Track.18 草商一
「鋼始郎、おまじないの効果でだいたいの状況は読めている。だから、こんなことも出来るぞ」
商一の声が一旦止まると同時に、岩肌に打ち付けられている、札に異変が起きる。
色とりどりの札。
その色が、反転する。
「ぐっ」
「がっ」
「なんですって」
「そんなバカな」
「介入してくるなんて……ウソだろ」
有力者たちもこの異変には対処し出来ないようだ。
ある者は地面に膝を付き、ある者は座ることさえもつらいのか、寝そべりだす。
「あいにく、ボクたちの世界では【運命テンカン】はすでに打ち破られているのでね」
そういや、俺が知っている限り、この五家の人間はすでに墓の中で永遠の眠りについているな。
「ボクは今まで黙って鋼始郎の帰りを待っていたわけじゃないぞ。まじ全を読みこんだり、【運命テンカン】などといった儀式の跡地を訪ねたり、トパーズ世界で当時【運命テンカン】を打ち破った方にインタビューしたり、当時の手記を借りたり、とにかくやれることやってから、鋼始郎にコンタクトをとった!」
トパーズ世界の商一は全力で調査していたようだ。
そして、いままでの鬱憤が今、爆発しているわけか。
よかったな、商一。ベストタイミングだったぞ。
「鋼始郎、次は直接叩く時間だ。五体のゾンビのお面をその辺の岩でも掴んで、正しい順番でかち割れ!」
物騒な言い方だが、素手で壊すのは無理だものな。
俺はあたりを見回し、俺の手にちょうどいい形の岩を見つけると、迷わず掴んだ。
「正しい順番って、キゴミのわらべ唄だよな、商一」
一応、確認。
「オフコース!」
テンション高いな、商一。
だけど、合っているならそれでいい。
卒業式、怪異空間に閉じ込められたあの日から、あの唄、頭の中にこびりついていたからな。ちょうどいい。
「まずは、天下井、テメーからだ!」
テンテンテン、喜んだ犬、川で溺れて、青くなる、青くなる……。
俺はずぶ濡れの青い犬のお面の男の胸ぐらをつかむと、躊躇なく手にした岩をぶつける。
後は夢で何度も見た光景だった。
お面が岩にぶつかった瞬間、粉々になり、あの生臭い腐った体も粉塵へと変わった。
「うわ……この岩、強すぎないか」
「正しい順番にお面を壊せば、こうなるらしいよ。インタビューで聞いた」
「インタビューに答えた人、誰だよ!」
商一の言葉につっこみを入れつつも、次のターゲットに体を向ける。
「次、三觜」
テン、テンテテン、テンテンテン、怒った羊、首を斬られて、赤くなる、赤くなる……。
あれだけ燃えても形が崩れなかった体が、今はウソのように炭化し、欠落している。
これは物理的に立ても座れもしない。寝るしかない。
永遠にな!
俺は寝そべっている赤い羊のお面の女を仰向けにすると、商一の援護のおかげか発せられる炎は熱くなかったのもあって、馬乗りになって、両手に持ち替えた岩をぶつける。
感触的には肉というより炭を叩いているようなものだった。
お面も砕けるというよりも灰塵となって、肉体だったものもろとも灰となって崩れ落ちた。
「まだまだ、香迷」
テン、テンテテン、テンテンテン、哀しい牛、土に埋められ、黄色くなる、黄色くなる……。
泥まみれの体には正直触りたくないので、最小限しようとした結果、岩をいったん地面に置いて、髪の毛を掴んで、そのまま押し付けた。
目論見通り、お面は岩に吸い込まれるようにぶつかり、体だったすべてが泥へと変化し、地面に溶け込んでいく。
「気を取り直して、草!」
テン、テンテテン、テンテンテン、楽した馬、血を抜かれて、白くなる、白くなる……。
生前は商一と血のつながりがあろうが、今のアレは死体どころか、死体を模したよくわからない怪異。
むしろ存在しているだけで、草家の皆さまに迷惑をかける、邪魔者だ。
恥知らず、消えて償え、怪異!
