第10話 再開
エオーニの丘に建てられた紺色の屋根の屋敷。名を馳せた建築家により誕生したその建物は他の家とも比べてあまりの優美さで建築家達から口を揃えて最高傑作とも言われていた。
そんな屋敷にパルディアン国に仕える騎士団長、イージス・エルトラムとその息子である鳥人族のルカ・エルトラム、そして今年で48歳となる家政婦のデイジー・クレシオが住んでいる。だが、三人住んでいるといってもかなり広い屋敷であった。
今朝早くからエルトラム氏は仕事に出ており、今はデイジーとルカが屋敷で留守番をしていた。だがデイジーはなにやら身支度を整えているようだった。
「では、買い物に行って参ります。すぐに帰ってくるので良い子で待っていてくださいね」
「はい!」
ルカが元気よく片手を上げるとデイジーは顔を綻ばせ、買い物に使う籠を下げた手とは反対の手でルカの頭を撫でた。するとデイジーは思い出したようにルカに伝える。
「ルカ様、デイジーが帰ってくるまで誰かが訪ねても鍵を開けてはいけませんよ? 最近は何かと物騒ですので」
勢いよく頷き、意気込むルカだが、騎士団長の屋敷を狙う馬鹿はいないだろうとデイジーは油断していた。
「それではいってきます」
「いってらっしゃーい! 」
自身に手を振るルカにデイジーも手を振り替えし、買い物へと出かけていった。家の外から魔物の鳴き声が響いたあと、馬車が走る音を耳にする。広い屋敷に一人だけになったルカは少し寂しそうに扉を見つめるとやりたいことを思い出したのか、リビングの方へと駆けていく。短い足でリビングに着くと机に置いたままにしていた絵本を広げ、デイジーが帰ってくるまで幻想の世界に浸ることにした。
───もうすぐ自分を訪ねにくる二人がいるとも知らずに
・・・
エオーニの丘に辿り着いた双子は長い坂道を息切れしながら歩いていた。大人でも厳しい坂は子供の歩幅では難所になるのも仕方がなかった。顔から流れる汗を拭きながら双子は歩き続ける。
「きっづぃ。じぬぅ! 」
「もう死ぬのは嫌だぁ……」
泣き言を漏らしながら順調とは言えないものの進み続ける。ふと双子の目に紺色の屋根の一部が映った。
「あ、あれ! 屋敷じゃない? 」
アルトリウスが嬉しそうに言うとテオディウスはどこに残ってたのか全速力で屋敷へと走っていった。
「ちょ、置いてくなぁ! 」
アルトリウスは焦りながら急いで弟の後を追っていく。
アルトリウスが屋敷に到着した時、テオディウスは屋敷の前に扉を見上げ、何やら迷っているようだった。
「どうしたの。急に立ち止まって」
「いや、なんか緊張しちゃって……」
「告白でもする訳でもないのに。大丈夫、いくよ」
アルトリウスはそういうと扉をノックする。
「すみませーん! どなたかいらっしゃいますか! 」
「……ぁ」
ノック音がした後アルトリウスの声が聞こえてきたことによりルカの緊張は最大まで達していた。ただでさえ一人だけで留守番しているために心細さもカウントされ、平常心でいることができなかった。
「ぁ、あ、どうしよう……」
デイジーからは誰が来ても開けてはいけないと言われており、万が一危害を加える者がきたのならルカでは対処できない。ルカは焦りながらもできるだけ物音をたてないでいることにした。
「あれ、おかしいな。誰かいると思ったのに」
「ルカくん、いますかぁ?」
自分の名前を呼ばれたことで背筋に冷や汗が走る。
どうして自分の名前を知っているのか。本当に顔見知りの方が来たのか。だったら扉を開けても問題ないのではないか。だがデイジーの言い付けは守らなければいけない。
だがその考えは一気に翻った。
「ルカ君、俺テオディウスだよ。この前のこと、謝りたくて!」
テオディウス、という名前に反応する。聞き覚えのある名前だと認識する外の様子が見える窓に近づき、閉じきったカーテンをゆっくりと開く。玄関の扉の近くに二つの朱色が見えた。そしてその二人をルカは知っている。
「ぁ、おしろにいたひとだ……」
ルカは一気に緊張は解け、安堵する。だが窓の外にいる二人は扉から離れ、屋敷を後にしようとしていた。デイジーとの約束を守ることはできる。
だがあの二人を見たときからいつも心は落ち着かなかった。恋情を抱いたわけではない。ただ随分前に会った誰かと似ていたから。顔ではなく、種族ではなく、中身だ。そしてその似ている誰かもどんな人だったか分からない。本当に遠く、遠く、遠い昔に会った記憶だけはあった。
「────いかないで」
ルカは葉から雫が落ちるように呟いた。
・・・
「誰もいないみたい」
「やっぱり俗に言うアポ無し訪問てのは信用できないよ」
生前母の恋人だった男が見ていたテレビでそのような言葉を聞いたことを思い出すテオディウス。目当ての屋敷にきたはいいものの、誰もいなければましてやルカがいなければ意味がなかった。
「それじゃあ日を改めて……」
アルトリウスがそう呟いた直後、扉の鍵が開いた音が聞こえた。音のした方に視線を向けると今まさにルカが扉を開けていた瞬間だった。
