最終回

 親父が死んだ。病気で弱っているとはいえ、あんな男と同じ空気をこの世界で吸うことに虫唾が走っていた。有川家の決まり事だかなんだか知らんが、名前に"聖"の字を入れることでかろうじてアイディンティティを保っているようなつまらないこだわりに俺はうんざりしていたから、俺は自分の子供には"聖"の字を入れなかったし、その名前へのこだわりの話は未だにしていない。


 会いに行った日に親父が口にした"あの日"の出来事はよく覚えている。誰が忘れる物か!勝手に救われたような気になっていたようだが、本当に反抗的になったのはあれがきっかけだ。話の大筋は合っていたが、いくら母さんが話を聞いてちょうだいと懇願しても酒乱のあいつは少しでも酒が入って帰ってきていたから聞く耳を持たず、好きなだけ大暴れしただけでなく母さんに「そもそもこのガキは本当に俺の子か?テメエが勝手に生んだんだから責任もって教育しろ」だのと暴言を吐いたのを忘れたのか?それとも都合よく記憶から消しただけか?いずれにせよ俺は絶対に忘れない。俺は絶対に許さない。


 何度も手紙が来てうんざりしていたのを突っ返していたら、今度は誰の入れ知恵か知らないが内容証明なんて送って来やがった。流石にそればかりは無視するわけにもいかず中の手紙を読むと末期ガンだというではないか。どうせ放っておいても時間の問題だが、俺は先日耳にしたある話が本当なのかを試してみることにした。その話というのは、病気で気張っていた人が肩の荷が下りた途端に気が抜けて急に逝ったというものだ。


 適当に思い出話をして優しく接すればそうなるのだろうか、ぐらいにしか思っていなかったがまさか自分からあの話を持ち出すとはな。あの親父が、とは思ったが勝手に自分から罪悪感と言う隙を見せてくれたのだ。あとは許すという態度を取るだけで手に取るように簡単だった。演劇経験があって本当に良かったよ、きっと腹の中ではずっと馬鹿にしていたのだろうけれどもう今となってはどうでも良いことだ。


 親父は許されたと思った。俺は死を願った相手がいなくなってくれた。完全なWin-Winじゃないか。きっと親父は俺に感謝すらしているんじゃないか?俺は指一本触れてないどころか、優しい態度を取って話をしただけ。もしこの話を誰かがありのまま聞いたとして、果たして俺を裁く事ができるのだろうか?さしあたって、「凶器は何か?」と聞かれたらこう答えることにしようか。



 私が親父を殺した凶器は"優しい態度"でした、と。



                                -完-

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