第3話 授業開始

グレイシアと別れたあと双子は師匠せんせいとなったアンデルセンと共に教室へと移動した。

教室といっても教卓などあるわけではなく、10冊ほどの本を広げてもスペースが余るテーブルに双子の背後には伝記や図鑑が入れられた本棚が置かれているだけの質素な部屋である。

窓が極端に大きいだのグレイシアの趣味なのか植物が至るところに飾られているなど物申すところはあるが、集中させるためにできるだけものを置かないようにしている気遣いが目に見えてわかる。


そんな空間に三つの影は向かいあっていた。


「それじゃあ早速授業ですね。いやあ、緊張するなぁ」


アンデルセンは手汗を膝で拭き、己を鼓舞するような笑みを浮かべる。教師となって特に月日が経っていないのだろう、それにその生徒が王族である。彼の心情ははかりしれないほどの重圧によってすでに硬直気味であるのだろう、と子供ながら想像してしまった双子の心中は同情に満ちていた。

双子はいまだに王族としての自覚がない。夢でも幻想でもないことはとっくに解りきっていることではあるが、あのアパートで死を経験し、目を覚ませば一国の皇太女、皇太子として敬われている自身のことはまるで他人事のような目で見てきた。


例えとしてアバターというものがある。

ゲームをプレイする際にアバターを造ることはよくあるだろう。大抵アバターというものは別世界にいる「自分」とそれを操作する「自分」がいることで成り立つ。

まったくの別物として思考していても根本的には等しい存在であるのだ。

別世界の「自分」を別世界の「自分」が見つめている。


双子はそのような感覚に陥っていたのだ。

あの荒れたアパートで死んだ私(俺)と今ここで呼吸する私(俺)は同じであるが異なる存在であると。

そんな若人と双子は申し訳なさそうに目を合わせる。


「よろしくお願いします。えっと師匠せんせい?」


「あ、はい!よろしくお願いいたします!」


初々しい雰囲気が流れるなか、授業は開始されたのだった。


            ◇


「ねぇテオ」


アルトリウスが弟の名を呼ぶ。

随分とその名で呼ぶのに慣れたものだ、と人知れず思う。

アンデルセンは開始しようとするやいなや授業で使う道具を忘れたといい、席を外していた。


「いまだに信じられないよね、ここにいるのが」


「確かに。やっとあの人のことお母さんって呼べたし」


このパルディアン国にきてから双子は6年、だがグレイシアとライヴァン国王を親として呼んだのはつい最近だったのだ。そのせいで一時期グレイシアは鬱病になる可能性があると医師から発言されたほどであった。


「最初にお母さんって呼んだ時、お母さんすごい勢いで泣き出して驚いた」


「私も。なんか申し訳なかったなあ」


双子は決してグレイシアを母親と認めていなかったわけではなかった。見知らぬ国でいきなり自分が母だと言われた衝撃もあり、現実を飲み込むまでに時間がかかったのである。だが双子はグレイシアを恐れていなかった。