まだ泥がついたままの岩を手に、助走をつけて、ラリアットをくらわすような勢いで、白い馬のお面をたたき割る。
体についていた赤いストロー状のガラスと一緒に、キラキラと輝きながら宙に溶け込んでいった。散り際は本当にきれいな怪異だった。
「お前で最後だ、勧夕!」
テン、テンテテン、テンテンテン、怨んだ豚、全身を焦がして、黒くなる、黒くなる……。
こいつだ、こいつ。こいつが、一番の悪だ。いてはいけない存在だ。
遊びで人を殺せる、生粋の邪悪さ。縛り首にしても飽き足らず。
何度でも、何度でも、蘇るのならば、俺がこの手で、何度でも、何度でも、殺してやろう。
みっともなく逃げようとする黒い豚のお面の男の飛び出ている臓物を踏みつけ、逃げられないようにすると、隙だらけの顔に、お面に、怒りの拳をぶつけた。
なぜか、黒いのだけに関しては道具を使わず、素手で倒したくなる。
痛みはあるが、その痛みは黒い豚を倒した証だと思うと誇りにさえ思う。
勝利の余韻を感じながら、真っ黒なソレが周辺の光によって消失していくのを眺めた。
「よし、これでゾンビたちは倒した……けど」
儀式会場に漂う嫌な気は消えていない。
まだ何か足りないようだ。
「おーい、鋼始郎、どこにいる!」
耳から聞こえてくるこの声はペリドット商一のモノだろう。
しかもリュックの代わりに、パールピンクのリボンの似合う少女、俺の親戚、大観環奈を背負っていた。
「こっちだ。あと、環奈はどこに」
「奥に続く道の途中で。座敷牢の中にいた。精神的にかなり参っているようで、声をかけたボクに引っ付かないと安心できないらしい」
「それは……あ、うん……」
ゾンビたちを倒してから来てくれて、よかった。
実際やった俺が言うのもなんだけど、鬼気迫っていたと思う。小学生低学年には見せちゃいけない顔をしていたと自覚している。
「本当。鋼始郎は容赦ないからね」
クスクスと頭の中で聞こえる、商一の声。
ダブル商一という奇妙な感覚に、俺は黙ることしか出来なかった。
「鋼始郎君以外の気配がなかったので、ここまでまっすぐ来たのですか……この空間は一体……」
先生が感じる気配と、俺が感じる嫌な気は、微妙に違うらしい。
そして、祖母がこの場にいないのは出入り口である階段にいるのだろう。
出入り口の確保と後続で来るかもしれない人のための説明は、大切だからな。
「さっきまでいたゾンビたちの話によると【運命テンカン】が発動している場所です、先生」
「さっきまで、ですか」
「俺が倒しました。別世界の協力を得て、ですが」
先生がどこまで人の心を読めるかわからないが、ここは読んでください。説明できる程、俺にまじ全の知識はない。
「……そうですか。君たちの世界では【運命テンカン】はすでに打ち破っているのですね」
トパーズ商一との通信が成功したようだ。
「それで、後は……私が呪いの本を使って【運命テンカン】の要である、エネルギー結晶を叩き壊せば言い訳ですか」
ここで【決定版 色とりどり 呪い 大全】か。
「儀式を成功させるにも、儀式を消失させるにも、代償になったことがある者の協力が必要だったのか……」
「皮肉が効いているな」
「そうですね。君たちにまだ言っていませんでしたが、実はこの呪いの本には……おまじないをすべて打ち破る呪いがあります」
「へ?」
「おまじないの対になる呪いですから。しかも、打ち破るので、代償はありません。もとの、何もない状態に戻るだけです」
本当に皮肉がきいていた。
むしろ、皮肉しかない。
「願いから生まれる、おまじない。憎しみから壊す、呪い……か」
「考えさせられるな」
少なくても、このアーティファクトに紹介されているおまじないは、代償を用意してでも、犠牲になっても、守りたいがないと、継続出来ないようになっていた、というだろう。
「俺のところの商一がストレスマッハになるわけだよ」
こんなおまじないの仕組みを知ったら、ショック受けるわ。
「そうだよ、鋼始郎」
脳内で商一の声がする。
今、血の涙を流している友の姿が楽に想像できた。
「そうそう、おまじないって、漢字で書いたら、お
「……とりあえず、日本語って便利だな」
心理を覗き見た気分になった。
「で、そのエネルギー結晶ってどこにある?」
それらしきものが見当たらないのだが?
「それなら、そろそろ出てくるよ……ほら」
気がつけば、岩肌に絡みついていた木の根のようなものが中央に集まっている。
札についていた釘も小さな光となり、中央へ集まっていく。
その反面、あれだけ光っていた札は地面へとおちた。ただの変な模様が描かれた紙へと、戻ったようだ。
「……みんな、ここにいたのですか……」
先生がこんな形で会いたくはなかったものの、それでも会えて嬉しいと、懐かしい人たちを見るような、そんな優しい顔をする。
俺には光にしか見えないが、先生には別の、大切なナニカに見えるのだろう。
「わかりました。みんな……また、会いましょう」
先生の目から一筋の涙が頬に滑りおちた。
それと同時に【決定版 色とりどり 呪い 大全】を開いて、何かを唱える。
優しく、語り掛けるように。
幼子に、友に、読み聞かせるように。
先生の耳に澄み渡る軽やかな声は、淡い穏やかな光の中で、よく響いた。
──怪異が解決したら、即座に、別れの挨拶も、余韻すらナシで、入れ替わるとは思っていなかった。
「あれ、ここ、ばぁちゃんの家か」
ペリドットの鋼始郎はここで寝ていたのだろう。
別世界の俺とは言え、神経図太いなと思いつつ、俺は近くにいるであろう、商一を捜す。
「おーい、商一。俺、帰ってきたぞ!」
今まで脳内で交信していたから、もう知っているかもしれないけど、声に出す。
なんたって、声を出して、空気を振動させ、相手の鼓膜を震えさせるって、近くにいなければ伝わらないじゃないか。
普通だけど。
普通のことだけど。
世界が違っていた俺たちでは今まで出来なかった、普通のことだ。
そうだろ、商一。
「うん、おかえり、鋼始郎」
商一は今まで、おまじないのため、縁側で月を見上げていたらしい。
らしいというのは、俺視点、縁側でぼうっとしている商一の姿を見ただけだからだ。
「ああ、ただいま、商一。助かったぜ」
言葉は短かった。
だって、今は言葉で話すより、本当にトパーズ世界に、俺の世界に、戻ってきたのかと確認するほうが先決だからな。
手始めに、眼鏡越しでもわかる、瞳に安堵の色を滲ませる親友の重みを確かめないと。
俺は気恥ずかしさを一時的に忘れ、商一の抱擁を受け入れた。
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