第5話 彼に起きた悲劇

 彼に起きた悲劇

 私をあいしているといったその口で、今度は友人の名前を呼ぶ。

 親友(私)を裏切った末にその夫とむすばれた。


 彼は交通事故でなくなってしまった。

 妻を裏切り、親友をなくした。

 

 それでも私は幸せを探せるというのでしょうか。

 

 聖母様私はどうやって生きたらよいのです?

 私はそう言って泣いていた。


 数体の棺桶のそばで悲嘆に暮れていた。それは私の元親友。

 

 私から彼を奪った女。

 私の姿を見て何も思わないのか、彼しか見えていないのか。

 

 何も反応を示さない。


「彼は私をかばって死んでしまった。私がそばにいなければ良かったのに」

(ほんのとうにね)

 偶然とは恐ろしいものだ。私が勤めている教団に彼女も来たのだから。

 彼とともに。


 どうやら彼女のお母さまが信者のようだ。その関係で葬儀もこちらで行うらしい。

 そろりと神父様が入ってくる


「その様に泣いていては彼も悲しむだろうに」


「わたくしは彼なくしては生きていけないのです。彼もそれを知っていた。

 なのにわたくしひとりだけ」

 しくしくと泣きぬれる。神父はそっと彼女に近づいて囁いた。

「ならば私に良い考えがある。孤児院でしばらく過ごしてみると良い」

「孤児院?」

 

 彼女は言っていることが理解できない様な素振りを見せたが、

 神父は根気強く彼女に説明する。


「孤児院では同じような境遇の者達が住んでいる。

 いまの貴方のように悲しんでこの世を恨んだこともあった者たちだが、

 今は生き生きと暮らしている」


「そこへ行けば……生きる希望を見つけられるかしら」


「ああ、きっと」


「わたくしはそこへいきたい」


「過去の贖罪としても行ってらっしゃい」

 黙っていられなかった。


 彼女の改心を長う気持ちがないわけではないが、

 ほんの少し残った憎しみをまだ消化できない。



 彼女は私に手紙を書いたわ。

 あのときは彼以外に楽しみがなかったわ。


 あなたから略奪することばかり考えていた。


 これを読んだ私には不要な感情となっていた。


「もっと憎むかと思っていたわ」

 そう、もっと憎しみでいっぱいになってから思ったのに。


 何もなかった。何も感じなかった。


 それはここでの生活が肌に合っているからだろう。

 この教団には孤児院も持っている。

 だからそこでの彼女の活躍を祈るばかりだった。


 わたしの心は女神様にすべてをささげてあるから。

 人は裏切る。

 信仰は裏切らない。


 END



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失意の女と教団 朝香るか @kouhi-sairin

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