の年齢。

 ましてや、りやちゃんの体型は均整が取れている。

 背中まで伸ばした艶やかな髪も好みだし、少し慎ましい胸だって好きだ。


(でも……どうやってキスすればいいんだろう)


 現国の授業を適当に聞き流しながら頬杖をついて考える。

 出町柳駅あたり?その後に遊ぶんだからそれはおかしいか。

 

 最寄り駅付近で遊んでからだろうか。

 日も落ちかけてるだろうし、ムードもあるかもしれない。


(ああ、なんかキスのことで頭がいっぱいだ)


 同い歳の友達はもうその先まで行ってるやつだっている。

 たかがキスで悩んでいるのが少し情けないけど。


(でも……僕のキスが下手だったらどうしよう)


 そんな考えも浮かんでしまう。

 歯が当たるとかあるけど本当だろうか?


 キスの前に歯磨きくらいはしとかないと。

 口臭も気になるみたいだし、コンビニでフリスクでも買おうか?


 キスの仕方もネットで調べておこう。

 昼休みなら十分調べる時間だってある。


 廊下側の席から視線を感じると、りやちゃんが僕をじっと見ていた。


(うん?)


 指で下を指す仕草。腕で☓マーク。

 そんな仕草もいちいち可愛い。


 授業に集中しないと駄目だよって辺りだろうか。


(ごめん)


 そんな意図を込めて拝むポーズ。


(OK)


 指で丸を作って、わかればよろしいのジェスチャー。

 こんなやり取りもすっかり当たり前だ。


 ふと、悪戯を思いついた。


(す、き、だ、よ)


 英語でL、O、V、Eを虚空に描き出す。


 りやちゃんはといえば目を伏せて、


(わ、た、し、も)


 M、E、 T、O、Oを同じように描き出す。

 

 お互い視線を交わして微笑み合う。

 りやちゃんと同じクラスになれて本当に良かった。

 

 昼休みのこと。


「そーちゃん。今日のお昼は一人で食べたいんだけど。いい?」

「うん。僕も調べ物があるから」


 りやちゃんも何かしらあるらしい。


「実はちょっと私も調べ物があるの」

「わかった。また後で」


 キスの仕方とか雰囲気の作り方とか調べておかないと。


(でも)


 りやちゃんは一体何の調べ物なんだろう?


(まあいいか)

 

 それよりもキスだ、キス。

 初めてだから、下手くそなのは避けたい。

 

◇◇◇◇放課後◇◇◇◇


 自宅からの最寄り駅についてからしばらく。

 いつものささいなデートをした後のこと。


「りやちゃん。コンビニ寄っていっていい?」


 さりげなく切り出す。


「いいよ。私も買いたいものあったし」


 よし。

 さっとフリスクを買っておこう。

 バレると恥ずかしいから麦茶もついでにと。

 

 空を見上げれば西日が沈もうとしていた。

 通学時間1時間30分近くだから仕方ない。

 そう思うけど、あっという間だな。


「放課後になるとあっという間に時間が過ぎるよね」

「わかる。そー君と一緒なのも、その、あるけど」


 今日はお互い、なんだかキスを意識してる気がする。

 なんとなくだけどそう感じる。


 そういえば。

 さっきから、りやちゃんが口をもぐもぐさせているような?


「口がもぐもぐしてるけど。コンビニで食べ物でも買った?」

「うん。ちょっと甘いもの食べたくなって。チョコを少し、ね」


 何やら恥ずかしげな声だ。うん?


「それくらい別にいつものことでしょ」


 今日に限って一体どうしたんだろう?


「実は少しダイエット中だから」

「う、うん」


 理由になってないけど、まあいいか。


 いつものようにさっと手を繋ぐ。

 考えてみれば家までの間でキス、するんだよね。

 なんだか緊張してきた。


 大通りだと人が見てる。

 キスするならマンションの近く?

 あの辺りの細い路地なら人もあんまり通らないし。


 それからしばらくの間、言葉少なに歩いた僕たち。

 りやちゃんもキスを意識してるのかほとんど無言だ。

 

「えっと……あそこ、いい?」


 マンションまであと数分。

 ちょうど人が通らない路地にさしかかった。

 

「う、うん。よろしく……お願いします?」


 りやちゃんも意図を察したらしい。

 

