夜空の花を見上げて
景華
夜空の花を見上げて
「先生……夏ですよ」
「知っている」
「夏なんですよ!?」
「だから知っていると言っているだろう」
くぅっ……なんでわからないんだこの天然堅物騎士団長は!!
鈍感か!! ──鈍感だ……。
「先生!! 夏といえば!?」
私が問いかけると、先生は少しだけ考えるそぶりを見せてから
「……暑い」
と短く答えた。
ちがぁーーーーーーーう!!
そうだけど、そうじゃない!!
「夏といえば花火でしょぉーっ!!」
ガタン!! とローテーブルに手をつきソファから立ち上がり声を上げた私を、ソファに座ったまま無言、無表情で見上げる先生。
「……」
「……」
何か言ってーーーー!!
「カンザキ。──ハナビとは──何だ?」
居た堪れない視線を受けたあと、先生から出た言葉に今度は私が言葉を失った。
Why?
花火を……知らん……だと!?
それでも江戸っ子かぁー!!
あ、違った。
この人セイレっ子だった。
「あの……まさかとは思うんですが、花火、ないんですか? セイレって……」
いやまさか。
そんなはず……。
でも5年間ここで生きてきて、一度も見たことがないという事実に気づき、先生の返事を待つ。
「そうだな。ハナビ、という名のものは私は聞いたことがない」
ま……まじですか……。
「えっと……火の玉がパーンッて弾けて、ドーンッて鳴って、夜空にパァーッて広がって大輪の花を咲かせながらキラキラ降ってくるような、アレですよ!?」
「どこの戦場だそれは」
戦いじゃなぁーい!!
何その戦闘脳!!
日々魔物と戦いすぎて、ついに心を魔物退治の場に置き去りにしちゃいましたか先生!?
あぁ、だめだ。
これはだめだ。
そして私は決意した。
「……先生。次のお休みの日、夜は私に付き合ってください」
「は? なぜ──」
「い・い・で・す・ね!?」
「っ……あ、あぁ、わかった」
私の並々ならぬ圧に、先生は頬を引き攣らせつつも、ちゃんと約束してくれた。
次の休日は四日後。
時間がない。
よし、そうと決まれば行くわよ!!
私は気合を入れてから走り出す。
「お、おい!! 朝食は──!!」
先生の呼び止める声も無視して、私はある場所へと向かった。
◆
転移魔法で王都へと転移した私が向かったのは、前にジオルド君と行ってパーティーのドレスを仕立ててもらったあのマダム・アリアの仕立て屋さん。
相変わらず中ではアリアさんが指揮者のように指を振り、糸を操ってはドレスへと巧みに刺繍を施している。
朝早くからやってるのね、さすがアリアさん。
そんなアリアさんの姿をショウウインドウから眺めてから、私は店の中へと入った。
「おはようございます」
「あらまだ開店前で……って、あらあらジオルド様のお連れのお嬢さんじゃないですか。先日はどうも、いったいどうしたんです? こんな朝早くから」
そう言いながらも快く奥へと通してくれるアリアさん。
「大至急作っていただきたい服があるんです……!!」
私が真剣な顔でアリアさんを見ると、彼女は眉をくいっと引き上げてから、
「大至急? いったい何を?」
と私の目の前で仕立てデッサン用のスケッチブックを広げた。
「あ、私、描きます」
とアリアさんのスケッチブックを少し拝借すると、思い描く服を2枚描いていった。
と言っても美術に自信のない私は、模写の魔法を使って自分の記憶の中の“それ”を模写するようにさらさらと描いただけなのだけど。
「まぁ!! 不思議な装いですけれど、とっても素敵ですわね!!」
出来上がったスケッチブックを見せるとアリアさんは目を輝かせて食いついてきた。
ふふん。
だろうにだろうに。
そしてこれを着た先生は想像を絶するほど美しいに違いない!!
