Track.17 運命テンカン
不幸中の幸いだったのは、俺は意識を失わなかったことか。
そして、目の前のゾンビたちが、すぐに俺を殺さなかったのも良かった点だったかもしれない。
いくら【ロウソク交換】用の代償という名の生贄にするためとはいえ、俺の命を確かに救っていた。
「う~ん……予想はしていた」
ゾンビたちは皆、見たことがある。
キゴミのわらべ唄の歌詞に沿った、色とりどりの動物のお面をつけ、それぞれの死因に準拠した破損した肉体をもつ、卒業式のあの日から夢で何度も見る、ゾンビたちだ。
だから、恐怖心は薄れていた。
それよりも、この場所の異常性の方が目に行く。
もともとは洞窟だったのか、全体的に岩肌で囲まれている。ところどころに黒い木の根のようなものが生えているのか、岩の隙間から出ている。
だが、よくわからないお札があちらこちらに岩肌だというのに、くぎ付けされている。
札からは淡い光が発せられ、これがこの場所の光源の代わりなのだというのがわかるが、なぜ札が光っているのかがわからない。
おまじないのせいだと思うけど、この場は異質であるという、見解は変えられない。
ただ、むやみやたらに不安にならないだけ。
俺は目の前の現実を、通常ではあり得ない光景だってわかっていながらも、受け入れているだけに過ぎない。
「おや、珍しい。こういう時、だいたいは泣きわめくものなのに、な。泣きわめいて、泣きつかれて、眠りにつけばいいのに」
黄色い牛のお面をつけた、泥まみれの体のゾンビが俺の様子を伺ってくる。
今回のゾンビたちはきっちりとお面をつけているので、人らしい表情はお面の下に完全に隠されている。
表情が読めないので、情報が取りづらくなった。
「別に、これからじわじわと恐怖を与えりゃいいじゃねぇか」
黒い豚のお面のゾンビが、ぶら下がっている黒い液体まみれの腸を右手で抑えつつ、俺に近付いてくる。
「これから血と青あざだらけにすりゃいいじゃねぇか。次第に弱まっていく姿が興奮するだろ、なぁ!」
仲間と思われるゾンビに同意を求めだす。
「そうさ、次第に弱ってきて、自分に従うようになり、どうにでも好きなように動かせるようになったのを見るのは、いつも最高じゃないか。瞳から光が消え、焦点が合わずに虚ろ目になってた瞬間こそ、勝利の象徴っていうか、留飲を下げるだろ、みんなぁ!」
外道だ。
黒豚にとって生きている人間はすべて玩具としか見ていない。
生粋の邪悪に満ちた人外であった。
「あんたのその短絡的な思考、うんざりするわ。いつも加減を間違えて、せっかく用意した代償を使う前に殺しちゃうじゃない。今回はそんな遊ぶ余裕がないから却下よ、却下」
赤い羊のお面の物理的にも精神的にも燃えているゾンビが、黒豚の腐った体を掴むと俺から距離をとらせるために引きずっていく。
「あう、だけどよ……あれ、生意気じゃね?」
「不服なのはわからないわけじゃないけど、ワタクシたちには後がない。失敗できない。ここは慎重に事を運ばないと、終わりなのよ」
ある程度距離を置いても、赤羊は黒豚の拘束を和らげる気はないらしい。
がっしり肩をつかんで離さない。
「きゃはは、
勧夕に三觜。
これもここまでくると常連だな。
さしずめ、この白い馬のお面のゾンビは
真っ白の肌に赤く染まったストローが何本も突き刺さっているし。
「そうだな。少なくてもあと三人、欲しいところではある」
水が滴り落ちている、青い犬のお面のゾンビは、
「ちぃ」
黒豚、もとい勧夕は舌打ちをすると、周りを睨みつけても、引き際は心得ているようで、草の言う通り俺から一メートル以上離れてから、腰を下ろす。
俺を甚振りたくてたまらないが、周りの目があるので我慢しているという、獣のそのモノの目をしている。ただし、待てが出来る分、利口だ。
座ったのも、衝動的に俺に襲い掛からないように自制するためだろう。
「……」
ゾンビたちは男女の差があるものの、体格的に考えれば俺と同い年だろう。ただその精神には違和感がある。
中学生にしては、落ち着きすぎているというか。外見の細さと中身が微妙に合わない所がある。
