第4話 間接キスは肉まんの味。

「完成しました! これが我が調理部が誇る――満漢全席です!」


 調理室のテーブルに所狭しと並べられた料理の数々。三十分程度の調理時間で作ったとは思えない量に、俺はただただ愕然としていた。


「生徒会長! どうぞ食べてみてください!」

「厚意は嬉しいが、流石にこの量を二人では……」

「大丈夫です! 残りはスタッフが後で美味しくいただくので!」


 グルメ番組で画面下にちっちゃく載るテロップみたいなこと言うんじゃない。


「そこまで言うなら、少しだけいただくとするか」


 一番近くにあった肉まんに手を伸ばす生徒会長。


 そこでふと思い出した俺は、今まさに肉まんに口をつけようとしている彼女に声をかけることにした。


「今食べちゃって大丈夫ですか? 後で喫茶店に行くんですよね?」

「んぐっ」


 肉まんに食らいついたまま、ビギリと静止する双葉先輩。口に含んだ分を呑み込むと、何故か嬉しそうな顔でこちらを見てきた。


「私との約束を覚えていてくれていたのか……?」

「そりゃあ覚えていますよ。言われてからそんなに時間たってないですし、それに……双葉先輩と一緒に喫茶店に行くなんて嬉しい予定、忘れようにも忘れられませんって」

「うれしっ……そうか、嬉しいか! ふふっ。くふふっ。嬉しいかあ……えへへ、そうかそうか……っ!」


 肉まんを掴んだままの右手をぶんぶんと振る双葉先輩。そんな子供みたいな喜び方する人、今日日見たことねえな。


 俺の視線に気づいたのか、双葉先輩は取り繕うように咳払いをする。


「た、確かに、ここでお腹いっぱいになってしまってはいけないな。しかし、せっかくの厚意を無碍にするわけにも……」

「あ、じゃあ俺が食いますよ。俺ってば結構大食いなんで」


 そう言って、双葉先輩の手から肉まんを取り、口の中に放り込む。割とサイズの小さい肉まんだったので、完食までにそう時間はかからなかった。


「うん、美味い。流石は我が校の調理部ですね」

「ほ、ほほほほほ北斗君。い、いいいいい今の、君が食べたそれ、えええええ、うううううう……」

「え? 俺、何かやっちゃいました?」

「やっちゃったというか、その、なんだ。き、君は、か、かかか、間接キスみたいなのを、気にしないタイプなのかな……?」


 言われて気づく。先輩が口にした肉まんをそのまま食べたことに。


 まずい。親切心からやった行いとはいえ、流石にライン越えだったか。先輩も怒っていそうだし、ここは素直に謝っておこう。


「すいません。間接キスだって気づいてませんでした」

「そ、そうか。それはそれで複雑な気持ちになるが……ひとつ、聞いてもいいかな?」

「なんスか?」

「その、だな……私と間接キスをして、どんな気持ちだ……?」

「…………」


 言葉の意味を理解するのに三十秒ぐらい必要だった。


 間接キスをした気持ち? なんだそれ。どう答えても変態だって思われる気しかしないんだけど、俺はどういう答えを提示すればいいんだ?


 双葉先輩を傷つけたくはない。かといって、嘘を言うのも論外だ。尊敬する生徒会長にだけは嘘をつきたくないし。


 よし、分かった。ここは正直な気持ちを伝えよう。誠意を見せれば、双葉先輩も許してくれるはず!


「気持ちはー、そうですねー……双葉先輩と間接キスができて、超嬉しいです」

「「「「「キッッッッモ」」」」」


 調理部の予算は減額しよう。俺は心の底からそう決意した。


 それはそれとして、双葉先輩の反応はどうだろうか。俺の誠意に免じて許してくれているといいのだけれど……。


「(北斗くんが私との間接キスが嬉しいって言ってくれたああああああ! これってもう両想いなのではないか!? そうだよな!? きっとそうだよな!? いいいいや落ち着け落ち着くんだ柊木双葉! あの北斗くんだ。どうせ深い意味はないに違いない。でも! そうだとしても! 嬉しいと言ってもらえた! わーい!)」


 全身から嬉しそうなオーラを発していた。なんなら太陽の如き満面の笑みが美しい顔面にこれでもかってぐらい浮かんでいた。


 俺との間接キスでここまで喜ぶなんて、もしかしたらこの人、俺のことが好きなのかもしれないな――なーんて。


 トリップしている先輩の視線の先で手をひらひらと振りながら、俺はそんなありもしないことを思ってみたりするのだった。







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