第6話 最凶の出会い - 1
一人の旅装の女性が憲兵隊に呼び止められて目につきにくい路地裏の方へと連れて行かれていた。
女性用の帽子を目深に被っていたが、銀色の長い髪としなやかな体つきから、若い女性、ひょっとすると少女のように見える。
カフェで読んでいた本の影から、龍司はその不穏な事態を伺っていた。
よく見ると憲兵隊の中に見知った顔が一人混じっている。
その男は憲兵隊ではなく国王直属の親衛隊の隊員であり、しかも若手ではなく中堅のかなり情報通の『遣り手』であった。
確か名前をウォレス・ガーナーといった筈だ。
「申し訳ないが、お嬢さん、手荒なことはしたくないので少し付き合ってもらえないだろうか。」
ウォレスの丁寧な言葉遣いとは裏腹の圧力を掛けるような声音、しかし、女性は平然として怯んだ雰囲気には見えない。
「おお怖い、あなた達のような屈強な兵隊さん達が、こんなか弱い女一人を囲んで一体何をしようというの?」
全く怖そうな風すら見せずにウォレスに向かって言い放つ。
目立たないように路地裏の角の方でこのやりとりは行われているが、それでも野次馬が集まっており龍司からは見えない。
しかし、手の込んだ変装をしてこのカフェで構える龍司には、風の精霊シルフィの協力によってそれなりに距離のあるウォレスと女性のやり取りが、すぐそばにいるかの如く聞こえるし感じ取れる。
「あなたは我々を全く恐れてはいない。
多分、それだけの力を持っているからだというのはよくわかる。
だから、あなたにメリットのある話をしよう。」
「私はか弱い女で、旅行中なの。
足止めされるのなら、私にとってはメリットはありません。」
彼女が素早く3つの手印を切り、何かを呟く。
憲兵隊の隊員達がまるで水中にいるように呼吸ができなくなって苦しみ出す。
ウォレスだけが平気な顔で左手を上げて立てた指を回すと、周囲に密かに周囲に潜んでいた魔法士達が短い呪文と手印によってアンチマジックを展開し、隊員達の呼吸を復活させ、彼女の動きを奪った。
ウォレスは、それに対応しようと手印を組もうとした彼女の右手を捕らえ、その手首に素早く銀色のリングを嵌めた。
彼女の魔力に反応してリングに鍵が掛かり、手首から取り外す事が出来なくなった。
焦りの色を滲ませ、ウォレスを睨み返した彼女は、
「手荒なことはしないと言いながら、女の自由を奪って何をしようというの?
薄っぺらな紳士の仮面を付けたケダモノだわ、あなた達は!」
沈黙で応えるウォレスに対して彼女はいくつかの呪文を唱える。
3つの魔法陣が空間に浮かびあがろうとした瞬間、激しい稲妻のような衝撃波が彼女を襲い、崩れ落ちた。
「連行しろ。」
忌々しそうにウォレスが吐き捨て、2人の憲兵が意識を失った彼女を抱えて王城の方へと歩き去る。
他の憲兵達は意識を失っている筈の彼女から一定の距離を取って、未だに警戒を解いていない。
つまりは、それだけ危険な相手であるという事を言い含められているのだ。
「魔界王国グランダークからの使者か。」
ウォレスが歩き去る際に呟いたこの言葉が彼女の事を指すのか、または他の誰かなのかは密かにやり取りを聞いていただけの龍司にはわからない。
しかし、シルフィからもたらされた情報を総合すると、今連れ去られた女性は決して下っ端などではなく、かなりの重要人物らしいという事だった。
多分彼女は戒厳状態に置かれた王城の王の間に引き出されて何らかの裁判がそこで行われるはずだと予想される。
龍司は手印を切ってシルフィに知り得た情報と状況証拠を保持して戻るように伝えた。
これから密かに、そして最速で王城へ戻りこれから起こる興味深い舞台を見えない場所から観劇しなければならない。
不安による焦りと、ゾクゾクするような高揚感に衝き動かされて龍司は王城へ抜ける裏道を走った。
魔王の凶戦士 欧流 内斗 @knight999
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