【短編】嘘彼氏として元同級生と高校の時の同窓会に出席することになった
猫カレーฅ^•ω•^ฅ
第1話
『何してる? お酒飲まない?』
なんだこの色気のない文章は!?
それは、高校時代の同級生、
巷では、お盆休みの頃、現在会社のオフィスで絶賛仕事中の俺は、一気に腰砕け。誰もいないオフィスで一気に仕事をやる気が失せたので、帰ってヤツと酒を飲むことに決めたのだった。
大げさに言えば、この決断が後で俺の人生を変えることになった。
もし、俺に将来子供ができる日が来たら、きっとこの日のことを話してやる日が来るのだろう。
■俺のお盆休みは仕事
お盆休み? なにそれ? おいしいの?
そんなべたなことを言いたいくらい俺の状況は悪い。
建築関係の会社で設計をやっている俺は、お盆休み直前に取引先から図面が届いた。
「お盆休み明けまででいいので詳細図の作成をお願いします」
クライアント様からのメールの文面はすごく譲歩したように書かれている。
この「お盆休み明けまででいいので」はすごく譲歩した様に書かれているけど、お盆休み明けに図面を出すということは、お盆休み中に図面を書かないと絶対に間に合わないということ。
簡単に言っているけど、多分2週間分くらいのかなりのボリュームの仕事をお盆休み直前にメールで送ってきている。
人はよくここまで鬼畜な文章を書けるものだ。
お盆って何日間あるの? 何日から何日までがお盆? 俺は絶賛仕事中だ。
そんな時に受け取ったのが、高校時代の同級生、
『何してる? お酒飲まない?』
何してるって仕事だよ! 絶賛仕事中だよ! 詳細図と矩計図と合計13枚をお盆明けまでに完成させないと大変なことになるよ!
1枚4時間と考えてもどんなボリュームだよ!?
神様でも仏様でもドラえもんでもいいから、時間を止めて欲しい!
多分、普通にやったら2週間分のボリュームの仕事を3日とか、4日でやれって言われてる。普通の時より大変だよ!
絶望していた時だったので、小松澤さんからのメッセージは俺の心を打ち砕いた。
「仕事してたけど、もう諦めた。帰るから合流する」
とりあえず、メッセージを返した。
もう諦めて、途中まで書いた図面を保存して、Windowsを終了させるのだった。
よりによって、今のタイミングでWindowsアップデートの案内が来ていたので、アップデートしてあとはほったらかしで帰ることにした。お盆明けに電源ついてても、もうしらん。
■小松澤 幸子さんとは
小松澤 幸子さんは、俺の高校の時の同級生。いつもニコニコしていて、美人で髪が長く、友だちも多くて、本当にみんなから好かれていた。
当時、大学生の彼氏がいるという噂だったので、ひとり大人しくすごしていた俺とは既に人種の違う存在として認識していた。
彼女が「陽の者」なら俺は「陰の者」。高校3年間同じクラスだったけど、会話は数えるほどしかしたことがなかった。
彼女が学校の下駄箱や中庭、廊下などで告白されている場面を何度か見かけたけど、俺はスルーするしかなく、俺と彼女では住む世界が違うというか、次元が違うと思っていた。
俺はびっくりするほど つまらない男だった。
毎日学校には行くけど、授業が終わったら部活も帰宅部で家に帰って趣味のマンガを書いたり、ラノベを読んだり、マンガ家や作家になることを何となく夢見る地味すぎる高校生だった。
そんな俺が陽キャ代表の小松澤さんと共通点などあるはずもなく、高校は卒業し、俺は1浪して地元の私立大学に進学して、地元の会社に就職して、引っ越し代を何とか貯めたタイミングで引っ越した時のことだった。
家賃5万5千円で10畳フローリングの1LDKのマンションは福岡では一般的な価格だ。東京よりも圧倒的に安いと思う。
福岡なら、安いアパートを探せば3万円台もあるので、ちょっといいところに住んだと思っている。
その分、背伸びをした感じ。給料25万円で手取りを考えたら20万円くらい。
家賃5万5千円で、駐車場代が1万5千円だから、何もしなくても月に7万円飛んで行っている計算。
毎日、毎食コンビニだから、いいもの食べている気は全くしないけど、食費は月に9万円は超えているみたい。スマホ代、光熱費、水道代、車のローンを払ったらほとんど残らない……
俺は何のために働いているのか……そんなに贅沢している気は全くしないんだけど……
そのマンションに引っ越した日に両隣りには一応挨拶に行った。
そしたら、向かって左側の部屋にたまたま住んでいたのが、小松澤 幸子さんだった。
「あれ? もしかして、小松澤さん!?」
「え!? 滝谷くん!?」
ちなみに、俺の名前は
面白くもなんともない名前だが、彼女は覚えていてくれた。
「高校卒業以来だよね!? もう何年になるっけ?」
「18歳で卒業として、今が28歳なんで10年? 結構経つね!」