「生地は……そうですね、これでお願いします」
生地サンプルの本をパラパラとめくり、目当ての色と手触りの生地を見つけてアリアさんに伝えると、彼女は私が描いたイラストへとその生地の番号を書き込んでいく。
「納期なんですけどできれば4日後には間に合うようにしていただきたいんです。急で申し訳ないんですけど……」
「他ならぬクロスフォード家のお嬢さんの依頼です!! 私、徹夜で仕立てさせていただきましょう!!」
ポンッと弾力のあるそのボディを叩いて、お任せを、と言ってくれたアリアさん。
「ありがとうございます!!」
今度差し入れでも持ってこよう。
私はアリアさんへのご恩を感じながら、グローリアスへとトンボ帰りするのであった。
◆
とりあえず服の方は確保できそうね。
あとは……。
花火をどう打ち上げるか、と、できることなら雰囲気が欲しい、と言うところか。
お祭りってったらアレよね!!
そしてモノづくりといったら……魔道具作りを得意とするドワーフ族のパルテ先生。
確か今の時間、パルテ先生のAクラスはクロスフォード先生の神魔術座学だ。
ならパルテ先生はこっちね。
私はパルテ先生のいるであろう職員室を尋ねた。
「失礼しまーす!!」
室内ではパルテ先生と騎士科のジゼル先生が談笑しているところだった。
私に気づいたパルテ先生とジゼル先生は驚いた顔でこちらを見る。
「おやヒメ、授業は──」
「そんな些細なことはいいんです!!」
「いや些細なことでは──」
「それよりもこれ、作りたいんです!!」
私はパルテ先生の言葉を遮って、ここに来る前に用意した模写魔法で描いた絵と設計図を彼に渡す。
それを見た瞬間パルテ先生の目の色が変わった。
「こ……これは……!!」
ふっ……かかったわね。
「こんな照明器具見たことがない!! 情緒のある色形……これが夜の闇を飾るとなると、さぞ美しい光景になるだろう……!!」
そうだろうそうだろう。
ニヤリと私はほくそ笑む。
「パルテ先生こんな不思議な魔道具、作ってみたく……ないですかい?」
私の誘惑に、ごくりと息を飲むパルテ先生。
「………………詳しく聞こうかの」
よし!!
パルテ先生陥落!!
隣でジゼル先生が呆れたようにパルテ先生を見るも、何も言わずにいてくれるのは、普段真面目に授業も修行もこなしているからこその特例だろう。
ふふん。
こんな時のために真面目に勉強してるのよ。
私は心の中で悪い笑みを浮かべながら、パルテ先生に詳しい説明をしていった。
これで残るは花火だけ!!
がんばるわよぉぉっ!!
◆
パルテ先生への説明を終えた頃にはすっかり昼食の時間になっていて、私は遅れながらも食堂へ向かうと、すでにクレアとメルヴィ、それにジオルド君、アステル、マローが揃っていた。
「あんた、午前の授業どこ行ってたのよ?」
席に着くなりクレアがじとっと目を細めて詰め寄った。
「は、はは、すみません。ちょっと仕立て屋に注文に行ったり、パルテ先生のところへ相談に行ったりしてました」
「相談、ですの?」
メルヴィが私に、お水の入ったコップを手渡してくれる。
天使か……!!
私はそれをごくごくと喉を鳴らしながら一気に飲み干すと、素早くメニューにタッチしてサンドウィッチセットを注文した。
「はい。実は今度の休日、先生と花火を見ようと計画していて……その準備をしていました」
話している間に一瞬で目の前に出てきたサンドウィッチを「いただきます」と手を合わせてから食いつく。
卵とベーコンの甘味としょっぱさが最高!!
朝食も抜いて動き回ってたから、いくらでも食べられそうだわ。
「ハナビって何だ?」
ジオルド君が不思議そうな顔で尋ねる。
見れば他の皆も不思議そうに首を傾げている。
あぁそっか。
皆セイレっ子だから知らないんだ。
「花火はですね、夜空にパーンと打ち上がってバーンバチバチッて散って咲く、大輪の火の花、ですよ」
私が説明すると、5人は目を輝かせ、「綺麗なんでしょうね」とメルヴィがうっとりと頬に手を添えた。
ほら!!
この反応よ!!
『どこの戦場だ』って感想なんか出てこないわよ普通!!
「へぇ〜いいな!! 俺も見てみたい!!」
「俺も俺も!!」
ワンコ3号ことマローとアステルが手をあげて参加の意を示す。
「はい。この学園の敷地で行うので、楽しみにしていてくださいね」
学園の上へ打ち上げるので、きっと寮からも校舎からも見えるはずだ。
「でもなんで仕立て屋にも?」
「ある国の夏はですね、特別な服を着て花火を見るのが通な見方なんですよ!! それをどうしても先生に体験して欲しくて、注文してきました!!」
あれを着てもらうところを想像するだけで今からドキドキワクワクが止まらない!