言動こそ年相応のところが見えるが、ここにいるゾンビたちには理性があり、その理性は一名危なっかしいところがあるが、全体的に奇妙な冷静さがある。
相当の人生経験を積んでいなければない、聡明さというか。
商一と話すというより、祖母と話しをしているような、年功者ゆえのどっしりとした悠々たる態勢が読み取れる。
腐った体と心のくせに。
落ち着け、俺。俺が感情的になってどうする。
今は、時間を稼ぐことに集中するべきだ。
なんだったら、このゾンビたちの性質を読み取り、弱点を探るのも手だ。
思考を止めるな。考えろ。考え続けろ。
「あと三人か。ばばぁで我慢すりゃ、丁度だったいたじゃん」
「バッカじゃない、勧夕。一人はあたしちゃんのところのモノじゃない。協定破りになるわよ!」
「マジか……なら、なんでおれらと協力関係じゃねぇの?」
商一のことか。草商奈とは遠いけど、血のつながりがあるって言っていたからな。
協定というところも気になるが、こいつらが素直に答えると思えないので、今は黙って聞いていよう。
むしろ、こいつらが勝手にしゃべりまくって、時間稼ぎと秘密を公開してくれるなら、ありがたい限りだ。
「くろのみ町の草家は、現在宗家と距離置いちゃったからじゃない。それか、全面協力するよりも、あたしちゃんたちの財すべてを遺産として合法的に吸収したほうが、一族のためになると思われているかも」
「シビアな考えだが、現状のわしらじゃ見限るのも無理ないな」
「天下井のその客観的な判断力で、吾輩たちは救われたことが多いから、文句は言えないが、傷つくな」
こいつら、死んでいるものな。
いくら【運命テンカン】を発動させているとしても、この五家の人間はあの嵐の中、全滅した。死亡診断書も発行済みで、社会的にはもう亡くなった、いない人間だ。
「それでも、あっただろ【人身御供のすすめ~くろのみ町編~】。あれによって、血縁関係の奴はどんなにおれらを拒否していても、取り込まれて、おれらが有利になるよう取り計らってくれるだろ」
「その【人身御供のすすめ~くろのみ町編~】なら、昨日から全く反応がないのよ、勧夕」
「大方、その意図が読まれて対策を講じられたのだろうな」
「マジで、俺ら、見限られているのか」
いえ、その呪いの和綴じ本なら、あまりにも気味が悪かったので、とりあえず封じました。
どんな呪いだったのかわからなかったけど、そういう洗脳的な効果があったのか。
「それもこれも、わしらの末端が守曜丙という小僧にしてやられたのが原因だろうが」
末端?
それになぜここで曜丙の名が出てくる?
「あ~。あれだけ痛めつけ、目が虚ろを通り越して死んで目をしていたから、あらゆる天災から町を守る【ミナの安然】の代償に選んだガキか。まさか、最後の最後に抵抗していたとは思わんかったな」
曜丙……そうだよな、曜丙はあんなヤツラに黙って殺されるたまじゃないものな。
小学生で黄魁縁起を読みこんだぐらいだ。きっと、俺が想像つかないぐらいの凄いオカルト知識で一泡吹かせたのだろう。
ナイスガッツだって、ゾンビたちも絶賛しているぜ、曜丙。
「……ああ。あやつはオカルトに造詣が深かった。代償の証である痣が刻まれ【ミナの安然】に取り込まれるわずかな時間に、邪神と契約してしまうなんてな」
魂に痣が刻まれても、即座には代償として機能しないのか。
呪いの和綴じ本を封じるために使った【カゴの魔除け】を維持するための代償の塩も、最初黒くなるだけだものな。消滅するまで時間がかかっていた。
「それもこれも、もう死んだと思って、インターネット上に曜丙の画像を上げた勧夕のせいじゃない」
「いや、あれは、その、な……」
「邪神がインターネットを嗜んでいたのも、代償となる生贄には、おまじないに取り込まれる前にわずかながらもタイムラグが発生していたのも知らなかったからという、吾輩たちの落ち度。ヒューマンエラーがあったのは認めるが、勧夕の行動は短絡すぎるぞ。勧夕家は子孫にいったいどんな教育をしてきたのだ」
「う」
ざまぁ!