「なんか照れるよね」


 路地の行き止まりまで来てしまった僕たち。

 ここまでくれば人には見られないだろう。

 いよいよするんだと思うと心臓がバクバクとしてくる。


「うん。初キス、もらって欲しい」


 彼女が背中に腕を回して抱きしめてくる。

 いつもなら安心するハグ。

 でも、今日はこの先が本番だ。自然と緊張してくる。


「じゃ、じゃあ。もらうね」 

「ん……」


 一回り身長が小さい彼女がつま先立ちで顔を上に向けてくる。

 いよいよ、と思うと、鼓動が早くなるのを感じる。

 瑞々しい唇に、ほのかなミントの香り。


(そうか)


 さっき口をもごもごさせてたのは。


 彼女も意識してくれたのがわかって嬉しくなる。

 同じように目を閉じて……ゆっくり唇を触れ合わせる。

 ちゅ、っと。小さな音がした。

 とおもったら、彼女の舌が差し込まれる。


(こ、これってディープキスっていうやつ?)


 全く予想してなかった。


(でも……)


 勢いに任せて、同じように舌を差し込む。

 くちゅくちゅ、と水音が出て、なんだか変な気持ちだ。

 

「あむ」


 とおもったら、もっと深く舌を差し込んで絡めてくる。

 僕はといえば、予想外過ぎて無我夢中で応じるばかり。

 どんどん水音が激しくなって行く。

 

「ぷはっ」


 さすがに緊張の限界だった。

 五分くらいそんなことをした後、唇を僕から放した。


「その……ちょっと驚いた」

「ずっとキスしたかったんだもん。なのに、そー君何も言ってくれないし」


 不満そうな声だった。


「もしかして……結構気にしてた?」

「うん。キスしたくないのかな、とか時々不安だった」

「ごめん。ほんっとーに!」

「いいよ。それより、キス、気持ち良かった?」

「うん。舌とか……恥ずかしかったけど、すごく」

「なら良かった。ファーストキスでやり過ぎかもって思ったから」


 予想外にりやちゃんは情熱的らしかった。


「ところで、そー君。コンビニでフリスク買ったでしょ?」

「なんてわかったの?」

「キスした時にミント味がしたよ。もう……」


 悪戯めいた顔でからかってくるりやちゃん。


「でもさ。りやちゃんもフリスク買ってたでしょ」


 彼女だって人のことを全然言えない。


「バレてた?」

「だって、キスのときにミント味がしてたから」

「うう。バレないと思ったのに」


「全く同じこと考えてたみたいだね」

「ファーストキスだからね。やっぱり気になるもん」


 でも、そこまで考えてくれてたんだ。

 男として色々嬉しすぎる。


「あと、昼休み、りやちゃん、キスの仕方調べてたでしょ」

「そー君もでしょ。ちらっと見えてたよ」


 言い合って、ぷっとお互い笑い合う。

 こんなところまで似た者同士なんだから。


「これで、ようやく恋人らしい恋人になれたよね」


 僕だってキスの一つもしてないのは時々気になっていたのだ。


「あと、エッチなことも、遠くない内にしたいかも」

「今朝はもうちょっと先とか言ってた癖に」

「キス、凄く気持ちよかったの。だから、もうちょっと進みたい

「わ、わかった。僕も色々調べておく」


 でも、エッチなことの場所どうすればいいんだろう?


「そー君の家は、弟さん居たよね」

「りやちゃんの家も、お姉ちゃん居たよね」

「……」

「……」


 二人きりで声とか聞かれない場所。

 実はとんでもなく難易度が高いんじゃ?

 ラブホテルも僕らの年齢だと無理だろうし。


「次のステップアップは遠そうだね」

「二人で一緒に色々かんがえよ?」

「そうだね。キスが出来たんだし、次もきっとなんとかなる!」

「そうそう。その意気だよ!」


 なんて言ったものの。


「はあ……」

「難しいよね……」


 ため息をついた僕らだった。


(でも)


 今日はりやちゃんにリードされっぱなしだった気がする。

 キスの件を持ち出したのも、舌を入れてきたのも彼女。


(次のステップではきちんとリードするぞ!)


 夕日にそう誓った僕だった。


「あ!いいこと思いついた!」


 突然、大きな声を上げる愛しい彼女。


「なになに?」

「来週末、家族旅行があるんだ」

「うん。それで?」

「その時に仮病を使うから。二人っきりになれるでしょ」

「それ、いいアイデアかも。でも……」


 心の準備が出来ていない。


「でも?」

「ううん。その……しよっか」

「うん。待ってるからね?」


 リードしようと思った矢先にこれだ。

 りやちゃんは強いなあ。

 とほほ。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆

キスをしたいカップルが頭を悩ますだけの、そんなお話でした。

ほんわかしていただけたら、応援コメントや★レビューいただけると、

とっても嬉しいです!

☆☆☆☆☆☆☆☆

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