昔の高嶺の花と隣同士になったので、なにか良いことがあるかと思ったけど、なにもないまま1年が過ぎた。
たまに「タンスを捨てたいので手を貸してほしい」とか「ゴキブリが出たから退治してほしい」とか頼まれごとがあったので、助けたりはしたけど、それ以上は何もなかった。
普通のお隣さんよりは少し仲がいい程度。
一応、LINEのアカウント交換はした程度だった。
逆に、悪い事としては、隣に音の面で気を使った。
夜中に掃除機とか洗濯機を使わないようにした。
まあ、彼女とかはいないので声の心配はなかったけど……
だから、普通の状態だったら、俺にメッセージが来ることもなかっただろう。
■二人だけの飲み会
そんなある日、高校を卒業して10年を記念して同窓会が開かれるとの手紙が来た。
高校時代、友だちと呼べるヤツは2人か3人くらいはいたので、久しぶりに会いたいと思った。
ただ、女性の小松澤さんは全然違うことを考えていたようだった。
小松澤さんのメッセージで案内が来た居酒屋はうちのマンションの1階にある居酒屋。同じマンションだから、生活圏内も行く居酒屋も同じで助かる。
俺が店に着いたときには彼女は既に飲んでいた。
「お疲れー」
「え? 今日って仕事だったの!?」
俺の仕事着を見てそう思ったらしい。
「クライアントさんから無理を言われてて……」
「それはご愁傷さま。良かったの? こっちきて」
「逆立ちしても絶対終わらないから諦めて引き揚げてきた」
「ふふふ」
相変わらず彼女の笑顔は最高に可愛い。
ここは、バーと居酒屋の中間みたいなちょっとオシャレなお店だった。
「はー、涼しい。外は30℃近いよ」
「お疲れさま。汗凄いね! とりあえず生?」
「あ、いいね」
引き揚げてきたといっても、店に着いたのは夕方5時くらいだったらかそんなに早いということはない。
お盆でも営業しているお店ってあるんだなぁ。
今日の場合は、本当に助かった。
乾杯を終えて小松澤さんと飲み始めた。
お互いいい歳だといっても、相手は高校の時のクラスのアイドル。
緊張しない訳がない。
「どうしたの? 今日は」
できるだけ平静を装って、ビールを飲む俺。
汗がたくさん出たけど、これは外が暑かったからということで誤魔化せた。
「明日の同窓会行く?」
「ああ、一応 行くことにしてる」
本当は今日の昼の時点では諦めかけていたけど、もう心の糸はぶっつり切れているので、明日は同窓会に行くことにした。
「ものは相談なんですが……」
「なぜ、急に敬語!?」
カウンターのテーブルで ちょっとしたおつまみとビールが並ぶ中、小松澤さんがばつが悪そうに手を合わせている。
「なに? なに? 拝まないでもらっていいかな!? 怖いから!」
「明日の同窓会、私と付き合ってるってことにしてもらえないかなぁ」
「は!?」
「交際1年で、結婚を前提……みたいな?」
「え? あ? ん? どっかに? ん? どういうこと!?」
俺は最高に混乱していただろう。
小松澤さんがジョッキでビールを1口飲んでから話し始めた。
「明日は10年ぶりの同窓会です」
「はい」
「女子もたくさん来るわけです」
「『女子』って懐かしい言い方だな。はい」
「吉沢さんも、遥ちゃんも結婚しているんですよ!」
「吉沢さん」も「遥ちゃん」も元クラスメイト。ぼんやりだけど顔が浮かぶ。そうか、彼女ら結婚していたのか……
「あ、そうなの?」
「私、独身」
「はあ」
「彼氏いない」
「それはそれは」
「同窓会行けない」
「ん? そこが分からない」
「んー……」
小松澤さんがちょっと頭を抱えるようにした後、もう少し分かりやすく説明してくれた。
「女がアラサーになって結婚してなくて、彼氏もいなくて、浮いた話もないと後ろめたいのですよ」
「はあ、そういうもんなんですか」
なんとなく、つられて敬語になってしまった。アラサーと言ってもまだ29歳。20代だしそんなに気を使わなくてもいいのでは……
「そこで、架空の彼氏がいることにしようと思ったんですが、想像力が足りないのと、あまりにむなしすぎる」
「はー、それで俺、と」
「はい、そういう訳です」
少し申し訳なさそうなんだけど。
美人がしおしおとしていると、なんか俺悪い事をしている様な気がしてきた。
「でも、俺でいいの? 俺だよ? クラスでも存在感なかったし、つまんない男だよ? マウント取れないよ?」
「でも、会社勤めでしょ?」
「まあ、社畜だけど」
「正社員でしょ?」
「まあ」
「同じ年齢でしょ?」
「同級生だからね」
「そういう男が私の周りにいない……」
小松澤さんがカウンターに突っ伏した。どうしたどうした。元クラスのアイドル。
「まー、俺でよければ全然いいけど……」
タコのカルパッチョを食べながら答えた。内心はドキドキだよ。だって、小松澤さんだよ? クラスのアイドルだよ?
