第3話 進むべき道

 この旅は終わりに近付いていた。

 男の中に、真実を知ることへの恐れはない。

 あるのはただ、穏やかに落ち着いた心の囁き。

 これで長い旅は最後だ。

 男は銀に煌めく夜の砂漠を、煙を目指して歩いた。


 煙の根本には、小さな移動式テントが張ってあった。だがそれが長いこと動かされていないのは明らかだった。

 手製の短い枝の柱に、端が擦り切れ薄汚れた布が乱雑に巻き付けられている。

 人が住んでいるのかさえも怪しいが、テント前では弱々しい焚き火がパチパチと爆ぜていた。

 男はテント周りをグルリと回ると、誰もいないことを確認して焚き火に近付いた。

 男が近付くと、炎の外縁から小さな火の粉が飛び立ち、砂漠の夜に弾け散った。

 男はその光景に、自分の過去を垣間見た気がした。

 「――なぁ、美しいとは思わんかね?」

 不意に背後から低い声が掛かったが、男は驚かなかった。

 無論、疑問を抱くこともない。

 彼はゆっくりと、その瞬間を味わうようにして顔を回した。

 男の後ろにいたのは、一人の小柄な老人だった。黒い肌に短い白髪を生やし、多少腰が曲がっているものの顔色は健康そうに見えた。

 「人の健康の心配をするより、もっと大事なことがあるだろう、ん?」

 その老人は男の考えを見透かすように言うと、彼に並んで焚き火の前に立った。

 このテントは老人の持ち物だ。男は思った。

 いや、このテントだけではない。

 この砂漠全体が、この小さな老人の持ち物なのだ。

 「そうだ」

 老人が告げた。


 「あなたは誰なのです?」

 焚き火を挟んで座りながら、男は老人に向けて分かりきった問いを投げかけた。

 「知っておろうに」

 老人は手持ちのカップを一口すすると

 「儂はお前をずっと見てきた。お前の未来を予見し、その魂の軌跡を追ってきた......」

 かなり抽象的だったが、男にはそれだけで十分だった。

 「あなたは生と死を司る者、蘇りの管理者ですね。つまり、私は既に死んでいる」

 男が答えると、老人はカラカラと嗤った。

 「呑み込みが早くて助かるわな。いつ気付いた?」

 「一回目の、記憶の再来後に。あの時、幼かった自分と今の自分との間に存在する大きな隔たりに気付いたんです。そこから後はすぐでした」

 「そうか」

 「一つ聞きたいのですが、今までここに来た人たちはどうなったのですか?」

 男の問いかけに、老人は一瞬遠くを見つめるような目をすると、サラリと答えた。

 「彼らは全員、己の進むべき道を行った。長いことこの仕事をしておると、個人のことはあまり記憶に残らんものでな」

 そう言うと、老人はおもむろに立ち上がった。

 「さて、お前にも道を示してやろう」

 

 

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