第2話 異世界転生

朝が来た。

太陽がその光を向け、世界を照らす時間。

その光によって人々は目を開け、1日を開始する。

それは国王ライヴァン・ブリュンヒルデールが君臨する平等と自由の国・パルディアンでも同じことであった。

そんな国の中心に位置する白亜の城・パルディアン城。


その城の一室、白を基調とした部屋に置かれた巨大な寝具に二人の姉弟がいた。

朱色の髪をベッドに散らし、寄り添うように眠っている。その姿は瓜二つであり、まるで二人の間に鏡があるようだった。


ふと姉がその重たい瞼を開け、ゆっくりと起き上がった。寝ぼけているのか頭はフラフラと揺れ、またベッドに倒れこみそうである。

しかし姉は目を擦りながら、隣で寝る弟の肩を揺らす。


弟が為されるがままに揺れること2分。

ようやくその目を薄く開けた。

ぼんやりとした意識のまま起き上がり、口腔を広げて欠伸をする。


「おはよー、ねぇちゃん……」


「おはよー、テオ……」


互いに挨拶を終えた直後に部屋の扉が開く。

扉を開けた人物は複数人の侍女であった。

彼女達は黒のワンピースに白いエプロンといった典型的なメイド服で着飾っていた。

緑髪の侍女が双子が起きているのに気が付くと頭を下げる。その際に下がる緑の髪がまるで柳のようであった。


「おはようございます。アルトリウス様、テオディウス様」


侍女の言葉に双子は慣れたようにベッドから降りると侍女に挨拶とお礼を言って侍女と共に支度を始めた。


            ◇


双子の姉弟は自分達があのアパートのベランダで息絶えたことを理解していた。後悔も未練もなく、運命に身任せるように死を受け入れたのだ。


だが違和感に気が付いた。

かすかな違和感、気にするほどかと思ったがそれでも双子は感じ取っていた。


視界は真っ暗で1センチ先さえも見えず。音も聞こえない。五感全てが使い物にならない空間で身体では感じ取れない何かが双子の傍にいたのだ。

そして双子はその正体に気が付いた。


「「おんぎゃああっ!」」


呼応するように響く片割れの産声。

どちらも聴力はほとんどない。それでも聞こえてきたのだ。

双子が、新たな生を手にいれた瞬間であった。


            ◇


双子は生まれ変わった後に新しい名を手にいれた。

姉はアルトリウス、弟はテオディウス。

姓はブリュンヒルデールであり、ここパルディアン国の皇太女と皇太子である。

二人はなんの運命か、双子としてこの世に生を受けた。

朱色の髪にギザギザと尖った歯とまるで鮫のような顔の、である。


アルトリウスは侍女に髪を櫛ですわれ、その間テオディウスは鏡の前で侍女の手を借りながら服を着替えていた。

今現在、双子は転生して7年経っている。

やっと見慣れてきた双子であるが、最初自分の幼すぎる姿を鏡でみた際に大声で叫んでしまい、敵襲かと思い込んだ国王兼父親が城全体で騒動が起こしたことがあった。

それ以来双子はできるだけ過度な反応はしないように気を張ってしまっていた。


「はい、できましたよ」


綺麗に整い、艶の入った短髪を侍女はゆっくりと撫でた。


「こっちも終わりました」


テオディウスの着替えも終わった。

二人の王族としての1日が始まったのである。


            ◇


双子の意識がはっきりしたのは産まれてから2週間ほど経ったときである。

自分であるのに自分ではない違和感、異物感に苛まれ、一ヶ月も満たない赤子の姿で何もすることができずに日々だけが過ぎていった。


勿論二人は転生などという言葉も意味も知らない。

眠りから覚めたら名も知らぬ女性に抱かれ、髭の生やした男から名をつけられ、理解する時間も少なかったことだろう。

その髭の生やした男というのはライヴァン王のことであるが。



朝餉を終えた双子は侍女から母・グレイシアが呼んでいることを知り、早速部屋に出向くことにした。

グレイシアがいる部屋まで辿り着くと尽かさず侍女が扉を開ける。


「あ、ありがとうございます」


「ありがとうございます」


「いえ、お礼など。これが私めの仕事でございますから」


微笑む侍女申し訳なさを感じつつ、双子は部屋に足を踏み入れた。

様々な花が咲き誇る部屋からは花の香りが立ち込めていた。

母のグレイシアは花が好きである。

特に赤と黄色の花弁をもつ花は部屋の至るところに飾られており、花瓶にも特注で花の模様をいれてもらっているほどだ。


そんな花の香り漂う部屋にはグレイシアともう一人、身嗜みの整った男がいた。

年は20代半ばだろうか。後頭部では三つ編みに前頭部ではセミロングほどに伸ばし、赤のメッシュをいれた銀髪に透き通るような白銀の瞳は水晶を幻想させた。

背格好も洒落てはいるが飛び抜けて派手ではなく、王族に対してむしろわざと地味な色で纏めているように写る。人懐っこそうな笑顔で幼い子供を連想とさせた。


ふとグレイシアが双子の存在に気が付くと輝くような笑みを向けた。


「まあアル、テオ!いらっしゃい」


母であるグレイシアは二人のことを略称で呼ぶ。本人曰くそちらの方が可愛いのだとか。


「おはよう、お母さん」


「おはよう」


双子はその小さな足で一歩一歩歩いていく。

その姿を見るだけでグレイシアの瞳が潤む。

グレイシアは重度の親バカであった。ことあるごとに双子の成長に感動し、涙を流し、嗚咽を漏らす。

双子のためには金だって惜しまず、たまに双子と共に泥だらけになって遊ぶこともある。

臣下達は妃としての在り方がどうこうと口を出すが、グレイシアはやめたことはない。

臣下に対しても優しい態度をとることで有名なグレイシアが唯一臣下にきつく接するときであるのだ。

双子もグレイシアのことを心から信頼していた。


前世の母親は双子と遊ぶことはまずなく、暴力は普通、家事なんてもっての他の人間だった。そのおかげなのか、双子は大抵の家事を一人でこなせるようになっていたはいたが王族に生まれ変わったためそのような機会はほぼ無に等しい。