黄色い牛、暫定、
いいぞ、もっとやれ。
「しかも、あのタイミングで矢風友希帆を殺したのもまずかったわね。いくらワタクシたちの子孫が自暴自棄になっていたとはいえ、わざわざ曜丙が契約した邪神の養分になるような行為は避けるべきだったわ」
「そうよねぇ。嵐の後に友希帆をここに連れてきて【ロウソク交換】でぇ、天下井のおじ様当たりを生き返らせれば、もっと簡単に【運命テンカン】の条件をクリアできたと思うのぉ。わたしちゃんたちのために、また生贄になってくれる人、見つけられたと思うわぁ」
その自信、どこから来るんだ、女性陣。
いや、そもそも女性でいいのか?
会話の内容が女子中学生からかけ離れている気がしてならない。現代の価値観ではありえない発想も出ているし。
それに、先ほどから子孫というキーワードが飛び交っているのも気になる。
「いや、それは難しいと思うぞ。この時代のわしらの子孫は【決定版 色とりどり おまじない 大全】を手放している」
また、子孫か。
「え~。管理は天下井家に任せたじゃない。どうしてそんなことになったのぉ?」
「時代によってその形態をごく一般的な書物へとかわる性質だと教えたはずなのだが、チャリティー用に提供してしまったらしい」
手放した理由が、まさかのチャリティー。
おそらく、奏鳴さんはバザーで手に入れたな。
「チャリティーでなんで本を出した、天下井家。こういう時は食器とかタオルだろ」
「当時他家と被らないのが本だけだったからだ。【決定版 色とりどり おまじない 大全】も児童向けの本にしか見えないハードカバーだったのも、マズかったな」
ランドセルにフィットする大きさだし、イラストもきれいだった。
俺も最初は単純に色とりどりの幾何学模様のイラストに心奪われたものだ。
美術のデザインの参考に借りたのもウソじゃない。
あれ、落ち着いてこの場の岩肌を見ると、札の光によって幾何学模様を描かれたいないか。
札にも模様があるし。
もしかして、この光全体が【運命テンカン】の魔法陣。
「有力者っもこういう時、いい顔をしないと大変なのはわかるけど。はぁ、代を重ねるごとに教えが疎かになったのが一番の問題よね」
ここで俺の思考が岩肌の魔法陣から、ゾンビたちの会話へと戻る。
そうだ、そうだ。耳を傾けておくべきだ。
ついうっかり美しい魔法陣のデザインの方に夢中になってしまった。
助けが来るまで、俺にはどうしようもないからといっても、会話からゾンビたちの弱点を探ることを諦めてはいけない。
「この儀式会場は本の魔力を消費しなくて済むから大事に保管しろと教え伝えたはずなのに、一番肝心な本が消息不明とは、な」
「儀式会場にかけたおまじないの代償と維持が大変だからと言って、執着していくうちに、優先順位が逆になってしまうとは……まったく予想外だったよ」
目的と手段が逆になるか。
会話の内容からすると、今、この場にいる五色のゾンビは、それぞれ天下井家、草家、香迷家、三觜家、そして勧夕家の人々の意識の集合体のようなものなのだろう。
このままでは末代になってしまうので、存続するために歴代の意識が融合。ベースこそ末代の死ぬ間際の姿をとっているようだが。
おまじない【運命テンカン】の仕様なのかもしれない。
「……ここまで話しても、この小僧、一向に心の中がただ漏れじゃな」
「なら、直接でいいんじゃないかしら」
天下井と三觜から、不穏な空気が流れる。
俺、何かした?