「だがあの兄上がそう簡単に着るか?」
ジオルド君の言葉に友人たちがうんうん、と頷く。
うっ……。
確かにあの堅物騎士団長のことだ。
一筋縄ではいかないだろう。
が!!
なんとしてでも着させて見せる!!
神崎ヒメの何かけて!!
「必ず、必ず着させて見せますともっ!!」
燃え上がる私のチャレンジ精神にクレアが呆れたように呟いた。
「あんたくらいよ、あのクロスフォード先生にそんなことできるの」
「さすがグローリアスの勇者だな」
◆
それから毎日、私は授業にきちんと出ながらも、どうやって花火を作り上げるか、人知れず研究と実験を重ねていた。
とりあえずベースは炎魔法。
火に対しては漠然として恐怖心を持っている私にとっては結構ハードな魔法だけれど、先生のためなら耐えてみせる!!
あとは雷魔法。
これを小さな粒子状にしてひとまとめにして打ち上げる。
そして空中で擦れ合うことによってばちばちとした火花になる、という仕組みだ。
夜な夜な部屋で魔力の塊から粒子へと変化させて行くのはなかなか骨が折れたが、苦ではなかった。
色があってもいいわよね。
私はそれに所々魔法色粉を足していく。
「よしできた!!」
どうにかして休日前に花火を完成させることができた私は、その日、連日の疲れに襲われ、倒れるようにしてそのまま眠りについたのだった。
◆
そして休日当日。
私は今、先生と一緒に朝食を取っている。
最近忙しそうにしていた先生ととる久しぶりの朝食。
幸せ……!!
いつものホットケーキがより美味しく感じられる。
「で? 今日はどうすると?」
コーヒーを一口含んでから、先生が静かに口を開いた。
「あ、はい!! 花火は夜なので、その前に仕立て屋さんに一緒に行きたいんです!! 朝は特に予定はないので、先生も好きに過ごしてください」
夕方から先生の時間をいただければ充分だ。
そう思っていた私に次の瞬間幸せの一撃が放たれた。
「なら、午前は少し騎士団で仕事をする。昼食後から王都へ出るか? たまには街を歩くのも悪くないだろう」
「へ?」
そ、それって……デートォォォォ!?
突然の先生からのお誘いに、惚けた顔でフリーズする私。
その姿に先生は「なんだ、不服か?」と眉を顰める。
「ふ、不服じゃないです幸せです是非ともお願いします!!」
ガタン!! と勢いよく椅子から立ち上がると、目の前の先生に迫る勢いでずいっと顔を近づけ声を上げた。
「そ、そうか。……では昼食後にまた」
そう言って先生は、騎士団の仕事を片付けるべく食堂を後にした。
思いがけずデートすることになった私は、未だ夢か現実かわからぬまま、両頬を両手で包み「幸せすぎてつらい」と一人こぼすのだった。
◆
待ちに待った昼食後。
先生とのデートの時間がやってきた。
私は今、王都のだだっ広い道を気分良く歩いている。
隣にはいつもの黒いマントと騎士服に身を包んだ暑苦し……いやいや、シックな装いのイケメン。
じっ……と私が先生を見上げていると先生はその視線にすぐに気がついて、眉間に皺を寄せた。
「……何だ?」
「先生、たまには白いマントでも──」
「却下」
「いやでもほら、夏ですし爽やかに──」
「嫌だ」
「明るくなれま──」
「無理だ」
頑なに拒否する先生。
だめだ。
この人、結婚式とかでも黒服着て来そう。
できれば先生の白いタキシード姿が見たいんだけどなぁ〜。
「君こそ、服装を改めたほうがいいのではないか?」
私が先生のタキシード姿の妄想に浸っていると、先生が横目で私を見下ろしながら言った。
「へ?」
「露出が多すぎだ」
そう言われて自分の服を見下ろしてみる。
……いやいやいや!!
普通のノースリーブワンピース!!
「大体君は普段の制服からしてスカート丈が──」
でた!! 先生のお説教タイム!!
本当、堅物というか生真面目というか……でもそんな先生が好きだ!!
