第4話 帰還

 老人は男に対し、焚き火の中に立てと言った。

 男はそれに従った。

 弱々しかった炎は、男が片足を踏み入れると前振りもなく急に激しく燃え上がった。

 だが男は、熱さを感じなかった。

 身体が燃えることもない。

 燃える身体自体が、この世界にはそもそもない。

 足元から次第に炎が男を包み込み、その顔を漆黒の中に赤々と照らし出す。

 老人が、炎の中の男に跪き両手を高々と掲げた。

 男は不意に、懐かしい思いに囚われた。

 遠い昔の、父の顔、母の顔......。

 意地っ張りだった少年時代、希望を求めて躍起になった青年時代、そして人生を何となく生き抜け、そのままあっけなく――。

 皆が自分を見ている。男はそう感じた。

 あの幼い自分が。向こう見ずな青年が。あの老けた自分が。

 炎の中、多くの『自分たち』が収束し、高まり、そして新たな生を渇望し祝う。

 燃え盛る炎のシルエットが、踊り子のように男の頬を舐めた。

 狂喜した激情が、男の内外を駆け抜ける。

 そして男は眼前に、白い空白を見た気がした――。


 産婦人科では、一つの産声が響いた。

 助産士が赤子を布に包むと、母親の元に歩み寄る。

 「おめでとうございます。元気な男の子です」

 母親は弱々しく、その赤子の額に指をあてる。

 そしてその子の父親と決めた、新生児の名前を囁く。

 「あぁ、――。」

 母親は、その子の魂がどこから来たかは知らない。

 新生児の中にも記憶は残っていないだろう。

 赤子はただオギャアオギャアと泣きながら、可愛らしくその手足をバタつかせた。

 

 

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砂遊記 Slick @501212VAT

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