第8話 探険開始

暁界きょうかい戦争。

人間と他種族によって引き起こされた世界最長にして最悪の大戦争。その名は終戦後、何年もの間空が夕暮れのような暁色に染まったことから由来している。その戦争によって犠牲となった者は数知れず、行方不明者も多数。女も男も子供も老人も関係なくこの世に生を得た全ての存在が兵器として使われていた時代。

壊れ、壊され、犯し、犯され、人間と他種族両者に永久に癒えぬ傷を作り出した。


「最終的に他種族側の統率者であった龍人族の頭領が謎の消滅を迎えたことによって人間側が勝利しました。その後他種族は奴隷として生きてはいけましたが戦争後も差別は続き、生き残ったはずの半数が無惨な死を遂げています」


「そんな……」


アルトリウスは絶句し、テオディウスも唇を噛み締めていた。


「恐ろしい戦争です。子供、女性も関係ない。力が無ければ誰だって殺される時代でした」


まるで目の当たりにしてきたかのような口振りでアンデルセンは話し続ける。


「その激しい戦争のせいで他種族側の犠牲も多く、只でさえ人間の進撃により個体数も減っていたところを長引いた戦争のせいで七つの種族中四つが殲滅されたのです。エルフ族も戦争後目撃例が多数上がっていましたが、今ではデマだったのではと言われるほどその存在は消え去っています」


「七つ、てもしかしてさっきの魔術を作った種族と同じ種族なんですか……?」


テオディウスは疑問符を浮かべて質問するとアンデルセンはこくりと頷いた。


「暁界戦争に参加した他種族は先ほどの魔法の基礎となる魔術を作り出した炎の身体を持つイフリート族、身体の99%を水で構成されたウンディーネ族、鳥の頭をした鳥人族、皮膚が分厚く、武器を製造することに長けたドワーフ族、獣の容姿を持つ獣人族、人形ひとがたの龍の姿をした龍人族、長く尖った耳が特徴のエルフ族なのです。そして殲滅されたのはこの中の四つ、イフリート族、ウンディーネ族、ドワーフ族、龍人族です」


アンデルセンがいった種族を頭のなかで繰り返した双子はふと残った二つの種族に興味を示した。


「鳥人族、とえっと獣人族はその後どうなったんですか?」


「二つの種族は戦争を生き抜いた後人間の支配下に陥り、長い間差別を受けて暮らしてきましたがここパルディアン初代国王陛下が人間と他種族の平等と自由を目指し、この国を作り上げたことで他の国や大陸でもそのような思考が広がるようになり、今では二つの種族も人間と同じ平等や自由が約束されるようになったのです。ちなみにこの間出会ったルカ君は鳥人族ですよ。ここ、パルディアンでも鳥人族、獣人族の兵士もいらっしゃいます」


ルカという言葉に双子はあの幼い鳥人族を思い出す。ルカが鳥人族であったというのに双子が驚かなかった理由としてパルディアン国王に使えるメイドや兵士に似たような容姿を持つものが多かったからだ。恐怖よりも好奇心の勝った双子は積極的に話しかけたせいでとっくの昔に慣れていたからだ。


「話を戻しますと種属性とは体内に流れる魔力によって決まること。魔術の基礎を作り出した種族にはその魔術の基礎と同じ属性の魔力が流れているため、それが遺伝することで同じ魔力を持った者が増え続けているのです」


長い説明になったが、理解できたかというアンデルセンの問いに双子が頷くとアンデルセンはほっとしたようにため息をついた。


「では引き続き、魔術の基礎を学んでいきましょう。次はですね──」


授業を再開したアンデルセンであったが、双子の頭のなかは先ほどアンデルセンが言った「龍人族」という言葉で埋まっていた。暁色に染まった空を背景に佇む龍の姿。地とかした死体の数々、戦争によってならば説明もつく。夢の中の龍と「龍人族」、関係は少なからずあるはずだ。もしまた夢を見るのなら今度は恐れを抱かず、問うべきだろう。

「貴方は誰なんだ」と。


・・・


「ルカ君、元気かなぁ」


「何、突然」


アンデルセンの授業が終わり、出された課題を解いていたアルトリウスとテオディウスだが、どうやら弟の集中力は途切れているらしい。課題も最初の三問ほどしか手がついておらず、蚯蚓ミミズが炭をつけて這いずったような跡があるだけだった。


「あれから一度も会ってないだろ? 元気にしてるか心配でさぁ」


テオディウスは机に突っ伏したまま顔だけをアルトリウスに向けて話す。そのせいで課題の紙にはシワが刻まれてしまった。


「珍しいね、テオがそんなこと気にするなんて」


「いやぁ、まあ……」


テオディウスは少し言い淀むと諦めたように話し出す。


「俺達さ、前の母さんに虐待?されてただろう」


弟の言葉に姉は頬杖をついて頷く。


「そん時にさ、思ったんだよね。人が痛がることや嫌がることは死んでもしないって。あ、一回死んだか」


最後の言葉は適当に、それこそ感情も何も乗せず言い放った。


「なのにさ、初対面であんな怖い思いをさせてさ。アンデルセンさんのお陰で怪我もなかったけど……心の方に傷を負わせたんじゃ、て思って」


アルトリウスはそんな弟の言葉を静かに聞いていた。弟が自分に話しかけながら思考を整理できるように。


「もう一度会ってちゃんと謝りたいんだ……。それに仲良くしたい。今のところ一番年が近いのあの子だけだろ」


皇太子、皇太女の身分である双子は如何なる時でも成人した兵士から守られる立場にある。そのため年の近い者と会うことはほとんどなかったのだ。


「でもあの後から全然見かけないし、もしかしてとっくに嫌われたのかな……」


意気消沈したテオディウスを見てアルトリウスは何か良い案はないのかと腕を組んだ。ふとあることを思いつくと、悪戯を企んだ子供のように口角をあげ、鮫のように尖った歯を覗かせた。心なしかいつもよりも人相が悪い。


「なあ、弟よ」


「ん?」


姉の抑揚孕んだ声にテオディウスは顔を上げる。目の前には年相応に怪しい笑みを浮かべた姉がいた。


「ここはひとつ、冒険とやらをしてみない?」

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