第5話 魔法を遣うということ

何かが弾けた音で俺は意識を隣へと向けた。

野外訓練ということで俺─テオディウスと姉ちゃん、そして俺たちの師匠せんせいであるアンデルセンさんは城の庭にきていた。

目の前には三つの的。的当てをするということでアンデルセンさんが持ってきたという。


だが、今の俺に集中力はほぼなかった。

変な夢を見たせいで昨日はあまり寝れなかったのだ。

姉ちゃんも同じだ。たまに目を擦ったり、欠伸を一生懸命に噛み殺していた。


この国に皇太子?として産まれて最初はわからなかった。いや、普通に考えて無理だ。はい、そうですかとはいかない。これでも12くらいまでは生きてたんだからそれくらいはわかっている。

姉ちゃんだって俺の顔と自分の顔を見て驚いていたくらいだし。


そりゃあ驚く。だって目の前には赤毛に魚みたいな歯の奴がいるんだ。俺たちは双子だから顔はほぼ一緒。あのとき、姉ちゃんの反応と同じような顔をしていただろうな。

名前だって前とは違うし……

あれ。

俺の前の名前なんだっけ?

確か……


・・・


ふとテオディウスの意識が的から逸れた。

魔弾を発動したまま機械的に動作をする。無意識下のなか、魔弾は野球ボールのように投げられ、そのまま的を外した。

的を外れた魔弾の進行方向には子供が──。


「───ぁ」


魔弾へと目を向けたテオディウスの喉が震える。

子供は何気無しにその目を空へと向けた。そのときに目に映ったのはこちらへと向かってくる存在。子供の目がゆっくりと見開かれた。


しかし魔弾は子供の前で破裂した、いや破壊された。

アンデルセンが魔法を発動してテオディウスの魔弾にぶつけたのだ。

子供がピクリとも動かず固まって、その目の前で星のように魔弾の残骸が落ちていく。


「テオ! あんた何やって……」


アルトリウスの怒号に聞く耳を持たず、血の気の引いた顔のままテオディウスは子供に向かって走り出した。

子供に近づくにつれて輪郭がはっきりと見えてくる。

へたりと力無く座り込んだ子供に謝罪の言葉を伝えようとした。

その子供は鳥の頭をしていた。


「ごめんなさいっ! 大丈夫? 怪我はない? 」

           

テオディウスは鳥人の子供に近づき、子供に怪しいところがないかを探す。当の子供はテオディウスの行動と突然の出来事により、思考が上手く働いていないのか大きく見開いた目は震えていた。


「本当にごめんなさい、俺が別のこと考えたから上手く魔法飛ばなくて……」


テオディウスは子供に怖い思いをさせてしまったという後悔により、何度も何度も頭を下げた。あとを追ってきたアルトリウスも膝を地面につけて大丈夫?と言いながら子供の肩に軽く触れていた。そんなアルトリウスとテオディウスの様子を子供は戸惑うように交互に見つめる。


「ルカ、どうした? 」


廊下から聞こえた声に鳥人の子供は反応する。その子供と同じ方向を双子は見ると甲冑に身を包み、大剣を掲げた五十路いそじの男性が小走りで三人の元へと近づいてきた。五十路の男性は皇太女と皇太子が鳥人の子供の前で膝をついていることに驚いているようである。


「これはアルトリウス様、テオディウス様、それにアンデルセン殿も。どうなさったのですか、まさかうちのルカがご迷惑を? 」


「いえ騎士団長殿、ルカ君は何もしていませんよ」


アンデルセンが双子の代わりに答える。アンデルセンの言葉に騎士団長は安心したのか、ほっとため息をついた。


「では何が? 」


「実はアルトリウス様とテオディウス様お二人の魔法の訓練をしていたのですがその最中に魔法を外してしまって、ちょうど通り掛かったルカ君にあたりそうになってですね」


「ごめんなさい……」


アンデンセルンが答え終わったあと泣きそうな顔をしたテオディウスが頭を下げた。

騎士団長と呼ばれた男性は少し戸惑いながらも、ルカという鳥人の子供の前で跪く。


「ルカ、どこか痛いところはあるかい? 」


男性の言葉に鳥人の子供は控えめに首を横に振る。

その反応に騎士団長は一安心したのかため息をついた。


「そうか、ならよかった。驚いてしまったんだね」


そのまま騎士団長はルカと呼んだ鳥人の子供の背を優しく撫でた。そのまま子供は騎士団長にしがみつく。


「見たところ外傷はなさそうですし、少し驚いただけのようです。ご安心くださいテオディウス様、アルトリウス様」


その言葉に二人はまだ心配しているような表情を見せるも子供が無事だったことを心から喜んでいる様子だ。


「本当にごめんなさい、えっとルカ君? 」


テオディウスが首を傾げながら子供の名前を呼ぶと子供は騎士団長にしがみついたまま少し顔をテオディウスへと覗かせるとこくりと頷いた。テオディウスはその様子にほっと安心したようにため息を吐く。


「テオディウス様」


アンデルセンの声にテオディウスは振り向く。アンデルセンは真剣な顔をしてテオディウスと視線を合わせた。


「今回ルカ君が怪我をすることはありませんでしたが、魔法というものは簡単に人の命を奪うことができます。使い方を誤れば今日のようにならないことの方が少なくありません。魔法というのはそういうリスクも兼ね備えていることを忘れないように」


「……はい」


アンデルセンの言葉にテオディウスは頷いた。テオディウスの様子にアンデルセンは表情を和らげる。そして立ち上がり、騎士団長と呼ばれた男性に頭を下げた。


「ですが今回は私の監督不行届でもあります。申し訳ありません、騎士団長殿」


「いえ、最初は誰にでもミスはあるものです。ルカも何もなかったですし、どうかお気になさらず」


そう言うと騎士長は自身にしがみつく鳥人の少年の頭を撫でる。ルカは理解できていないのか大人二人を交互に見つめることしかできなかった。


「それでは我々はもう行きます。ルカ、行くよ」


騎士団長に手を引かれながらルカは三人から離れていった。二人を見送ったあとアンデルセンはアルトリウスとテオディウスの方へと振り向き、的の方を指差した。


「いかがいたしましょう? 練習を続けますか? 」


アンデルセンの言葉にアルトリウスとテオディウスは顔を見合わすとお互いに頷き、首を横に振った。


「今日は少し休むことにします」


「左様ですか。ではゆっくりとお休みください」


アンデルセンは微笑みながら頷くともし何かあればまた呼んでほしいと伝え、去っていった。

朝からの不調もあってか、先程の出来事もあり、双子は部屋へと戻ることにした。


・・・


アルトリウス、テオディウス、アンデルセンのもとを去った騎士団長──イージス・エルトラムと鳥人の少年──ルカ・エルトラムはパルディアン城の廊下を歩いていた。白亜の廊下は日の光を写し、灯火などなくともまるで野外を歩いているように明るかった。


「しかし驚いたな。本当に大丈夫かい、ルカ」


エルトラム氏の言葉にルカはこくりと頷いた。だが本人はまだ緊張が解けていないのかエルトラム氏の服を引っ張る手は離れない。エルトラム氏は心配そうにルカの顔を覗き込む。


「屋敷に帰ったらデイジーに何か好きなものを作ってもらおうか?少しは落ち着くだろう」


その言葉にルカは目を輝かせて、何度も首がとれてしまいそうなほど強く振った。そんな子供ながらに分かりやすい反応にエルトラム氏は苦笑しながらもそんな幼子に向けて頷き返した。

二つの影は白亜の廊下に痕跡を残しながら帰路についていった。


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