第4話 魔術と魔法

「まず魔法の勉強を始める前にやらなければならないことがあります」


「やらないといけないこと?」


「というかアンデルセンさん、魔法も教えられるってすごいですね」


「いやあ私多才なんですよ、ってそうではなくて」


つい調子にのるアンデルセンは気を取り直してどこから取り出したのか双子の前に半透明の石を置いた。

その石に双子は興味津々といった様子である。


「これは?」


「証鳴石というものです。この石に触れるとその人の魔力の色が分かる代物ですよ」


「魔力の色?」


顔を見合せ、瞬きを繰り返す双子にアンデルセンは笑いそうになるのを堪えて説明を追加する。


「まずは私が触りましょう」


アンデルセンは半透明に光を反射する証鳴石に触れた。

途端、その石の表面は指との接地面からまるで水面が揺れるように波打ち、徐々にその半透明の身体を変化させていく。その身体は炎さえも絶ちきるだろう銀色へと色付けていった。

双子の顔が写るほどに美しく、清みきった色をしている。


「色がかわった!」


目を丸くするアルトリウスと証鳴石から目が離せないテオディウス。

しかし、その美貌もアンデルセンが指を離した途端に薄れていき、最後には元の半透明に戻ってしまった。


「これが証鳴石の凄さです。触れたものにあった魔力の色を表すことによってどの魔法を学ぶのがこの人に適しているか正確に分かるようになるのですよ」


アンデルセンはそう言うが一つ疑問が生まれる。


「どうして魔力の色を知らないといけないんですか?」


テオディウスの質問にアンデルセンはこう答える。


「そもそも魔力というのには属性があります。大抵これは種族によって決まっている場合もありますがこの子は水の魔術が得意になる、この子は火の魔術が得意になると産まれたときからその人の魔力に刻まれているんです。そのため水の魔術が得意とする魔力を持つ人が火の魔術を学んでしまってもそもそも魔力の作りが違うため対した成果が得られないことが多いんですよ。人に向き不向きがあるように魔術、魔法にも適す適さないがあるんです。簡単に言えばその人の魔力に刻まれているのはどんな属性かを知るために証鳴石を使うんですよね」


こつこつと爪で石をつつくアンデルセン。

成る程と言っているかのように頷く双子は早速その証鳴石に触れることにした。


「最初はアルトリウス様からですね」


目の前に置かれた証鳴石にアルトリウスはその肉付きのいい手を軽くのせる。

包み込むように握るとゆっくりと石が発熱しているかのように熱を帯始めた。

アルトリウスは石を見えるように手を下にして石を自身の目と合わせるように持ち直す。

証鳴石はその身体を黄色へと変えていた。


「ほう、金色……いや黄色ですか」


アルトリウスの魔力の色が投影した石をアンデルセンは見つめ、テオディウスに渡すようにアルトリウスを促した。

テオディウスはまるで割れ物を扱うかのようにその小さな両手に証鳴石をのせる。

しかし持ち主によってその色を変化させるはずの証鳴石はまるで稲妻を写したような黄色を褪せさせることなく、その色を保ち続けていた。


「おや、変わりませんね。ということはテオディウス様もアルトリウス様と似たような魔力をもっているということですね」


双子であるが故ですか、と笑うアンデルセン。

そんな白銀の瞳を見つめ、テオディウスは問いかける。


「黄色はどう意味?」


「黄色は雷系を扱う雷鳴魔法の魔力の特徴です。それに……」


アンデルセンの言葉に双子は首を傾げる。


「雷の魔術は習得がとても難しく、適応する魔力をもつ人も少ないんですよ。これは珍しいものが見れました」


目を輝かせるアンデルセンにアルトリウスが訊ねる。


「銀色はどう意味なんですか?」


「銀色はですね、どんな属性の魔法でも問題なく発動できるそれはそれは珍しい色なんですよ!」


と胸を張るアンデルセンにすごいすごい、と自分のことのように驚く双子は兎のように跳ねる。

話した相手が双子でなかったらアンデルセンは今日以降この城には存在していないことだろう。


「それでは魔力の色も分かったことですし、まずは雷魔術からやってみますか!」


「はい!」


双子の揃った声が合図となり、双子は早速魔術をアンデルセンのもと学ぶことになった。




「では魔力を魔術に転換しましょう」


アンデルセンと双子は城の中央に位置する庭園兼訓練所へと移動した。ほとんどの野外活動はここで行われる。


「魔力を転換?」


「まあやってみた方が早いですね」


そう言うとアンデルセンは服の裾を肘のところまで捲し上げ、白く日焼けのあとのない腕を見せる。


「今から水の魔法を使います。私の腕に触れてよく見ていてください」


アンデルセンの言葉通りに行動した双子を確認するとアンデルセンは手を広げ、水の球を造り出す。

日の光を反射する水球に一瞬目を奪われたが双子は「あ!」と声を上げた。


「なにか今流れた!」

            

「腕が光った!」


双子の言葉にアンデルセンは満足そうに微笑んだ。


「今お二人が感じて、見たものが魔力です。それを魔術によって変化させ、魔法にします。まあまずは実践ですね」


魔力を魔術に変換するのは難しいことではない。数学の問題を公式を使って解いていくようなものである。


「まず魔術を発動させる部位に魔力を流し込んでください。そうですね、花瓶に水を注ぐ感じで」


双子はアンデルセンの言葉通りに魔力をアルトリウスは右手に、テオディウスは左手に流し込むように意識する。目を閉じ、精神を集中させるとじんわりと腕に熱が籠るような感覚を覚える。龍のように長い電流が腕を通っていく。