「母さん、その人は?」


アルトリウスはその若い男をじっと見つめる。

まるで警戒する猫のよう。

双子は若い男にいい思い出がない。

しかし、そんな視線を向けられてなお男は愛おしいものを見やるような笑みを絶やさない。


「この人は今日から二人の専属教師として働くシルヴァラ・アンデルセンよ。これからお世話になるからご挨拶しましょうね」


グレイシアの言葉に双子は顔を見合せながらもシルヴァラ・アンデルセンという男に頭を下げた。

その双子の様子にアンデルセンは苦笑いを浮かべる。


「シルヴァラ・アンデルセンです。これからよろしくお願いたします、アルトリウス様、テオディウス様」


アンデルセンは片膝をつき、片手を胸に当て頭を下げる。あまりにも自然に行い、服が擦れる音もなかった。


「それじゃあ早速よろしくね、アンデルセン」


「はい、お任せを」


「アル、テオ。勉強、頑張ってね!」


グレイシアは双子を抱き寄せ、その額に接吻をおくる。

照れくさそうに赤面する双子にグレイシアの笑みが深くなる。その優しい笑みが双子は好きであった。

「母親」が一度も見せてくれなかったその表情が。


            ◇


双子がまだ前世であるアパートで暮らしていた頃の話だ。その日、双子の母は気にくわないことが起きたのかいつもよりも双子に暴力を振るっていた。


そんな母親はいつも同じところを攻めない。叩く度に箇所を変えていた。それは双子の顔に、身体に跡が残らないようにと母親なりに工夫したやり方であった。

痣があれば自分が疑われる。

この間双子が通っている幼稚園の先生からはそんな目で見られた。転んだ、と説明したのに納得いっていない様子だった。


「ああもう!!」


母親は近くにあったごみ袋を蹴り飛ばす。それはそのまま形を崩し、床に中身をぶちまけた。それにさらに腹が立った母親は双子の腕を強い力で引いた。


「片付けろ!早くしろよ!」


双子の背を押し、片付けるようにと催促する母親に双子は何も言わずに実行する。

双子は朝から何も食べていない。

そのせいかフラフラと覚束ない足取りで床を汚したゴミを拾い片付けていた。


その様子に母親の怒りが積もっていく。腕を組み、貧乏揺すりをしながら双子が片付けるのを待っていた。

だが、一向に終わらないのを見てまた怒りが爆発する。


「遅いんだよ!」


近くに立っていたコンビニ弁当の容器を双子にぶつける。中身がまだ入っていたものもあるらしく、姉の髪を汚す。それはまた床を汚し、そのせいで先程よりも悪化した現場になってしまった。


「ほら汚くなったじゃない!あんた達が早くしないから!」


そういって母親は弟の髪を掴んで持ち上げるように引っ張った。弟の悲鳴が走る。何本かの髪がぶちりと抜ける音もした。


「このボロ雑巾!ゴミクズが!」


「い…たいっ」


目から涙を流し、痛みを歯を食いしばって耐える弟。


「やめて、やめて!」


そんな弟を何とかして救おうと姉は母親の腕を掴むが、大人と子供の体格さは虚しくさっきのごみ袋のように蹴り飛ばされた。

衝撃により、姉は口から胃液混じりの唾液を吐き出す。

止まらない咳も続いた。


「お前何汚してんだよ!」


弟から手を離し、姉の背中を手のひらでバシリと叩いた。それを何度も繰り返す。肉がぶつかり合う音と姉の呻くような悲鳴があがる。


「おねぇちゃん……おねぇちゃん……」


涙と鼻水の止まらない弟は捕まれていた頭を押さえながらその一部始終を見ていることしかできなかった。

恐怖のせいで足が動かすことができない。長年積み重ねられた恐怖を打ち消すことができなかったのだ。

母親はその充血した目を姉に向け、何度も何度も姉の背中を叩き続ける。


「あんたらが……!あんたらがいなかったら……もっと幸せになれたのに!」


そんな世迷い言をいったところでこの人間が根本的に変わらない限り、不幸はどこへでもついてくる。

だがこの人間にはそんなことを考えられるほどの余裕も知恵もない。

自身の失敗を、不幸を、人生を、誰かのせいにしなければ生きていけない人種である。

それほど自分が可愛いからだ、大好きだからだ。


「死ねよ……」


激しく肩で息をし続けるヒトはぽつりと呟く。

姉は背中の痛みから抜け出せず、踞まったまま床を涙で濡らす。

弟はそんな姉に近づき、泣きながら抱きしめていた。

嗚咽のなかに姉のことを呼ぶか細い音が混じる。

そんな双子を見てヒトはこいつらは自分の支配下にあると実感し、乾いた笑いをもらす。


「死んでよ、少しは私の役にたちなさいよ!」


発狂にも近い金切り声に双子は耳が痛むのを感じた。

きっとその頃からだろう。

それが双子の名前を呼ばなくなったのは。

それが実の子供を見棄てたのは。 


吐き気がするほど透き通った蒼穹が双子を突き飛ばしたのは。

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