第3話 凛々しい人が見せる隙ほどかわいいものはない。


 双葉先輩に何故か手を握られたままやってきた調理室。

 

 そこでは調理部が楽しそうに活動を行っていたが、俺たちが調理室に入った瞬間、彼女たち(調理部は女性の方が人数が多いのだ)の空気が一変した。


「か、かかかか会長が男連れ!?!?!?!?」

「しかも手を繋いでいるわ! 何で!? どういうこと!?」

「あ、憧れの会長が……ぶくぶくぶく」

「え、衛生兵! いいや、それよりもまずはAEDを!」


 紛争地かと見まがうほどの殺伐ぶりについ目を疑ってしまう。


 俺がリアクションに困っていると、双葉先輩は顔を真っ赤にし、そして俺の手を凄まじい速度で振り解いた。柔らかな感触が離れていってしまって、俺はちょっと残念な気持ちになってしまう。


「べ、べべべ別に他意があって握っていたわけではないぞ!? こ、これは、その……そう! 北斗くんが調理室まで迷わないように導いてあげていただけだ、うむ!」

「いや俺、調理室までの道ぐらい分かってますけど……」

「た、たとえそうだとしても! もしもという時があるだろう!? 生徒会役員の安全を守るのも、生徒会長の役目だからな!」


 何をそんなに焦っているのか、早口で捲し立てる双葉先輩。もしかして、手を繋いでもらったことを俺が嫌がっていたと勘違いさせてしまったとか?


 それはまずい。俺は双葉先輩と手を繋げてとても嬉しかった。その正直な気持ちをちゃんと伝えなくては。


「あの、双葉先輩」

「なんだ!?」

「双葉先輩が手を握ってくれて、俺、すげー嬉しかったですよ?」

「…………はえ?」


 今まで一度も見たことない表情の双葉先輩が現れた。


 なんだその呆けた顔は。なんだその見開いた目は。この人はいったいどれだけ可愛さの上限をぶち抜いていくんだ。普段から凛々しい人がふいに見せる間抜けな顔……まさに筆舌に尽くしがたい可愛さだ。


 双葉先輩は真っ赤に染まった頬を両手でなんどもむにむに揉みほぐしながら、


「う、嬉しいなんて、そんな嬉しいことを言ってくれるな。もう。なんだ、そんな反応は想定していなかったぞ。私はどうすればいいんだ? むぅ……この手はもう二度と洗わない……っ!」

「いや普通に汚いんですぐに洗ってください」


 ここ一応調理室だしな。


 そう言いながら彼女を洗面台の前まで移動させ、その手に水をぶっかける。


「ああああああああああああああ!」


 凄まじい悲鳴だった。調理部のみんななんか全力でドン引きしている。


「な、なんてことをするんだ、北斗くん!?」

「いや、だってここ調理室ですし……手は洗わないと……」

「それはそうだが! そうなんだが! あーもー、君のそういうところはちょっと治すべきだと思うぞ私は!」

「どういうところを……?」

「鈍感なところを、だ!」

「俺が鈍感? アハハハハ。友人の恋をいくつも成就させてきた実績のある俺が鈍感なわけがないでしょう?」

「「「どの口が言ってんだ」」」


 何故か知らないが調理部のみんなから総ツッコミを入れられてしまった。解せぬ。


「君の鈍感さについては後で会議に取り上げるとして、だ」


 俺が首を傾げていると、双葉先輩が何故か涙を拭いながら話を変え始めた。どうでもいいけどそんな無駄な事で会議の時間を使わないでほしい。


「今日はこの調理部を臨時視察させてもらう。君たちの活動を私たちに是非見せてくれ。活動内容次第では、予算の増額を考えなくもないぞ?」


 予算の増額、という言葉を聞いた瞬間、調理部のみんなの目が輝いたのを俺は見逃さなかった。


 調理部の部長と思われる女子生徒はおたまを高々と掲げると、


「それじゃあ今日はみんなで満漢全席を作りますッッッ!!!!!」

「「「おおおおおおおおおおおおーっ!!!」」」


 お前ら絶対に普段そんなもん作っとらんじゃろがい、というツッコミを我慢した俺を誰か褒めてほしい。






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