「そのままボールを作ってみてください」


双子は掌を広げ、球体を頭のなかで作り出す。

イメージするのは暗闇のなかで光源となるであろうバチバチと閃光が散る雷の球体。

ふいに腕に籠っていた熱が抜ける感覚になる。

双子は目を開けると掌に小さい球が浮いていた。それはパチリパチリと所々弾けている。


「これって……」


「まだ小さいですが中々筋がいいですね。それは魔弾という、簡単に言えば魔術を球体にした魔法です。序盤中の序盤ですがこんなに早くできる方はあまりいませんよ」


「それってすごいこと?」


アルトリウスが尋ねるとアンデルセンはこくりと頷く。アンデルセンも筋のいい双子に教えるのが楽しいようで自分のことのように喜んでいる。

それが嬉しかったのかアルトリウスとテオディウスは満面の笑みでハイタッチをした。


少し追記を挟もう。

魔力というのは我々の一番の急所と言っても過言ではない心臓と連動している。血液と魔力を身体全体に運ぶタンクとポンプの役割を果たしているのが心臓だ。そして、魔力というものは感情によって左右されやすい。怒り、悲しみ、喜び、苦しみ、といった感情の影響で魔力は不安定になる。特に心臓は分かりやすいほどその動きが不変でない。


そう、魔力は感情によっては暴走しやすくなるのだ。




「つかれたー!」


ボフリと吸収された音とともに羽毛が使われたベッドに飛び込むアルトリウスはその体制から足を忙しなく振る。そんな姉の様子を真似してテオディウスもベッドに沈みこむ。


「意外と難しいんだね、魔法って」


「静電気も止まらない……」


雷魔術の影響のせいか静電気が絶えず、至る所で感電した双子は未だに金属類に触れられずいた。アンデルセンはというと双子の魔弾の暴走後、静電気が原因で羽上がった髪のまま帰宅していった。

かなりの傑作ではあったが双子は原因が自分達であるとわかっているため笑えなかった。

 

「だけどコツは分かったからあとは実践あるのみ!」


「明日は的当てをしようってアンデルセンさん言ってたもんね」


弾力のあるベッドの上で双子は寄り添うように転がる。


「でも難しいってアンデルセンさんは言ってたけど思ったより身体に馴染んだなぁ」


「そう!使えはするけど調整が難しいというか……。身体が覚えてるみたいなんだよね」


身体に流れる魔力に違和感を感じながらも双子は明日のために早めに床につくことにした。


「明日も頑張ろう」


「うん、頑張ろう」


そういって双子は笑うと身体を寄せあい、眠りにつく。帳を落とした空に命を刈り取る鎌のような月は佇み、双子を見て不気味なほどその口角を上げていた。


           ◇


双子はそっと目を覚ます。

シンと冷えた空気が顔を覆っていた。衣服から飛び出た手も乾燥しているようで少し動かすだけでも痛みがある。身体が自由に動けぬ様はまるで生きたまま彫刻にでもされたような気分であった。

すぐ隣に同胞がいるように感じたが声も出せぬ状況では確認もできない。

赤く染まった空の下で双子は多数の死体を足場にして立っていた。

肉と衣服、鎧を地としてその感触に意識が苛まれながらも動かない身体の代わりに目だけを限界まで転がす。

状況の把握ができていない今、双子は緊張によって無音の世界にいた。


しかしそれも肉が断ち切られる音で瞬時に引き戻される。

血をぶちまけたような空を背にゆったりと何かが起き上がる。

何故今までその存在に気付かなかったのかと己に問おてしまうほどの巨体であった。

双子はそれから目が離せなかった。そして本能的に目を反らしてはならないと脳が忠告してきたのだ。

その巨体が少し動くだけで地と化した肉が血飛沫を上げて潰れていく。

二人はその光景を呼吸も忘れて見入っていた。

二人の目にはそれがスクリーンのように映される。血が滴る大剣も握りしめ、巨体が首をあげた。


龍が、双子の方へと振り向く。


剣先のように鋭い眼光は逆光によってシルエットでしか見えない身体から殺意を纏って放たれている。

双子は自分の心臓が貫かれ、抉られるような感覚に陥った。

だんだんと意識の焦点があわなくなった双子。

しかし龍はその視線を離すことはない。

この龍は何者なのか、ここは何処なのか。

様々な疑問を残したまま双子の意識は暗転した。


            ◇


「やけに暗い顔ですね。大丈夫です?」


城の中央に位置する庭園兼訓練所。

魔道書を片手にお気楽な声を上げるアンデルセンに双子はクマが目立つ目を擦りながら欠伸を噛み殺す。

双子は昨夜おかしな夢を見てそれ以降目が覚醒して眠るに眠れなかった。

あの光景が脳に張り付き、目を閉じる度に浮かび上がり、目を開けてしまうという繰り返しでいつの間にか朝日が上っていたのだ。


「お疲れのようでしたら少し休まれてもよかったですのに」


「いや、大丈夫です……」


「全然問題無いです……」


双子はしばしばと乾燥する目を開け、雷魔術を発動しようと魔道書を広げる。

アンデルセンも折角のやる気を潰すのは惜しいと判断し、何かあればすぐに対処しようと軽い気持ちで考えていた。


「それじゃあ早速魔弾を使って的当てをしていきましょう」


アンデルセンが用意した的当てが3つ、双子の前にたっていた。的は線で繋げば三角になるような形で置かれている。


「あそこの的に向かって魔弾を打って真ん中の赤い丸に当てられたらクリアですよ。魔法というものは発動だけが大事だと思われがちですが、対象に当たらなければどんな魔法も無意味になりますからね。しっかりと練習していきましょう!」


「はい!」


息の揃った返事とともに二人は小さい手を天から糸で引かれるように上げた。

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