境廻のツインテイル
野良黒 卜斎
昏色双冠
第1話 始まりの唄
ゆっくりと白が落ちた。
薄汚れた雲が濁る空を覆っている。
そんな景色を錆びた柵のあるベランダから双子は見つめていた。
無機質で不規則に並ぶビルからはぼんやりと光が見える。遠くから走る自動車のクラクションや救急車かパトカーのサイレンが響き、冷たい空気をつんざく。
耳に届くその音は聞こえなくなったとしても脳の中で反響する。意識が途切れ途切れになった今でもそれは変わらない。
多数のビルが並ぶ「街」から離れた
そこには築50年はいくだろうアパートが佇んでいる。
塗装が剥がれ、ササクレが立つ柱に朽ちて蔦の絡まった壁。アパートの各部屋の前にある蛍光灯は割られていたり、電気が通っていなかったりと使い物にならない。
管理の有無がよく分かる。そんなだからかなかなか住居人もつかず、廃墟のような姿はここ5年変化していない。そのため不良の溜まり場になることも少なくなかった。
そんなアパートだ。
そんなアパートの一室に双子は両親と暮らしている。
いや、暮らしているとしてもその部屋に双子の居場所はない。
部屋にこもる香水の匂いとタバコに生ゴミの腐った臭い。脱ぎ散らかされた服にはこびりついた両親どちらのものかわからない体液は甘い香りもなく、ただ不快な臭いを撒き散らしている。
だが、そんな状況でも双子の母親とその母親と付き合っている男は身体を交わっていた。
男の指が女の肌を滑る度にかさついた女の唇からは高い声が漏れた。それに気をよくした男は女を攻める行為をやめない。異臭が漂うなか、二人は相手の熱を求め続けていた。行為が進む度に女の手足で移動する
自身の母の嬌声、男の絶え絶えの荒い呼吸を双子は硝子窓を挟み、聞いていた。
身を寄せあい、雪が降る寒空のなかで双子はお互いの手を握りあっていた。
どちらの体温も低かった。手を握っていても氷に氷をのせても溶けぬように双子の体温が上昇することはなかった。そんななか双子の姉が青くなった唇を開く。
「ゆき……つめたいね」
姉の言葉に弟はこくりと頷き、寒さで震える唇を動かす。
「でもさ……きれいだよね。きれいなしろだよね」
目の前で舞う雪を視線だけで追い、自分の決して体温の高くない肌で消えていくのを見届ける。
そんな雪を見て姉は笑みを溢した。
「なんか、ねむい」
「わたしも……。まだじかん、かかりそうだよね」
後ろから響く淫乱な水音に耳を傾ける。
母親が男の熱を更に求めるような声も聞こえるため、彼らの行為が終わるのはまだまだ先だと思い至る。
弟はほぼ焦点のあってない目を目の前にある生ゴミのつまった袋に向ける。
袋の半透明に果物の皮や弁当の器が映っている。
「おなかもすいた……」
「ここにいるとみずも……のめないね」
空腹のせいで痛む腹にそっと手をおき、左右に擦ってみる。冷たい服の感触が肌を伝い、背中に寒気が走る。
双子の意識がうっすらと遠のいた。
視界も歪み、靄のかかった世界が見える。
お互いの手をちゃんと握れているかも解らなくなる。
このとき双子は本能的に悟った。
「ああ……」
死ぬんだ、私(俺)は。
今まで何度も感じた死への道。後悔もなく、抵抗もなく、双子はその死を受け入れ続けていた。
しかし結局は生きながらえてそのまま年をとるだけの人形となった。
今までそうだったのだ。
今までこれが普通だったのだ。
死にそうになって、でも死ぬことはなかった。
だがこれは違う。
今はいつもと違う。
死がすぐとなりに座って鼻歌を歌っているのだ。
「……」
掠れた声で弟を呼ぶ。
「……」
声にもならない音で姉に答える。
双子はそっと身を寄せあった。
合わせたわけではない、ただの偶然で双子は同じタイ
ミングで肩を寄せあった。
相手の顔がすぐ近く、相手の耳がすぐ近くまである態勢で双子は微笑んだ。
「だい、すきだよ……」
「おれもだい、す…き」
双子が寒さで震えることはなくなった。
双子が空腹に苦しむことはなくなった。
双子が外の世界に目を向けることはなくなった。
双子の、最後の言葉が風にのる。
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