第9話 棚から牡丹餅とはまさにこのこと。
朝六時前ということもあってか、周囲に人影はほとんどなかった。
透き通った空気と、冷たい風。やや暗い歩道を、俺は双葉先輩と二人で歩いている。
「ふわわぁ……駄目だ。今なら5秒で寝落ちできる……」
「君は相変わらず朝に弱いのだな」
「むしろ双葉先輩は何でそんなに元気なんすか」
「君と一緒につうが――ゴホンッ! 私は常に自分を律して生きているからな。眠気などには負けないのだよ」
「はえー」
日常生活の隅々まで気を張るなんて、流石は完全無欠の生徒会長サマだ。しかし、顔が朱に染まっているように見えるのは気のせいだろうか?
頬を手でくしくしこする双葉先輩のことを不思議に思いつつも、俺は談笑を続ける。
「双葉先輩っていつも弁当ですけど、自分で作ってるんですか?」
「ああ。父も母も料理が苦手だからな。家族の分はすべて私が作っている」
「家族全員分を!? はー、そりゃ凄いですね。俺、料理なんててんでダメなんで憧れますわ」
「そういえば、君が弁当を食べている姿は見たことがないな」
「ウチは昼食代として500円を渡されるだけなんで。いつも購買で買ったやつを食べてるんすよ」
母さん曰く、「朝から料理なんてしてられるか」とかなんとか。ウチは共働きで家事は家族全員で分担しているけど、みんな揃って朝は弱いから、料理をする余裕なんてどこにもないのだ。
「ま、そのおかげでいつも鞄の向きとかに気を付けなくていいんですけどね。振り回したって、弁当が傾くことはないし」
「普通、鞄は振り回したりしないのだがな。……しかし、そうか。北斗くんは弁当を持ってこない派なのか。それはちょうどよかった」
「へ? ちょうどよかった、とは?」
双葉先輩は横髪を指で掻き上げながら、自分の鞄を軽く揺らす。
「実は、だな。今日は少し、弁当を作りすぎてしまって……弁当などを用意していないのなら、私の弁当の消費を手伝ってくれないだろうか?」
「え、双葉先輩の手作り弁当を!?」
「う、うむ」
嬉しさのあまり、双葉先輩に詰め寄ってしまった。
いきなりの無礼を謝罪しつつ、話を続ける。
「双葉先輩の手作り弁当を食べられるのは、俺としてはすごく嬉しいですけど……本当にいいんですか?」
「うむ。ひとり分にしては少々多すぎるぐらいだったからな。君が食べてくれるのであれば、とても助かるよ」
「分かりました! 米粒ひとつ残さないように全部食べ切ります!」
「いや、私の分を少しは残しておいてもらえると助かるんだが……」
まさに幸運。棚から牡丹餅。憧れの双葉先輩の手作り弁当を食べられるなんて、俺はきっと前世で世界を救ったに違いない。それか日頃の行いがよかったのかも。とにもかくにも、今日の俺はラッキーだ。
「(北斗くんに食べてもらうために、ちょっと多めに作っておいてよかったな……)」
双葉先輩が何故か拳を握っていたが、そんなことよりも双葉先輩の手作り弁当が食べられる喜びの方が大事だった。
「それでは、昼休みになったら生徒会室に来てくれ。二人でご飯を食べようではないか」
「はい! 風よりも速く向かわせていただきます!」
………………ん? 二人で??????
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