「せ、先生!! 前読んでた本の続刊が出てますよ!! 見てみましょ!! 私もちょうど【猿でもわかるダンス教本、中級編】が欲しかったところですし!! さ、行きましょ行きましょ!!」
「あ、おい待て!! まだ話が──!!」
言いながら私は先生の腕を取って、本の飛び交う本屋へと足をすすめた。
──本屋で本を買って、カフェテラスで買った本を読みながらお茶をして、可愛い小物を眺めて……え、なんか本当にデートみたいじゃない!?
そんなデートらしいことをして過ごし、夕方になるとちょっとした軽食をとってから、私たちは最後にマダム・アリアの仕立て屋さんへとやってきた。
「いらっしゃいませ、お待ちしておりましたよ、お嬢さん。公爵様もお久しぶりです」
「パーティドレスの際は世話になったな」
ほほっ、と笑顔で出迎えてくれたアリアさんに、先生が言葉をかける。
あの時はジオルド君が一緒に来て服のデザインをしてくれたのよね。
先生とはここに来るのは初めて。
ていうか、先生驚くほど仕立て屋さんが似合わないな。
いつも黒い騎士服だからかな。
「いえいえ。いかがでした? お嬢さん、お綺麗でしたでしょう?」
アリアさんが目尻の皺を深くすると同時に、先生は眉間の皺を深くした。
私は先生を見上げて反応を待つ。
どうしよう。別に、とか言われたら。
地味に凹む。
でも、あの時は『とても美しい』って言ってくれたし……!!
いやでも先生だしな……。
私が悶々と先生の答えを待っていると、長い沈黙を破って先生が口を開いた。
「……あぁ。……とても」
ボソリと呟かれたその言葉は、小さくても私の耳にははっきりと届いて、顔が熱くなるのを感じる。
「あらあら。仲睦まじくて何よりですわ」
ほほっ、と笑って、アリアさんは「少々お待ちくださいね」と奥の部屋へと消えた。
しばらくして帰ってきたアリアさんが、抱えてきた服を2体のマネキンへと羽織らせると、私は思わず「すごい……!!」と感嘆の声を上げた。
「これは?」
訝しげにその服を見る先生に、私は「浴衣ですよ」と答える。
そう、私が注文したのは二枚の浴衣。
一枚は桜色のもの。
もう一枚は紫苑色の羽織付きの黒い浴衣。
「私のいたところの伝統衣装のようなものです。これを着て夜空に咲く花火を見上げるのがまた風流で良いんですよ!!」
「……そう、なのか?」
私の勢いに押されて引き気味の先生。
「でもお嬢さん、私、どうやって着るのかわかりませんので、お手伝いができないのですが……」
アリアさんが困ったように言うけれどそこは大丈夫。
「私できますから平気ですよ。奥で着替えてきますねー!!」
そう返すと、マネキンの浴衣を受け取り、私は奥の部屋で素早く着替えをした。
私が育った施設の催し物の時、先生に浴衣の着方を習っていてよかった。
「お待たせしましたー!!」
浴衣を着て戻ってきた私は、先生の前でくるりと回って「どうですか?」と聞いてみる。
すると先生は、少しだけ目を大きくしてぴたりと動きを止めた。
そして──。
「…………よく、似合っている」
とだけ、ボソッと口にして、私から視線を逸らす。
何これ可愛いな、シリル・クロスフォード25歳。
「さぁ、先生の番ですよ!! 私が着せてあげますから、奥行きましょ」
私が先生の腕を捉えて奥へと促すと、我に帰った先生は「な、なぜ私まで……!!」と案の定抵抗し始めた。
くっ。
でもこれは想定済みよ。
私は先生の腕をぎゅっと掴むと、上目遣いで先生を見上げる。
「私の大好きな夏の風物詩を、大好きな先生と一緒に分かち合いたいんです……!! もう、帰ることもできないでしょうし……」
そしてうるうると目を潤ませ、懇願する。
レイヴンに教えてもらった技だ。
彼曰く、これで落ちないなら男じゃない、らしい。
先生は「ぐっ……」と一度声を詰まらせ、眉間に深い渓谷を作ってから、やがて大きなため息を一つ落とした。
「……今回だけだ」
「!!」
レイヴン!! 先生男だったよ!!
私は「ありがとうございます!!」とお礼を述べてから、彼と奥の試着室へと入っていった。
狭い試着室に二人きりってなんだか緊張する。
「さて先生、早速ですが脱いでください」
「なっ……!?」
あ、言い方間違えた?
