第5話 夜道は危ない。そんな言い訳。


 臨時視察を終え、生徒会室に戻った俺たち。


 他の役員たちも戻ってきていたので活動内容を共有。一日で全ての部活を視察することはできなかったので、明日も視察を行うことだけを決め、本日の活動を終了した。


 ちなみに、調理部の予算は減額するように会計に伝えておいた。別にこれは私怨ではない。決して、絶対に。


 他の役員たちが生徒会室を後にする中、双葉先輩が鼻歌交じりに近づいてきた。


「それでは北斗くん、早速向かうとしようか!」

「了解です」


 双葉先輩とともに生徒会室の施錠を行い、職員室に鍵を返却。下駄箱で靴を履き替え、二人で仲良く駄弁りながらいざ校門へ。


 部活もとっくに終わって外はやや薄暗い。下校する生徒の姿もあまりなく、ちょっとだけ寂しさを覚える時間帯。春先だから、夏とかと比べると暗くなるのは早かったりする。


 そんな特別感を覚える時間を、生徒会長と二人で過ごす。なんというか、最高の放課後である。


「これから向かうところって、双葉先輩は行ったことあるんですか?」

「うむ。一人で一度だけ、な(いつか北斗くんと行こうと思って視察しに行った、とは口が裂けても言えない……っ!)」


 完全無欠で人気者の双葉先輩でも一人で喫茶店に行ったりするんだな。凡人である俺と似てるところもあると思うと、ちょっと親近感がわきますね、ええ。


 駅前とは言っても、学校は駅から割と離れている。歩いて約十分くらいかかるのではないだろうか。周りに人影もなくなってきたし、二人だとちょっと心細い。


 ふと、双葉先輩の顔を見てみる。


 楽しそうな、何かに期待するような、そして嬉しそうな――そんな表情。


 事あるごとに俺と二人きりになろうとする変なところはあるけれど、それも含めて魅力的な優しい先輩。


 完全無欠だ、と人は彼女を指さして言う。


 彼女に子供らしい一面があるなんて、全く知らないままに。


 こういう先輩を知っているのは、多分、学校では俺しかいない。


 俺だけが知っている、先輩の特別な姿。


 尊敬する先輩が俺に心を許してくれているようで、ちょっと――いいや、かなり嬉しかったりする。


「(そわそわ……)」


 詩人みたいなことを考えていたら、隣の先輩が挙動不審になっていることに気づいた。


 何かあったのかと周りに注意を向けてみると、双葉先輩の左手が俺の右手の近くで不自然に動いていた。


 ――俺と手を繋ぎたいのかな?


 ふと、そんなことを考えてしまう。完全無欠で人気者で、みんなから愛される特別な先輩が、もしかしたら――俺だって男だから、少しぐらい期待はしてしまう。


 先輩が俺のことを好きかもしれない。


 それは妄想だ。思春期男子特有の、そうだったらいいのにな的願望。


 妄想に従って動くなんてナンセンス。相手から嫌がられたら立ち直れないし、最悪の場合は二度と話せないような関係になってしまうかもしれない。


 住む世界が違う人と距離を詰めるのは、かなり怖い。


 でも、双葉先輩は、俺にいつも近づいて来てくれる。それなら、俺から距離を近づけようとしても、別にいいのではないか……?


 ――ええい、ままよっ!


 ふよふよと浮く双葉先輩の左手を、勢いよく掴む。


 瞬間、双葉先輩は驚いたようにこちらを振り向いた。


「ほ、北斗くん!?」


 心臓がキュッとなる。怒られるか? 嫌われるか? 言い訳を、嘘にはならない程度で、嫌われないような言葉を――。


「もう周りも暗いので。迷惑でしたでしょうか……?」

「め、迷惑だなんて、そんなことはない! むしろ、私を気遣ってくれてとても嬉しいぞ! うん、嬉しい。嬉しいんだ。えへへ」


 気を遣ってくれたのか、それとも本当に嬉しいのか。その真意は定かじゃないけど。


 握り返すように力を込めてきた先輩の手に、俺はちょっとだけ安堵した。







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