「ホント!? 実はもう同窓会用の服を買ってて、どうしても行きたかったの!」
「俺も今日の昼まではダメだと思ってたけど……」
「ホント!? お礼するから!」
「んー、別にいいよぉ。嘘とは言え、小松澤さんと付き合ってることにしてもらえるなら俺も嬉しいし」
「またまたぁ。お上手ですなぁ」
小松澤さんが、横から肘で小突いてくる。
そんなんじゃないのに。俺の中で彼女は「高嶺の花」のままだ。
「ここの払いは私が持ちましょう!」
「ふふ、ホントに困ってるんだ。いいよ、割り勘にしよう。同級生でしょ?」
「じゃあ、何? キス? キスしとく? それ以上は……」
胸のところで手を交差させ、身体をクネクネさせてもじもじしている。
小松澤さんってこんなキャラクターだったっけ?
「こうして、一緒に飲めるってだけで俺には十分ご褒美だよ。高校時代の俺が聞いたらひっくりかえってるよ、きっと」
「そんなことは……ないんじゃないかなぁ」
「俺は、学校で小松澤さんが告白されてるの何度も見たし」
「うわっ! はずっ!」
小松澤さんが額をぴしゃりと叩いた。
リアクションが昭和だし、おっさんだろ。
「私、男子に免疫が無くて話しかけられただけで緊張して、告白されたら反射的に全部断ってたの……」
「へー、意外。それだけ彼氏のことが良かったんだ」
「ん? 彼氏とかいなかったよ?」
「大学生の彼氏がいるって噂を聞いたけど」
「普通の高校生に大学生と知り合うチャンスとかないって!」
「そうなの?」
「じゃあ、滝谷くんは高校の時、大学生のお姉さんと話したことある?」
「……ないな」
「噂だよ、噂」
「そうなんだ」
「私、一部の子から嫌われてて『ビッチ』とか言われてたし」
「マジか!? 全然知らんかった!」
「女子の世界は女子しか分からないのよ……」
「こわっ!」
ここで、二人ともジョッキが空いていることに気がついた。話も聞いたし、引き上げようかな。そう思った時だった。
「滝谷くん、次は何飲む?」
「んー?」
そう言われたら帰りにくい。
「じゃあ、ハイボール」
「私、チューハイにしよ。すいませーん!」
手早く注文を決めると、店員さんを呼んで注文してくれた。
なんか、こういうの嬉しいな。「女性」って感じがして。
「それで、『嘘付き合い』のことなんだけど……」
なんでもいいけど、「嘘付き合い」……語呂悪っ。
「1年も付き合ってるって設定だから、それなりの関係でしょ?」
「ああ、そうか」
「お互いの呼び方とかってどうする?」
「用意周到だな! 本気でしょ!」
「もちろんだよ! 負けられない戦いがあるんだよ!」
小松澤さんは本気みたいだった。モンスター狩りに行くのと同じテンション?