「ええっと、上だけ!! 上だけで良いんで!!」
目の前で全部脱がれたら、私が困る!!
私の中の私を抑え切る自信がないから!!
私が慌てて言うと、先生は渋々「……わかった」と言ってマント上着、白シャツを順に脱いでいった。
あらわになる先生の白くて引き締まった筋肉……!!
あ、だめだ。
上半身だけでも抑え切る自信がない。
この細いのにしっかりと鍛えられた腹筋と胸板。
うあぁ……抱きつきたい……!!
でも我慢よヒメ。
浴衣で先生と花火を見るんでしょう!?
必死に自分で自分を制する。
「じゃ、じゃぁ、これを羽織ってください。腕はここに通してくださいね」
私が説明すると、先生はすぐに浴衣に手を通した。
目の前には、黒い浴衣を前だけはだけさせた色っぽい先生の姿──!!
うあぁぁぁ何の修行ですかこれは!!
だめだ!!
急いで着付けなくては私がもたない。
私は先生の体に抱きつくようにして背中に紐を回すと、頭上から息を呑む声が聞こえた。
耳元では先生の少し早い心音が主張を繰り返している。
ぁ……これ結構やばい体制。
私はそれから、無心になって着付けた。
それはもう素早く。
何なら心の中でお経を唱えながら。
「で、できた……!!」
ゼェゼェしながら、私は着付けたばかりの先生をあらためて見る。
涼しげなアイスブルーの瞳にサラサラの銀髪。
黒いシックな浴衣に紫苑色の羽織がよく似合っている。
かっこいい……先生かっこいいよ……!!
「先生……、私、もう、死んでもいいかもしれません」
「そうか。ならこれは必要ないな」
「いやぁ〜〜〜〜!! 嘘です!! 嘘ですから!!死にませんから脱がないでー!!」
試着室から二人揃って出てくると、アリアさんが「まぁまぁ!!」と手を叩いて嬉しそうに近寄ってきた。
「お二人ともよくお似合いですわ!! まさに二対の蝶のよう……!!」
うっとりしながらそう褒めるアリアさんに、私はなんだか恥ずかしくなって俯く。
すると突然、私の手は大きな先生の手袋越しの手によって掴まれた。
「!?」
「世話になったな。代金は公爵家に請求するように。では私たちはこれで失礼する」
そう言って私の手を握ったまま出入り口へと足を進める先生に「え!? 私が払いますよ!!」と言うけれど、聞く耳持たずそのまま店の外へと連れ出されることになった。
「せ、先生、私払いま──」
「で?」
「はい?」
「次はどうすればいい? 暗くなってきたが、帰るか?」
辺りを見渡せば外はもうすでに夜の帷が降り始めていた。
花火を打ち上げるにはいい頃合いだ。
「はい、。そろそろ花火にぴったりの頃合いですし、グローリアス学園に帰りましょう」
私が言うと先生は「待て。この格好でか?」と私を引き止めた。
「当たり前じゃないですか。だって、これ着て花火見るんですよ? 中庭に準備だってしてもらってるんですから」
「レイヴンやレオンティウスが
ここにきて渋り始めた先生。
確かにレイヴン達なら
くっ、まさかここにきて計画に支障が出るだなんて……!!
どうにかして先生をこの格好のまま学園に帰らせる策を考えていたその時──。
「!?」
私の目の前に突然緑色に光る石がぼぉっと浮かび上がってきた。
「これは……パルテ先生の音声伝達の魔石?」
私がそれに触れると、石は一層強く光りだし、パルテ先生のしゃがれた声が響いた。
『ヒメや。中庭の準備はできた。魔力を流したら良い色で照らしてくれたわい。そうそう、クロスフォード先生はこちらに来るのは嫌がるじゃろうと思うての、聖域にも同じものを飾っておいたぞ。そっちで二人きりで楽しむが良かろう。恋に歳の差なぞ関係ない。頑張りなさい、同志よ』
メッセージが終わると、魔石は光を失いただの意思となって地に落ちて転がった。
【愛があれば歳の差なんて同盟】万歳……!!