いや、気がつかれた……あ、もしかして、先生みたいに人の心が、頭の中が読めるのか!
「そうだねぇ。先生って誰のことをさしているからわからないけどぉ、そうだよぉ」
草が俺をバカにするようにニタニタと笑う。
不味い、意識したら、秘密にしておきたいことが、秘密にしなければならないことがあふれてしまう。
何も考えるな、鋼始郎。
「無駄だぜ、ガキ。一度意識してしまえば、逃れられねぇよ。なぁ、鋼始郎」
う、勧夕にもバカにされた。ショックだ。
「なんだと、てめぇ!」
「落ち着け、勧夕。今お前が鋼始郎を殴りでもしたら、あっさりと意識を手放す気だぞ。残念だったな。そんな挑発に勧夕が乗ろうが、吾輩たちが止める」
勧夕……仲間からもそんな認識なのか。残念なヤツだな。
「あ、ちっ……ぃ」
勧夕の葛藤がすごい。
「勧夕、主は下がれ。勧夕を観察することで思考を勧夕一色に染めて、鋼始郎は秘密を思い浮かばないようにしているぞ」
バレた。
いや、バレると思ったけど、速すぎだよ、香迷。名字に迷って文字が入っているのに、全然迷っていないよ。
「減らず口を……いや、この場合は思考か。姑息な気のそらし方をして、まったく無駄なことをする」
香迷が俺に近付く。
ゾンビたちの中では一番物静かなやつがくるというのは……尋問するためか。
黙っていた奴が急にしゃべりだすと、怖いものな。
そして、その思慮深さから……俺から的確に情報を奪えるように思考を誘導してくるのだろうな。
不味いな……。
こうなったら、商一のこと、考えてみるか。
親友について考えると、結構時間と思考が取られるからな。
耳をふさぎ、眼を閉じ、親友のことだけを考えて……知られたら今不味いものを押し込める。
それしかない。
「それだけで、秘密が守れると思っているなんておめでたい頭ねぇ」
うっせぇ、草。同じ草家でも、商一の方が百倍人間出来ているからな。
そうだよ。
商一はスゴイやつだ。
赤武中学校では、歩く図鑑とか学級委員長になるべきしてなった男とか。
知性あふれる、真面目優等生だぞ。
中途半端なギャル語を話すお前とは違う。墓が本型ポエムの、墓参りに来る人のことを考えていない、滑稽な墓を建てるような非常識な人間の集合体のお前とは絶対違う。
常識人で、雑学にも強い、男子中学生だ。
なんたって、今日夜空に浮かんでいる、一見すると満月のように見える月だって、実は満月じゃない。
十四の夜の月。
クソ、天気ネタに行きついてしまった。
差しさわりのない何気ない会話として、有名なヤツ。言い換えれば、ネタがつきかけて来たともいう。
もう、時間稼ぎは無理なのか。
……俺があきらめかけたその時だった。
「鋼始郎、鋼始郎。おそらく、トパーズとかつけられている方の鋼始郎」
商一の声が、頭に直接響く。
「商一……まさか!」
ペリドット商一なら、俺のことをトパーズとかつけられている方とか、いちいち言う必要性はない。トパーズ鋼始郎と一言ですべてが集約される。
「そのまさかだ。ボクは今【決定版 色とりどり おまじない 大全】を持っているからな。別世界に入れ替わるように行ってしまった、大切な人を助けたいと願って使うのは当然だ」
今、絶対、商一はドヤ顔を浮かべているな。
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