「仮に、普段下の名前で呼んでいたとしても、同窓会だから苗字呼びって感じにすれば普通で良いんじゃない?」
「あ、そうか、それならお互い変なボロも出ないね」
俺の提案に素直に乗っかる小松澤さん。
「でも、変な雰囲気は伝わるから、手くらいはつないどく?」
「手?」
「うん、1年も付き合ってるのに変に距離が離れてたりしたら不自然だし、そういうの女子にはすぐ分かるから……」
そう言うと、カウンターの上に掌を上にして手を置いた。
ちょっと待って。人生で最も小松澤さんと近い瞬間が高校卒業して10年、いや11年経過して初めてきたよ!
彼女の顔を見たら、ちょっと照れてる。すげえ可愛い。
俺も恐る恐る彼女の掌に手をのせて、つないでみた。
ヤバい。ちょっと冷たくて、すごく柔らかい。高校の時の俺! 小松澤さんの手は柔らかいぞーーーーー!
「照れますなぁ」
「言わないでくれよ。余計に照れるわ」
耐えられず、顔を背ける俺。
「耳まで真っ赤ですぞ?」
繋いでいるのと反対の手で俺の耳を突いてくる小松澤さん。俺はそう言うのに免疫がないんだって!
バーに来て、カウンターで手をつないで飲んでいるのだから、傍から見たら、単なるバカップルに見えなくもない。
その後は、色々と細かな「設定」を話し合ってその日は別れた。別れたといっても同じマンションの隣なので、玄関扉前まで一緒だけど。
翌日は現地集合だと嘘がバレるというということで、マンションから一緒にスタートすることとなった。
こういう芝居みたいなのあんまり得意じゃないけど、大丈夫かなぁ。
■同窓会当日
同窓会スタートは昼の12時。俺は午前中のうちに髪を切ってきた。
一応、いつもよりちょっといい美容院に行って切って来たけど、ラノベの変身物の様に別人になったりはしない。現実とはそんなもんだ。
でも、腕のいい美容師だったみたいで いつもより少しさっぱりしているというか、清潔感がある感じになった気がする。
一応、服も仕事に行くとき来ていくヤツの中では一番いいシャツとズボンにした。
実は、今朝一番ですごいメールが届いたのだけど、ゆっくり対応する程余裕はなかった。家は余裕をもって10時半に出るように小松澤さんと約束していたからだ。
(ピンポーン)言ってる傍からチャイムが鳴った。きっと小松澤さんだ。
インターフォンのランプは「玄関前」が点灯していた。
間違いない。
ドアをガチャリと開けると小松澤さんが立っていた。
薄いブルーのワンピースで、腕の部分とデコルテの部分が刺繍のシースルーになっていた。華やかなんだけど、ちょっと落ち着いてて素直に綺麗だと思ったし、小松澤さんに似合っていると思った。
なんて言っていいか分からずに固まっていると、先に口を開いたのは小松澤さんだった。
「髪切った?」
「タモリか!」
「くくくくく……」
小松澤さんが笑ってる。面白い人だな。
「滝谷くんってツッコミが絶妙だね! 高校の時からそうだっけ?」
「いや、知らんけど」
「あーーーー、笑った」
これから同窓会だからか、小松澤さんが変なテンションだ。お約束だし、服くらいは褒めておきたい。
「あ、服 きれいですね」
「ありがと。こちら楽天ですのよ」
「通販かよ!」
「くっくっくっくっくっ、滝谷くん最高!」
肩とかシースルーで妙にエロんだけど、にわか彼氏で、しかも、嘘彼氏の俺如きがいうのはおこがましいと言うものだ。
「では、行きますか。お嬢様」
俺が、エスコートっぽく手を出すと、小松澤さんが手を取りながら返した。
「うむ、苦しゅうない」
「バカ殿かな?」
「ぷーーーーっ!」
ついに吹き出した。何だこのテンション。
「滝谷くんが……なに投げても……拾ってくる! 面白い!」
人をイチローみたいに言わないで欲しい。
現地までは一応タクシーで行くことにした。福岡の場合、よっぽど遠くない限り2000円くらいで着くのだ。
今回の会場は比較的街に近い、大名という福岡ではおしゃれスポットの個人店を貸し切りで開催されるみたいだった。
タクシーの中でもちょっとだけ打ち合わせをした。
「腕組んでいく?」
「やだよ、俺そんなの耐えられない。絶対真っ赤になってすぐバレるわ!」
タクシーの中でもテンション高めの小松澤さん。もう不安しかないんだが……
「みんなー! おまたせー!」
居酒屋の入り口には「○○高校同窓会御一行様」とデカデカと書かれていたので、間違い様がなかった。
小松澤さんは勢いよく店に入って行った。
店のキャパは約60人くらい。俺たちがみんな集まっても30人くらいだから、ぎゅうぎゅうになることはなさそうだ。
小松澤さんはすぐに男女数名に囲まれていた。俺が心配する必要もなかったみたいだ。
俺は、久々に会った津上と津村と同じテーブルについた。
滝谷の「た」、津上の「つ」、津村の「つ」。
入学式直後にあいうえお順に並んだときに、席が近かったから仲良くなったのがバレバレだ。
俺の交友関係とはその程度。当時は今と違って、男女別に並んでいたので、津上も津村もどちらも男だ。
「滝谷、久々やな」
「津上もな。お前、大学から東京じゃなかったっけ?」
「今、盆休みで帰ってきてる」
「へー、休みはいつまで?」
「月曜まで、明日にはとんぼ返りだよ」
「大変だな」
「まあ」
「いま、なにやってんの?」
「新聞のカメラマンやってる。あ、待て。名刺あるわ!」
「え、ほしいほしい」
準備していなかったのだろう。津上がカバンから財布を取り出し、そこから数枚名刺を取り出していた。
「こういう者です」
新入社員の様に、ちゃんと両手で名刺を持ってこちらを見ながら笑顔で渡してきた。横にいた津村にも「こういう者です」って渡してた。
「これはどうも」
見れば、役職が「課長」になってた。
俺は名刺なんか準備してきてない。
「すげーじゃん、課長」
「まあな。他のヤツの面倒も見なきゃいけなくなったわぁ」
役職が付くとか俺には考えられないけど、素直にすげえと思った。
「お前は? もうマンガ書いてないの?」
俺は高校時代に、せっせと漫画を描いて賞に応募していた。ただ、これが一度も賞を取ったことがなかった。
ただ、ずっとやってると、雑誌に2、3回読み切りが載ったことはあった。その読み切りが単行本になる前にその雑誌社はなくなったので、俺のマンガ家への道は閉ざされたけど。
「いや、もう書いてない。絵がへたくそで」
「それは致命的だな。水泳選手が泳げないみたいなやつだな」
「うまいこという」
ああ、そう言えば、こいつらのツッコミは面白かった。俺のツッコミ癖はここで鍛えられたのかもしれない。
「今はWEBで小説を ちまちま書いてるんだけど、先月とか500万PV行った!」
「マジか!? よく分からんけど、500万ってすごいんじゃないの!?」
「原稿料じゃないけど、広告費が15万くらい入るかな」
「すげえじゃん! 作家じゃん! どんなの書くの?」
これが聞かれていつも困る質問だ。なんだか恥ずかしい。
「恋愛もの……とか」
恋愛をろくにしてこなかった俺が恋愛ものを書くって言うのはどんな冗談か。俺の理想というか、妄想というか、それが小説の上では人気だった。ただ、ディテールは甘かった。だって現実を知らないんだもん。
「へー、滝谷ってマンガでもアイデアがメチャクチャいっぱい出てたもんな。へー、それが小説に」
そう言えば、俺ってマンガのアイデアをこいつらと一緒に考えてたな。一時はマンガ研究部を立ち上げようとか目論んだ時もあった。結局、実現しなかったけど。
こうして10年ぶりに会ったのに、昔のままの関係ってなんか嬉しいな。社会に出たら、利害損得ばかりで高校の時のヤツらとの関係とはやっぱり違う。
「そんなに小説が人気だったら、本とかにならないの?」
「ああ! そう! 今日さ! 今朝、メールで出版社からのお誘いがあった!」
「マジか!? ホントに作家デビューじゃんか!」
「んー、WEBでいいかって思ってたけど、やっぱり紙媒体一度やってみたい」
「今のうちにサインもらっとこ」
「まだ気が早いって!」
そう、高校時代にマンガでは本を出すことができなかった。小説で本が出せるならそれもいいと思っていた。
高校の時、理系に進んで今では建築の設計をやってる。高校の時には思いもしなかった将来だけど、受験勉強しながらマンガを書いていた俺は、いま設計をしながら小説を書いている。
人って結局、10年経ってもあんまり変わらないのかな。
「おーい! 滝谷ー!」
小松澤さんがいた方の集まりから声がかかった。あいつらみんな「陽の者」だったから、苦手で話すことも ほとんどなかったんだけどな。
今回も店に入ったと同時に、津上、津村たちとばっかり話してしまったし、こういうところも昔と変わってない。
でもまあ、声をかけられたら行かない訳にはいかない。
「おーす! ひさしぶりー!」
集団に混ざると、すぐに中島にガッシリ肩を組まれた。
「滝谷久しぶり!」
中島は友達も多く、大学にストレート合格したヤツ。成績も常に俺より良かったから、俺はいつもこいつに劣等感を持っていた。
「滝谷、小松澤さんと付き合ってるんだって!?」
あ、やっぱりその「設定」必要だったんだ。
小松澤さんの方を見ると、ニッコリしてる。「協力しろよ!」ってことだな。
「まあな。卒業して偶然会ってさ。それから」
「マジかー! 俺も偶然会いたかったぜ!」
そう言うと、小松澤さんが俺の横に移動してきた。
とりあえず、席について久々に話すことにした。
「いま、何やってんの?」
中島が聞いた。
「地元で建築の設計を」
「マジか! 滝谷ってずっと理系志望だったから良かったな!」
「まあね。その分 忙しいけどな。社畜だよ社畜」
「でも、週末には小松澤さんとデートだろ!? それなら1週間生きられる!」
たしかに、そんな日常があれば俺だってもう少し活力があるかもしれない。
日々、会社ではCADの前で図面書いて、家に帰ったら小説書いて、俺って考えたら1日中パソコンの前にいるな。
週末もほとんどそんな感じだし。雑誌の記者のバイトのための原稿書いたり、依頼された企業のブログの原稿書いたり、基本的に何か書いてるな。
「マンガは?」
あれ? 中島にマンガのこと言ったことがあったっけ?
「マンガはもう書いてないけど、いまはWEB小説をちょっとな」
「え? それってさっきそっちで言ってたやつ!? 本出すとか言ったなかった!?」
「よく聞こえてたな。まだ、出版社から打診があっただけだけどな」
「マジかー! 本出したら絶対教えてくれよ! 俺買うよ!」
「サンキュ」
あれ? メチャクチャ話しやすい。そう言えば、中島って本当の意味で陽キャって言うか、いいヤツだった。いつもマウント取ってきたりしないヤツだった。いいヤツ過ぎて、俺が勝手に劣等感持ってただけか。
「滝谷くん! 私その本の話知らないんだけど!」
小松澤さんが膨れながら俺の横で言った。
「あ、ごめん。まだ今朝の話で話しそびれた」
「すごいニュースじゃない! 言ってよ!」
「朝、小松澤さんのドレス見たら吹き飛んだ」
「もー! そういうことなら許してあげます」
「ちょっと待てよ! 同窓会で目の前でノロケを見せられた! 俺のダメージはデカい!」
中島が大げさに騒いで笑いを取っていた。
当時、俺は中島も含めて誰の顔も見てなかった気がする。
今みたいに楽しそうに笑っているイメージがまるでない。
俺って何としても高校の間にマンガ家になるとか思ってたし、大学受験の前にマンガ家で食べていくとか思ってた。
結局、マンガ家にはなれなかったし、大学は1浪することになったけど、何とか卒業もできた。
仕事もしているし、今は小説も楽しいと思ってる。俺が勝手に悲壮感漂わせて、みんなに勝手に劣等感持ってただけなのか。
「なあ、他は? 他にもやってないの?」
中島は興味津々だ。
「一応、副業で地元企業の地域情報誌の記者やってて……」
そう言えば、今朝 献本が届いてた。自分の記事が載っている雑誌を編集が送ってくれるのだ。
「ちょっと待って」
封筒を開けて、雑誌を出す。
「これで……こんなの書いてんの」
テーブルの上に雑誌を広げてみせる。全部で80ページしかない薄い地域情報の雑誌うち、俺の担当はたった2ページだけ。編集長から依頼されたことを調べて記事にしているだけだけど、文章を書く練習にもなってるから続けていた。
「マジかよ!? ホントだ! 名前載ってる!」
「え? ちょっと、これも私知らないんだけど!」
小松澤さんが前のめりだ。いや、腕が当たっててドキドキすんだけど。
「他は……」