「何なんだ……今のは……」
「パルテ先生の粋な計らいですよ。さて、じゃぁ生徒たちのいない聖域にいきましょ、先生」
私が言って転移魔法を使おうとすると、先生は私をぐいっと自分の方へと引き寄せた。
「へ?」
片腕で抱き寄せられる形で密着した私は突然のことに何が何だかわからなくなっている。
「2人一緒に転移させる、掴まっていなさい」
「え、でも私できますよ?」
「無駄な魔力を使うな。着付けをしてもらった礼だとでも思っていればいい」
言うと先生は、一層強く私を抱き寄せてから、私を連れて聖域へと転移した。
◆
夜でも聖域に暗闇はない。
クリスタルが常に淡い光を放っているからだ。
でも今私たちの目の前に広がる光は、普段の幻想的な光とは少し違う。
何とも不思議な世界が作り出されていた。
「これは……?」
「日本の伝統的な照明──
赤くぼんやりと浮かび上がるように光る提灯が、木と木の間を伝うように並んでぶら下がっている。
見た感じは提灯そのものだけれど、科学ではなく魔法が発達したこの世界では、中に炎の魔石を入れて光を作り出している。
もちろん提灯が燃えてしまわないように、提灯には私が仕上げとして水魔法のコーティングを
うんうん、夏のお祭りって感じ。
懐かしい光景になんだかわくわくしてくる。
「あ、そろそろ良い頃合いですね。先生あっちの方を見ていてください」
私は湖の向こう岸の森の奥、小さく見えるお城の方を指さした。
城と聖域の間の広い平地に花火を仕掛けておいたのだ。
私は浴衣の
「2……1……!!」」
カチッ。
スイッチを押したその瞬間──。
ヒュゥゥゥゥゥ……ドォン!! バチバチバチ……。
大きな音とともに光の球が打ち上がりやがて大輪の火の花が紺碧の夜空へ咲き乱れた。
「!!」
夜空に広がった花火はバチバチと音を立て、キラキラと輝きながら地上へと落ち消えていく。
万が一、火が残っていても大丈夫なように、火事対策として落下の際には水魔法と氷魔法が発動し漏れなく消化できるようにしている。
どうだ!!
このぬかりない仕掛けは!!
これぞ本当の仕掛け花火!!
打ち上がり咲き続ける夜空の花に、黙って見上げ続ける先生。
瞳を大きく見開き、言葉をなくしたようにじっと見続ける先生に私は、
「どうです? 戦場なんかよりずっと素敵でしょう?」
といたずらっぽく言った。
すると先生は、少しばかりバツの悪そうな顔をして「……あぁ、そうだな」と言って再び夜空を仰いだ。
魔法の粒子と魔法色粉を混ぜて作ったカラフル花火が、夜空を泳ぐように打ち上がる。
次は大きな大きな枝垂れ
止まることなく上がる花火を私が見入っていると、先生が再び口を開いた。
「遅くまで作っていたのはこれか?」
気づいてたんだ。
まぁ、物音もしていただろうし、続き部屋だからすぐ気づくわよね。
「はい。うるさくしてすみません」
もし先生の貴重な睡眠時間を邪魔していたならば本当に申し訳ない。
「君は……」
「?」
「君は私と一緒で良かったのか? こういうものは、恋人や友人と見たりするものではないのか?」
堅物な先生からそんな言葉を聞く日が来るとは。
「まぁ確かにそうですけど、私は故郷ではいつも1人で見てましたよ。それに──」
「それに?」
「私は【先生と】一緒に見たかったんです」
恥ずかしくなって顔を背けると、しばらく私に視線を向けていた彼は、やがてまた視線を夜空の花へと移した。
「カンザキ」
不意に呼ばれた名前に、私は再び先生に目を向けた。
「ありがとう」
こちらを見ることなく小さく落とされたその言葉は、花火の激しい音の中でも十分に聞き取れて、胸に温かい何かがじんわりと滲んだ。
来年もまた、一緒に見られたらいいな。
そう思いながら、私はまた先生と同じ夜空へと視線を預けるのだった。
──後書き──
いかがでしたでしょうか?
素敵イラストはADA様に描いていただきました!
ADA様、ありがとうございました(*´︶`*)ノ
面白かったよーと思っていただけましたら、☆で評価や、感想などしていただけると嬉しいです( ´ ▽ ` )
これからも人魚無双をよろしくお願いします!!
夜空の花を見上げて 景華 @kagehana126
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