最終話 俺が本当に忘れていること
あれから──。
元の世界に戻った翌日、俺は筋肉痛になっていた。
よくよく考えれば町内を巡っただけとはいえ、月が見える夜中までほとんど立っていたわけだし、最後の黄魁神社に至っては、拝殿まで石段を駆け登り、ゾンビたちとの壮絶バトル。
よく体力持ったよ、俺。
その日一日中、布団の中の住民になったのは、名誉の負傷と言い張る。
次の日はくろのみ小学校解体イベントだったので、商一を誘って参加。
吹奏楽部の曜丙の演奏と、合唱部の友希帆の歌声。
大勢の中から特定の一人の音や声を聞き分けることは出来ないが、二人ともそれぞれの部活で、生き生きとしていた。
「いい音楽だったね」
商一の飾り気のない称賛は受け入れられ、俺たちはみな、友だちになった。
友希帆の叔母である、奏鳴さんももちろん、解体イベントに遊びに来ていた。
商一は、俺と奏鳴さんを二人っきりにさせようと前々から目論んでいたらしく、曜丙と友希帆ともっと話したいから、あっち行くわと、三人でイベント会場の屋台の中に消えていった。
はめられたと思っても、この心づかいはうれしい。
大学生と中学生の年の差はあるけど、俺は奏鳴さんが好きだ。
告白なんて、俺には早いから出来なかったけど、夏の青春の一ページには相応しい恋物語が描かれたと思う。
合流して、五人組になったら、喫茶トワイライトに行って、みんなで季節限定品の甘味を食した。
商一はやはり、色合い的にあんみつのほうが好みだったらしく、抹茶レモンあんみつを頼み、あんこの虜に。
食の好みからは逃れられなかったようだ。
──そして。
「よ、ばぁちゃん。久しぶり」
俺はくろのみ墓地に墓参りに来ていた。
自前の墓参りセットで、今回も大観家の墓をきれいにする。
「ばぁちゃん、俺さ……ばぁちゃんの、俺への愛情を疑っていたことに謝りたい。でも、その前に、不思議な体験話の方をしたい」
あのペリドット世界のこと、俺の拙い話でどこまで伝わるかな。
「ばぁちゃん、俺ね。すごく頑張ったよ」
今からでも褒めて欲しいぐらいだよ……。
一人の男性が、犬を二匹連れて混音市のとあるドックランに来ていた。
「あれ、井之上先生?」
「あ、本当だ。井之上先生だ」
双子の姉弟が近づいてくる。
「こら、環奈、源登。先生だってプライベートがあるんだぞ。むやみやたらに声をかけない!」
双子のお父さん、大観史健が双子を諫める。
「ははは。こんにちは、源登君。そして、おねえさんの環奈ちゃん」
井之上鳩彦は人のいい笑顔を見せる。
その間、ドックランでは、先生の飼い犬である二匹の犬はお互いにじゃれ合っていた。
「あ、先生、犬かっているの、かわいい。ねぇ、源登」
「いや、大きくない? こわくない? ねぇ、環奈」
双子でも犬に対する感想は違うようだ。
「すみません、井之上先生。せっかくの休みだというのに……あ、犬、かわいいですよね」
犬を褒めることで、飼い主の機嫌を取る作戦に出た、史健。
さすが、大人である。
「ありがとうございます」
社交辞令が入っているとわかっていても、我が子のように愛している犬が褒められるのはやはり飼い主としてはうれしい限りだ。
犬たちも飼い主のそんな幸せオーラを感じ取ったのか、ひょこひょことやってきて、ぶりっ子モードへ突入する。
それでも、ドックランの柵越しだ。
おさわりは厳禁なのである。
「本当に、かわいいですよ。うちの親戚のおばあちゃんが昔飼っていた犬とそっくりで。おばあちゃんも二匹飼っていたんですよ。なんでも、孫の情操教育にいいからって。でも、その二匹の犬、どこかに行ってしまったんですよ。先生も、ワンチャンの脱走には気をつけてくださいね」
「ええ。そうですね」
犬はかわいい。
犬の顔は判別しづらい。
だから、みんな一緒に見える。
それは当たり前のことだから、気がつかなかった。
「……それでも、覚えているじゃないですか、史健さん」
小声だったから、誰にも聞こえない。
「照乃さん、あなたの代わりに八年分、二匹だから四年先の未来に跳んだこの犬たちも、こうして元気に過ごしていますよ」
オロ、オロオロン、オンオロロン、すべてまとめ、ひっくり返して、おしまいだ、おしまいだ……。
俺と旧くろのみ町 雪子 @akuta4
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