「え!? まだあんの!?」
「企業サイト内のブログ記事を書いてる。自転車好きだから、自転車の記事をずっと書いてて、もう1年くらいかな」
「マジかー!? すげーな!」
「そう言われれば、文章書くのって好きかも」
「いま気づいたんかーい」
「「「ははははははははは」」」
その後、津上と津村も呼んでみんなで盛り上がった。なんか変な感じだった。来る前までは同窓会って行くのが義務みたいに思ってた。
嫌とか良いとか関係なくて、元クラスメイトだから出席して当たり前みたいな。
でも、来てみて良かった。みんなを見るとこで、俺自身のことを思い出した気がした。
小松澤さんは終始ハイテンションで結構酒を飲んでた。
最後の方は割とぐでんぐでんだった。
別に酔わせて誰かが持ち帰ろうとしてるわけじゃない。
元クラスメイトだから。
……まあ、絶対違うとは言えないけど。
テーブルの上に突っ伏していたので彼氏っぽく腕を掴んで立たせてあげた。
「ほら、幸子お開きだってよ」
一応、彼氏っぽく下の名前で呼んでみた。
「うーん、分かった」
何が分かったのか、分からないけど、割と酔っぱらってた。
「ごめん、俺 小松澤さん連れて帰るから、2次会はまたの機会ってことで」
「ああ、分かった。気をつけてな!」
中島はじめとして男連中は小松澤さんが1次会で脱落してちょっと残念そうだった。まあ、他にも独身の女子はいたから、当時の話をしながら十分楽しめるんだろうけど。
「やっぱり2人付き合ってるんだねぇ」
「まあね」
女子の何人かは声をかけてくれた。
一応、約束だから彼氏のふりをしておいた。ただ、女子たちは顔を覚えているので、元クラスメイトには違いないけど、名前はあんまり覚えてなかった。俺の記憶なんてそんなもの。
■お持ち帰り
小松澤さんはタクシーに乗ると俺のシャツに掴まって寝てしまった。倒れないように彼女の肩を支えたので、なんとなく抱きしめてるみたいになって、なんかドキドキした。
あと、めちゃくちゃいいにおいがする。元クラスメイトなのにこんなの初めてだ。
小松澤さんの肩は小さく、柔らかくて、ずっとマンションまで着かなかったらいいのにと思たほどだ。
「ついたよ」
タクシーがマンションの下につき、ほとんど抱きかかえるようにしてタクシーを降りた。
小松澤さんのカバンからカギを漁るのと、俺の家に連れて行くのと、どっちが「アウト度」が高いだろうか。
……やっぱ、うちに連れて行くか。
下心がないといえば嘘になるけど、やっぱりカギを漁って家を開けられるのは俺だったら嫌だ。見られたくないものも置いてあるかもしれない。
肩を貸す様にして歩く。一応、彼女も歩いているから、少しは意識があるんだよなぁ。
こういうのを見ると、酒で失敗したことがあるのかなぁとか考えてしまうな。
部屋に入ってからは、抱き上げてお姫様抱っこでベッドに寝かせて、そのあと靴を脱がせた。
スカートの裾は乱れてて、俺が自分を保っていられない気がしたので、タオルケットをかけて隠した。
そうだ。冷蔵庫に500mlのスポドリがあったはず。
「小松澤さん、スポドリ置いとくよ? 脱水症状とか怖いから飲んどいて」
俺はとりあえず、机の椅子の背もたれを抱きかかるみたいにして座って小松澤さんの方を向いた。
「うーん、飲み過ぎたかも……」
彼女がつぶやくように言った。
「朝からテンション高かったもんね」
「だって、嘘彼氏とは言え初めて彼氏ができて嬉しくて……」
なに、そのかわいいヤツ。
「うー……」
「気持ち悪い?」
「気持ち悪くないけど、じっとしてても地面が回ってる……」
こりゃ、完全に酔ってるな。
「俺にお持ち帰りされてるよ?」
「こんなに飲んだの初めてかも……」
「大丈夫?」
「吉沢さんはまだ結婚してなかった。ずっと彼氏の愚痴言ってた。遥ちゃんは離婚してて今日来てなかったみたい」
「あ、そうなんだ」
嘘彼氏はそもそも必要なかったのかもしれない。
「私は嘘ばっかだった……」
「それに関しては、俺も同罪でしょ」
「んーん、滝谷くんはしっかりしてる。マンガの話も小説の話も雑誌の話も知らなかった」
「そりゃあ、あんまり話してないし。うちの会社 副業禁止だから」
