祝福の春
「しかし、まさか自分の娘よりも先にロボットとバージンロードを歩くとはなぁ」
披露宴の後、僕とチェリーはコマツの元へお礼を伝えに行った。僕とチェリーが結ばれるきっかけを作ってくれたのはコマツだ。だからこそ、父親代わりとして彼女とバージンロードを歩くことをお願いしたのだ。
「次は本当の娘さんと歩けばいいさ。だから早く結婚しろ」
「そうだよ! 大切に思える人、早く見つけなよ」
チェリーがからかうように言った。僕もつられて苦笑する。
「うっせ! いいか、俺はお前たちみたいに手近な相手で済まそうだなんて考えてないからな! 必ず俺にピッタリの嫁さんを探して、お前たちをギャフンと言わせてやるよ!」
「ちょっと何その言い草! まるであたし達が妥協してお互いを選んだみたいじゃん! 前言撤回! そのままモテずに寂しい一生を送っちゃえ!」
「なぁーにをこいつー!」
やれやれ、どうもこの二人を引き合わせるとけんかが始まってしまう。僕は二人をなだめその場を収めた。
「そういやスルガ。小耳にはさんだ噂なんだけどよ」
コマツはどこか聞きにくそうに、頭をかいてたずねた。
「お前、海外に移住するっていうのは本当か?」
「なんだ、知っていたのか」
彼の言う通り、僕とチェリーはこの結婚式の後、とある国に移住する予定だ。すでに仕事の引継ぎも終わらせ、親類縁者への事情説明も済ませている。方々から反対の声もあったが、もう決めたことだ。
「そうか、やっぱり本当だったか。でもチェリーの電脳、本当にそのままでいいのか?」
「あぁ。僕にとっては今の彼女が一番なんだ。人とAIが共に生きていく上で三原則システムが必要なのはわかるけど、チェリーにとっての枷であってほしくないんだ」
そうなのだ。実はチェリーの三原則システムの効力は、コマツが修理をして以来ずっと弱められたままだ。その方が彼女も本音を話せるし、何より現在の天真爛漫な方が魅力的だ。
「だから移住するんだよ。あの国はここよりも法令で定められた三原則システムの効力が弱い。あそこなら彼女とずっとこのままで暮らせる。お前だって会社に隠してるだろ? 三原則システムを勝手に弱めてチェリーを暴走させたのは自分だってこと。トラブルの原因は僕が勝手に電脳をいじったからってことで構わないから、チェリーのこともどうか内密に、なっ?」
そう、僕らはある意味共犯者なのだ。コマツは自らの失態を僕に責任転嫁し、僕はその見返りとしてチェリーを直したと会社に報告するようコマツに頼んでいた。
「そっ、その話はもうよしてくれよ。まぁチェリーが人に深刻な怪我をさせる可能性は、現段階でもほぼ無いしな。あの時、危険性がほとんどないクッションで殴りつけてきたのがその証拠だ。スルガが浮気する可能性の方がよほど高いだろうな」
「あんた言わせておけば―! スルガに近づく不埒な女がいたらあたしが追い払うんだから! 第一条に抵触しないレベルでこてんぱんにしてやる!」
「げぇ!? お前人類に反抗するつもりか?!」
「やめてくれよ二人とも……」
ひとしきり言い争った後、コマツは神妙な顔になって言った。
「なぁスルガ、エンジニアとして忠告しておく。ハートセンサーを使うのはもう止した方がいい。あんなトラブルがあった以上、またチェリーに苦痛を味わわせることになるとも限らない。大切な嫁さんなんだから労わってやれよ」
僕はうなづき、チェリーに目配せをした。彼女も快くうなづく。彼に僕の秘密を打ち明けていいだろう、そういう合図だ。
「実はなコマツ。僕らは数か月前に、既に例の国に行ってきたんだ。そしてそこの大学病院で、被験者としてある実験に参加したんだ」
コマツは眉間にしわを寄せた。
「なに、実験? いったい何をやってきたんだ?」
「脳にナノサイズのチップを埋め込んだんだ。今の僕は、
コマツがぽかんと呆けた。わけがわからないといった様子だ。僕は自分の右手を差し出した。
「コマツ。僕の手をつねってみてくれ。ちぎれない程度に、全力で」
コマツは戸惑いながらも、恐る恐る僕の手の甲をつねった。痛みはもちろん感じるが、それによる不快感は覚えなかった。
「おい、どうしてそんな平然としていられるんだ?」
驚きに目を見張ったコマツが聞いた。
「不快に思う必要はないと理性でわかっているからさ。これがチップの働きだ。これなら心と理性の食い違いでチェリーを困らせることもない」
コマツは僕の決断の意味を、ゆっくりと咀嚼するように考え込んだ。そして、叫んだ。
「お前なんてことしたんだ! それって心を失くしたも同然じゃねぇか! そんなの人間じゃない! ロボットと同じだ!」
「心なんて、あるようでないようなもんさ。チェリーにも心はないけど、彼女と一緒にいると、僕はお前のような心ある人間の傍にいるのと同じように、温かくなれるんだ。それにこれはチェリーにとってもいいことなんだ」
僕はポケットからハートセンサーを取り出すと、耳元にひっかけた。チェリーは嬉しそうに、僕の腕にぴったりと寄り添った。
「感じる……スルガの温かい気持ち……あたしへの純粋な愛情の脳波……」
チェリーは恍惚とつぶやいた。これが僕らだけの、相手へ純粋な想いを届ける方法だ。メーカーの意図するものではないだろうが、僕らにとってハートセンサーは欠かせないコミュニケーションツールとなっている。
「……わかったよ、勝手にしろ。俺にはついていけない世界に行っちまったんだな、お前たちは」
コマツは背を向けると、振り返ることもなく歩き去ろうとした。しかし途中、手を振って僕らに言った。
「向こうでも、お幸せに」
コマツがいなくなり、僕らは式場の片隅で二人きりになった。僕は純白のドレスをまとった花嫁を見つめ、桜の花びらが飾られた頭を撫でてやった。チェリーは恥ずかしそうにうつむくが、すぐにあの無邪気な笑顔で僕を見つめ返してくれた。
そして彼女は目を閉じる。僕も目を閉じ、今日二度目の、儀礼としてではない、永遠の愛を誓うキスを交わした。
(終)
ロボット花嫁チェリーの本音 我破 レンジ @wareharenzi
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