「ルカ君! 」
テオディウスは嬉しそうにドアから顔だけを覗かせるルカに近づいた。
「ぇ、と、こん、こんにちは……」
恐る恐るといった具合にテオディウスとアルトリウスに声をかけると双子は笑顔で同様の言葉を返した。
「久しぶり、元気だった? 城に来ないから心配してたんだ」
「ぁ、その、まえはイージスさんのおしごとを、みたくて……それで……」
嘴から溢れる声が徐々に小さくなっていくルカ。未だに扉から身体の半分も出していない。本来城の中は一般人は立ち入り禁止、騎士団も注意深く不届き者がいないか目を光らせている。ルカはエルトラム氏の子供であるが、それは変わらない。そう簡単に城の中には入ることができないのだ。それを双子はまだ知らない。
「そっか。この前は特別だったんだね」
アルトリウスの言葉にルカはこくりと頷いた。そしてテオディウスは本題へと入る。
「今日は突然来てごめんね。実はこの前のことについてもう一度謝りたくて……。本当にごめんなさい。そんな特別な日だったのに怖い思いをさせてしまって……」
テオディウスは頭を下げるとルカは驚いたように目を見開く。思わず扉から身体を出して、テオディウスに駆け寄っていた。
「ぇ、ぁ、あの……きにしないでくださぃ……。まえもあやまってくれて、その」
「でも危険な目に合わせてしまったのは事実だから」
「ちょっとだけびっくりしたけど、どこもいたくなかったから……。だからもうあやまらないでください……」
あまりにも頭を下げ続けるテオディウスにルカは困惑しながら溢す。この人達は確かかなり上の階級だったはずだ。それなのにこんな風に頭を下げて自分に謝っている。エルトラム氏から王族についての話を何度かしてもらったためかルカの思い描いていたイメージと目の前のテオディウスの様子があまりにも差がありすぎたのだ。
ルカの言葉にテオディウスは頭を上げ、微笑み返した。
「許してくれてありがとう」
その言葉と表情にルカは自身の固まっていた心が少し溶けた気がした。二人の様子にアルトリウスも安堵したように溜め息をついた。
「よかったね、テオ。ルカ君もありがとう」
「ぃ、いえ」
ルカは顔を横に振る。なんとなく穏やかな空気が流れていると実感した双子とルカであったがそれはとある言葉で書き消される。
「やっと見つけましたよ、お二方……!」
双子が振り向くと肩で息をしながら双子に目を合わせる樺色の髪をした青年がいた。深い赤のローブに皺のない白いシャツ。菱形の模様のついたネクタイを締めており、手にはめた円の描かれた手袋からして魔術師というのがよく分かる。
「え、とどちら様で……」
戸惑いながら名前を聞くアルトリウスの隣ではテオディウスがルカの前に守るように立っていた。突然現れた青年は息を整えると身だしなみを整え、双子とルカの前で背筋を伸ばす。
「私はライヴァン王にお二人の護衛役を仰せつかっておりますヒース・リヴィオンでございます。職は
「え、向かえに? 夕飯までには帰るって紙に書いてたのに……」
不思議そうに首を傾げるアルトリウスだが、ヒースはその言葉を聞いたあと首をゆっくりと振った。
「アルトリウス様、あのような紙切れだけをおいて何処かにお行きになるのはとても危険です。貴女方は王族であるのですよ、跡継ぎとして国を支える義務があるのです。好き勝手に出て怪我、いや殺されてしまったらどうするんですか」
「で、でも……」
「でもではありません。帰りますよ。アンデルセンさんやライヴァン王、グレイシア様だって、皆カンカンに怒っています」
「え!! 怒ってるんですか!! 」
「当たり前じゃありませんか! さあ、行きましょう」
ヒースは近くに止めていた馬車を近寄らせ、双子の手を握った。その状態のままルカの方へと視線を向ける。
「君も階級を考えて言動するんだよ」
「ご、めんなさい」
ヒースの言葉に泣きそうな顔で下を俯くルカを見て、テオディウスは抗議を始めた。
「ヒースさん、ルカ君は関係ないです!俺達が勝手に押し掛けたから!」
「私達が迷惑をかけたのはルカ君も一緒です。それにルカ君は私達がここに来ることを知らなかったから」
アルトリウスもヒースを説得する。ヒースはあまり納得いってないようだったが溜め息を吐くと何度も頷き始めた。
「分かりました。詳しいことはまた後程」
ヒースはテオディウスとアルトリウスに馬車に乗るように促す。双子は静かに頷き、馬車へと向かう。するとテオディウスは突然立ち止まり、不安そうにこちらを見るルカの方へ振り返った。
「迷惑かけてごめんね。じゃあね、ルカ君」
テオディウスはそう言うと馬車に乗り込む。魔物の鳴き声とともに馬車はゆっくりと前進していった。一人残されたルカはそんな馬車の背中を寂しそうに見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます