第10話 懐いている後輩はかわいい。

「生徒会長、おはようございまーす!」

「ああ、おはよう。今日も遅刻をしなかったようだな。偉いぞ」

「キャァアアアアアアアアアッ! 生徒会長に褒められたあああああ!」

「生徒会長の笑顔が眩しすぎる……ア゛ッ!」

「オイ、女子が倒れたぞ! 担架担架!」


 週に一度行われる、生徒会による早朝挨拶活動。

 通称「双葉サマとの挨拶会」と呼ばれている催しでは、今回も元気に犠牲者が多発していた。


「いやー、相変わらず凄い破壊力ッスね。生徒会長の笑顔ってやつぁ」


 誰かれ構わず笑顔を振りまく双葉先輩を見ていると、俺の隣に並んでいた小柄の女子生徒――佐中ほたるが声をかけてきた。


「みんなのリアクションが大げさすぎるだけだろ」

「そんなことないッスよー。ワタシもあの笑顔を目の前から見たらどうなってしまうのか……多分、三日は目を閉じなくなりますね」

「超人じゃねえかよ」


 ぱっちりとした目を指で更に開きながら、長いポニーテールを振り回すほたる。彼女は俺と同じ生徒会役員であり、入学早々にして庶務を任せられている期待のルーキーである。


「それぐらい生徒会長の笑顔はヤバイって意味ッスよー」

「双葉先輩の笑顔の本当の破壊力はあんなもんじゃねえけどな」

「あれ? なんだか機嫌が悪いッスねセンパイ」

「べっつにぃー」


 平静を装おうと試みるが、どうしても感情が言葉に乗ってしまう。クソッ、こういう悪癖が治らないから昔から分かりやすい人間だなんだと言われるんだよな。


 ほたるは俺の肩に手を置きながら、


「分かるッスよー、センパイ。生徒会長が自分以外に笑顔を向けているのが我慢ならないんスよね? 嫉妬してるんスよね? ワタシはセンパイの後輩ッスからね。センパイの考えてることは何でもお見通しッス」

「は? 誰も嫉妬なんかしてねえし。ちょっとまだ眠気が取れてねえだけだし」

「せめてもうちょっと誤魔化す努力をしましょうよセンパイ」


 相変わらず不器用な人ッスねー、とか言いながら肩を竦めるほたる。こいつは生徒会に入ってから何故か俺にめちゃくちゃ懐いているのだが、たまに俺をからかいたいだけなんじゃないのか? と思ってしまいそうになる。


 挨拶を送ってくれる生徒たちに挨拶を返しつつ、ほたるは俺の脇腹を肘でつつく。


「現在進行形で不貞腐れつつあるセンパイに朗報です。今ならこのほたるちゃんが特別にセンパイを抱き締めてあげるッス。この年の割には大きいおっぱいで、センパイをもやもやした気持ちごと包み込んでやりましょう」

「……デカけりゃいいってもんじゃねえぞ」

「あー、そういうこと言っちゃいます? ワタシ知ってるんスからね。センパイがワタシと喋る時、いつも最初におっぱいを見てるってことぉー」

「ぎくっ」


 な、何故それを知っている!? なるべく視線に気づかれないようにしていたというのに!


「女子ってのは異性からのいやらしい視線に敏感な生き物なんスよ。センパイ方が思っているよりも、ずっと」

「へー。デリカシーの欠片もないお前にもそういう敏感があるんだな。知らんかったわ」

「どういう意味ッスか!?」


 ぽかぽかぽか、と拳で叩いてくる後輩をやんわりといなす。異性の先輩後輩という関係はもっと互いを気遣うものだと思っていたが、こいつ相手だとどうしても素の自分が出てしまうんだよな。お互いに言いたいことを言い合える、心地いい関係ではあるのだけれども。


「センパイはもう少し周りに目を配るべきッス! 特に生徒会長以外の女性とか! 一番近しいところに、センパイを想う女性がいたりするもんなんスよ!?」

「それはねえと思うけどな」

「なんでいきなりそんなネガティブに!?」

「だってこの前、占い師から『あんたは今年一年は彼女ができない』って占われたし」

「そんな極端なこと言う占い師を信じちゃ駄目ッスよ!!!」

「……おい、君たち。さっきから何を騒いでいるんだ?」


 後輩とわーぎゃー騒がしくしていたら、双葉先輩がこちらに歩み寄ってきてしまった。額を見てみると、とても露骨に青筋が浮いている。やべえ、これは怒られる流れだ。


「生徒会活動中に騒ぐのは感心せんなぁ」

「す、すいません双葉先輩。こいつがいちいちからかってきて……」

「あ、ワタシのせいにするんスか!? センパイだって騒いでたくせにぃー!」

「相変わらず仲が良さそうで何よりだ。ああ、とても仲が良さそうで。いい関係だなぁ、ふたりとも」


 何故だろう。双葉先輩の言葉の節々から怒りとは違う感情がこもっているように思えるのは。


「そりゃあ仲良しッスよ! 何と言ったってワタシたちは、かつて将来を誓い合った仲ッスからね!」

「で、デタラメ抜かすな! 違いますからね、双葉先輩。これはこいつが勝手に言ってるだけなんで……」

「ぶー。センパイは相変わらず鈍いッスねー」

「どういう意味じゃい!」


 最近いろんなヤツから鈍感と言われるんだが、どうしても納得ができない。俺ほど他人の感情の機微に聡い人間などほとんどおらぬのだが?


「……双方の言い分は分かった」


 双葉先輩は俺とほたるの肩を掴むと、とても見事なアルカイックスマイルと共にトドメの言葉を口にした。


「活動後、君たちはここに残りたまえ。――お説教の時間だ」


 その後、始業のチャイムが鳴るまでの間、俺とほたるは双葉先輩からとてもありがたーいお話を聞かされるのであった。







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