「私はね、貴方達のお母さんなの。私の子供として産まれてきてくれた貴方達はこの命に変えても必ず守ってみせるわ」


そう言って泣きそうな顔で頭を撫でてくれたグレイシアに双子は何故かこう思ったのだ。


「このお母さんとなら幸せになれるだろうな」


            ◇


「それでは授業を始めますよ」


戻ってきたアンデルセンは分厚い本を片手に授業を開始した。本の表紙には金色の文字が書かれているがなんと書いてあるのか二人には検討がつかなかった。

その視線に気づいたアンデルセンが微笑みを浮かべる。


「大丈夫、いずれ読めるようになります」


双子がまず初めに受けた授業は文字の練習であった。

この世界における五十音をひたすら紙に書き、発音する。王族であるため多少の知識は必要不可欠であり、文字の読み書きができない王など言語道断。

双子もきちんとした教育を受けるのは初めてであったためか吸収が早くたった3日で自分の名前を書けるようにまでなった。


「たった3日でここまでできるのはすごいことですよ」


とアンデルセンが鼻を高くする。

グレイシアも双子の様子に喜び、勝手に宴を始めようと暴走するところだった。




それから1か月後、グレイシアが突如としてこんな提案をしてきた。


「ねえ、もうこの子達に魔法を教えてもいいんじゃないかしら?」


ライヴァン王が玉座に鎮座する王の間でグレイシアは双子とアンデルセンがいるなかまるで名案のように発言した。

その妻の言葉にさすがのライヴァン王も異議を唱える。


「グレイシア、それはまだ早いのではないのか。この子達はやっと文字を覚えたばかりの子供であるんだぞ」


しかしグレイシアは止まらない。


「いえ、全然早くありません。文字が読めるようになったのですもの、問題はないはずですよ!それに名のある魔術師も幼少期から魔法を積み重ねで学んでいくことで魔力の暴走の危険性もほとんどなく、身体に馴染みやすいため強力な魔法を使えたと聞きます!王族としても魔法を扱えなければならないわけですし!」


子供を王にしたいのか魔術師にしたいのかよく分からないグレイシアだがそれでもライヴァン王は首を縦にふらない。


「しかしだな。その魔法を学ぶのはアルとテオであるんだぞ。本人の意思を無視して強要するのは些か問題があるのではないのか?」


ライヴァン王の言葉にグレイシアは我に返ったように目を見開いた。

何故か両親の間でしか話が進んでいないため双子の頭には疑問符が浮かぶ。


「アンデルセンさん」


アルトリウスがアンデルセンの服を指で引く。僅かな抵抗を感じたアンデルセンはどうしましたか?と膝を折り、アルトリウスと目線を合わせた。


「魔法って何ですか?」


アルトリウスの疑問にテオディウスも頷く。


「ああ、まだ教えていませんでしたね。魔法即ち魔法学というのは魔力と魔術を用いた学問のことです。」


「魔力と魔術?」


「魔力とは体内にある魔術に必要な物質であり、魔術とは魔法を使う際に必要な公式みたいなものです。例えば1+1という式がありますが答えは何か分かりますか?」


「2!」


テオディウスが答える。

アンデルセンが満足そうに頷いた。


「それが魔法です。1+1が魔術、その答えである2が魔法であり、魔法を発動する際には魔術という公式が必要になるのです。魔力は1+1の式に当てはめたら1になりますね」


「それじゃあ魔術がわかったら魔法が使えるようになるんですか?」


アルトリウスは首を傾げ、訊ねる。


「そうですよ。難解な魔術ほど強力な魔法を使うことができるんです」


アルトリウスとテオディウスは目を輝かせながら兎のように跳ねた。その拍子に朱色の髪が揺れる。


「面白そう!ね、テオ!」


「うん!なんだかかっこいいね!」


目に星が灯り、尖った歯が唇から覗く。

しかしこの声を聞き逃すグレイシアではなかった。


「ねぇアル、テオ」


先程までライヴァン王の前にいたグレイシアがいつの間にか双子の前で跪坐をしていた。


「魔法、習ってみたい?」


首を傾け、双子の顔を覗き込む。

双子は顔を見合せ、こくりと頷いた。

その反応にグレイシアは鋭い歯を覗かせる。

双子の鮫のような歯はグレイシアゆずりのようだ。


「ねぇあなた!聞きましたか!やっぱり魔法を教えましょうよ!」


グレイシアは立ち上がり、ものすごい勢いで振り向いた。


「いや、しかし……。アンデルセン、貴殿もなにか言ってはくれないか」


いきなり話を振られたアンデルセンは苦笑混じりで答える。


「本人達がやりたがっていますし、それを止める権限は私にはないかと」


「うむぅ……」


ライヴァン王はしばらく悩んだあとその髭の生えたの顔を縦にふった。


「アンデルセン、二人をよろしく頼むぞ」


「お任せを」


アンデルセンはその頭を少し下げた。

グレイシアはアルトリウスとテオディウスの頭を撫でながら嬉しそうに笑っている。

双子は新たな学びができることに喜びを感じ、その目に期待の色をうつしていた。

魔法への興味があの出会いに繋がるとは思いもよらずに。

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