「ずっと好きなことを追い求めて、形にできるのってカッコイイと思った……」
「そりゃどうも」
形にできたって言っても、設計は社畜だし、雑誌は月刊誌だから、翌月にはなくなるし、小説に至っては出版はまだこれからの話だ。
「なんか私 恥ずかしい……」
「そうかな? 相変わらず小松澤さん輝いてたよ?」
「うーん、滝谷くん優しいね」
「そうでもないと思うけど……」
「なにもしないの?」
ドキッとした。目の前にべろんべろんの美人がベッドの上にいるんだ。しかも、高校時代の高嶺の花。
「そりゃ……元クラスメイトだし……」
そりゃあ色々したいけど、後で今日同窓会に来てたヤツらから何を言われるか分からない。要するにヘタレなんですよ、俺は。
「うーん……」
あ、ヤバイ。寝そう。スポドリは飲んでてほしい。急性アルコール中毒とかも心配だし。
「あ、寝たら おっぱいくらい揉むかも」
「ふふふ、勝負下着だよ?」
「うわ、すげー見たくなってきた……」
「Dはあるよ?」
「なに? なに? 俺に触って欲しいの?」
「ふふふふふ」
完全に酔っぱらってるよ。
「でも、私と付き合ったら重たいよ?」
話が飛んだ? 「でも」はどこにつながるのか。完全に酔っぱらってるな。起きたら全部忘れてるパターンだな。
だからこそ、少しだけ小松澤さんと話してみよう。
「どんなとこが?」
「私 彼氏のこと好きになりすぎて甘えまくると思う」
「最高か!」
「手料理とか作っちゃうと思うし」
「コンビニ弁当から抜けられる」
「コンビニ高くない?」
「俺 月の食費9万くらいいってると思う」
「うわ……私、自炊だから3万円も行ってないと思う」
ちゃんとした人ってそうなんだ……俺の1/3……エンゲル係数が大幅に改善するわ。
「『会いたい』とかメッセージ送って困らせちゃう……」
「俺ら隣だからね。2秒で来れるし」
「そんなだと、毎食ご飯作りに来ちゃうかも……」
「もう、お嫁さんだよ!」
「ふふふふふ、滝谷くん面白いね」
いや、酔っぱらった小松澤さんの方が圧倒的に面白いわ!
「ねえ……嘘彼氏続けたらだめ?」
小松澤さんは腕を目のところに当ててるので表情は読み取れない。
「俺だけどいいの?」
「滝谷くん、自己評価低すぎだよ。今日もみんなの中心にいたじゃない」
「それは、小松澤さんがいたからで」
「……」
あ、寝たよ。この状態だと一度寝ないとダメかもなぁ。寝る前にスポドリ飲んでほしかったけど。
その後、俺も椅子を抱きかかえたまま寝落ちして、気付いたら3時間経っていた。
起きたら、ベッドの上には小松澤さんの姿はなく、キッチンに立ってた。俺の家でパーティードレスを着てキッチンに立つ彼女はすごく違和感があった。
でも、それくらいじゃないと俺には高根の花過ぎて、会話もままならない。
「もう大丈夫なん?」
「うー……頭痛がすごい。二日酔いみたい」
まだ「今日」だけどな。
「スープ作ったから飲む?」
「飲む!」
俺の家のキッチンにそんな材料あったか……?
まあ、彼女は酔ってて話した内容は忘れてしまってるだろう。小松澤さんが彼女になってくれていたら俺の人生変わってたかも。一瞬でも彼女と付き合えて、それだけでも嬉しかった。
「滝谷くん」
「なに?」
「これから私『重い女』だと思うけど、よろしくね」
「あれ? 覚えてたの?」
「もちろん!」
これまで、小説でいろんな恋愛話を書いてきた。そのどれよりも型破りな恋愛でこんなの初めてだった。
「小説のネタになる?」
「嫌だよ、小松澤さんとの出会いは俺だけのもんだから、小説にはしない」
「わ! いまのなんかグッときた! さすが作家さん!」
「いや、まだこれからだから!」
俺のエンディングはハッピーエンドで良かったらしい。主人公もヒロインも二日酔いで頭痛が酷いハッピーエンド。俺の小説はまだまだ現実には敵わないらしい。
現実は小説よりも面白いみたいだ。
【短編】嘘彼氏として元同級生と高校の時の同窓会に出席することになった 猫カレーฅ^•ω•^ฅ @nekocurry
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