第4話
当時の俺は仕事に没頭するのと同時に、今よりも簡単に会社の領収書が切れる時代だったのをいいことに毎週末は泥酔するまで飲み歩いて記憶も飛び飛びに帰る、そんな事を繰り返していた。今にして思うと肝臓へのダメージはこうした日々で蓄積されたものだろうか。その頃といえばちょうど軽い反抗期の聖和と俺はたびたび口喧嘩が絶えず、和子にも「お前の教育が行き届いていないからだ」と責任を押し付けて自分の時間を謳歌していたのだろうと今にして思う。
ある週末のことだった。その日はたぶん予想よりも早いお開きとなったせいか酒や食事にも思うようにありつけず、少し面白くない気分で早めに帰ってきたが外で飲んでくると言った俺の食事は当然用意されていなかった。
「俺のメシがねえぞ」
「飲んで来るって言ったろ。メシなんてねえよ」
「なんだその口の利き方は!!」
反抗的な聖和の口答えに俺は思わず平手打ちした。腹立たしかったのはそれだけではなく、その日は朝から和子が風邪気味で寝ていると言ったにも関わらず帰ってくると綺麗に掃除や洗い物がされていたことだった。冷静に考えるとおそらく具合の悪い和子に気を遣った聖和が代わりにやったことなのだろう。ただその時の自分は八つ当たりも含めてつまらない怒りに捉われていたのかもしれない。
「俺のメシは用意できないけど、他の家事はできるのか?ずいぶん都合の良い風邪じゃねえか?おい!!」
怒鳴りつけた俺はテーブルの上にあった皿を壁に投げつけ、冷蔵庫の中のビールをひったくるようにして寝室で文句を言いながら3本ほど缶を空けて一人そのまま寝てしまったが、朝になると割れた皿は片付けられていた。叩きつけた傷は長い事残っていたが、いつのまにかあれはなんの傷だったか……と忘れてしまっていたのはバツの悪さから俺が目を背けていたからだろうか。聖和の俺に対する反抗的な態度(和子とはそれなりに仲が良かったようだが)は強まったのは、それと前後したからではなかったのだろうか?今になってフラッシュバックした記憶は、そんな無責任な俺を苛むかのようだった。
「急にこんなこと思い出したのはなんでかな。お前たちに謝らなければいけないと、和子が背中を押したのかもな」
「弱気なこと言うなよ。俺はもうそんなの覚えてないし、もしそれを思い出して重荷に感じたなら降ろせよ。家族だろ」
聖和の口にした"家族"という言葉に俺は救われたような気がした。こんな酷い夫、父親なのにお前たちはそれでも許してくれるというのか。
「だからさ、もう気を張らなくていいんだよ」
そう言った聖和はもう立派な男の顔をしていた。そうか、お前はもう子供じゃないどころか人の親なんだものな。頼もしさを感じた俺は、一気に肩の荷が降ろして力が抜けるような感覚になった。
その夜、有川聖弘は安らかな顔で急にこの世を去った。享年75歳の生涯だった。
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