第5話 ギフトの代償 - 3
訓練の終了後、『水城教官の歓迎会』と称して食事会の後に呑み会が行われた。
その後の流れが容易に想像できた龍司は、自分の世界ではまだ未成年であるため飲酒は出来ない事を盾に強引に退席しようとした。が、ヴェルーガの展開したそれ以上に強引な主張、
「このアルクレイド王国では16歳からが成人なので、飲酒しようと問題ナッシングだ。。。
君の世界には『郷に入りては郷に従え。』という言葉があるらしいが、それは嘘かね??」
この理屈に負けて龍司は、ほぼ意識が消滅するまで痛飲させられてしまった。
しかも、途中から意識と抱き合わせで記憶のほとんどが消滅している。
残された微かな記憶で、他の教官達と自分が全裸で酒瓶を煽りながら踊っていたのは、、、あれは悪夢に違いない。
あれが、現実の映像であっていい筈がない。
夜明けの光が視界の端を照らして美しい、、、今は何時だろう?
それはともかく、頭が割れるように痛い、、、これが噂に聞く、、、宿(フツカ)酔いなのか?
しかし、なぜか胸に当たる柔らかい感触と、甘い香り、、、これは???
まさか、俺はここで大人への階段を?、、、見覚えのあるこの髪の色と美しい輪郭は?
「!!!」
相手の素性を認識した衝撃で、龍司は素早く身を起こした。
「んーーーん?、なーによお、まだ、早い時間じゃないの?」
眠そうな声で不満そうにその女性が龍司を見上げる。
彼女の相貌をはっきりと見た瞬間、龍司の二日酔いは霧散した。
「ク、クレア姫、、、、な、なぜ貴女が???」
それを聞いて彼女は顔を伏せてクスクスと笑い始めた。
「な、何かおかしいですか?、、、、どうしてこんな事を?」
「あなたは、お姉様を間近でご覧になった事があるのね?」
愛らしく眉を寄せて、クレア姫と瓜二つな女性が龍司に訊く。
「で、では貴女は、クレア姫の妹ぎみであらせられれる、、のですか?」
「質問に質問で返すのは、失礼よ。
でもそう、私はクレア姫の妹、、、、姉様は決して認めないけどね。」
暗く悲しげで優雅な色気を含んだ微笑み。
龍司はその誘惑から強引に目を背けて言葉を吐き出す。
「だが、貴女は王族の娘であり、高貴な血筋なのでしょう?
失礼ながら、なぜこんなところに?」
「そおねえ、確かに私は半分だけ、高貴な血筋に当たる、、、、
でも、貴方はそれに大した意味を感じていないのでしょう?、、知っているのよ?」
ぎくり、として振り返り、彼女を睨みつける龍司だが、不意に部屋の窓が開き、風が吹き込んでシーツや毛布が煽られて視界が不明瞭になる。
見覚えのある、空間のノイズにその姿が霞み、歪んで聞き取りにくい彼女の声が響く。
「私の名前はアリーシャ、覚えておいてね。昨夜は楽しかったわ。
またお会いしましょう、戦士ロミオ様ーーーー。」
その声だけを残して、クレア姫の妹を名乗るアリーシャは幻のように姿を消した。
「、、、どうしてその名を?」そのジョークは祐介にしか話していない筈だ。
それを引き金に龍司は意識を研ぎ澄まし、手印をいくつか組み、虚空に向けて声を掛けた。
「シルフィ、風の精霊よ、来たれ。」
次の瞬間、部屋の中に青白い渦巻きが生じてその中から少女のようなクスクス笑いが聞こえた。
その渦巻きが龍司の肩の辺りで明確な形をとって言葉を発した。
「ご主人さまーーー、おはようございます。」
羽の生えた少女の姿、しかも鳩や鴉程度の明らかに小型サイズ、雰囲気は紛れもなく『精霊』である。
「シルフィ、突然だが、少し前までここにいた女性の存在を分析できるか?」
その問いかけに目を白黒させた シルフィだったが意味ありげな笑みを龍司に見せて、
問いかけた。
「ええ、まだ霊子の名残がありますからそれはできますけど、いいんですか?」
「いいのか、とは何がだ?」
シルフィは言いずらそうに唇を尖らせて、
「一夜を共にしたレディの、、身上を調べるなんて、、、
野暮、というか無粋なのでは?とか、思ったものですから。」
顔を赤らめるシルフィを見て、盛大に焦りながら龍司は早口に言う。
「ま、待て! 違うんだ! とりあえず見逃してくれ!
ではなくて、姫様と瓜二つな女性が意味深な言葉を残して消えたんだ。
この背景を掴まないと不安が残る、、、、頼む。」
クスクス笑いをしながら悪戯っぽくシルフィが龍司を見返して
「ふふ、冗談ですってご主人様、しっかりと調べます。
期待してくださいね。」
小さな翼をひらひらさせながら窓の外へ飛び出すと、一瞬で視界から消えたのである。
普通、異世界から召喚された戦士が、聖霊と主従契約を結ぶ可能性は低い。
龍司の場合はたまたま、約4週間前に王国内の公園の外れに生じた時空の乱れに囚われそうになっていたシルフィを彼が咄嗟の機転で救ったのである。
風の精霊シルフィは龍司に恩義を感じて彼と契約を結ぶ事になり、それ以降彼の情報収集などに手を貸してくれているのだった。
後日、シルフィが伝えてくれた情報は魔界王国と人間の世界がいかに複雑に絡み合っているかを証明する内容であった。
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