とある戦場。
維 黎
プロローグ
辺りは本来ならば目と鼻の先すら見通すことの出来ない暗闇に覆われている場所
――洞窟の最奥部。
地上への出口は遙か彼方にある。
《果て無き
文献によれば
「躱せ!
「下がれ! もっと下がるんだ!!
建物五階分の高さはあるだろう広々とした大空洞の天上付近に、いくつもの【
数十人はいるだろうか。
背格好、服装、装備も不揃い。男も女も区別なく入り乱れ、人間、エルフ、ドワーフなど種族もさまざまだ。
そんな多くの者が遠巻きに取り囲んでいるのは異形の
それは形だけは二足歩行の人型ではあるが、その身の丈は優に五メートルを超えているかもしれない。
腕は四本あり、人体の胸元にあたる部分を占めるのは一つ目。腹の部分には鋭い歯が並ぶ大きく裂けた口。
頭部には四つの目があるが鼻や口は見当たらない。
額から一本、頭部から二本の角が突き出ている。
全身の隆々たる筋肉は、まるでハリネズミのように鋭く尖った体毛で覆われていた。
異形の存在――
「よし! 全員距離はとったな! まだ近づくなよ! 尻尾の振り回し攻撃が来るぞ! それをやり過ごしてから再度攻撃だ!! 用意しろ!!」
尾の一撃が通過した時に生じた風圧だ。
今まで通り。
かなりの犠牲を支払った代償に得た攻撃パターンの解析。
「今だ! 間合いを詰めるぞ!
静止の声は一瞬遅かった。
今までとは違う動き。
ゴルゴヴァは尾の一撃を放ったあと、身体をぎゅっと縮こませると『ガガァァ!』という呼気と共に伸び上がる。
「うわっ!」
「ぎゃっっ!!」
「ぐぉ!」
あちこちであがる苦痛の声と悲鳴。
「なっ!?
今までになかった新たなる攻撃に驚愕の声が洩れる。
【
ゴルゴヴァの体毛が周囲に飛散する
体毛とは言っても動物の物とは違い、魔王のそれは一メートルほどの硬質化した毛であり、鉄製の鋭い針となんら変わりがない。
その針が猛烈なスピードで向かって来るのだ。丈夫な鎧や盾で身を守っている者はともかく、そうでない者にはまともに喰らえば致命の一撃になりかねない。
事実、今の攻撃で何名かは命を落すこととなった。
「何人、殺られた!?」
「
「ダメよ!! こっちは
「まずい! 追撃が来るぞ!!」
ゴルゴヴァが隊列の瓦解したパーティーへ歩みを進める。
四本の腕には、それぞれ形状の異なる大剣が握られていた。それらの刀身からは、
狙われた者たちの成す
「【
ゴルゴヴァの横手から一撃を放った者がいた。
「【
男は続けざまに
【
「しばらくは、俺たちが引き受ける! 今のうちに体勢を整えろ! キース!!」
ゴルゴヴァの
「バッソ! その位置で固定だ!! キャスティは
キースと呼ばれた
「【
「【
「【
指定範囲内にいる者を麻痺状態、もしくは
「キース率いる《白鷹の旅団》に
※ ※ ※
(
後退する者たちを見ながら、内心でそう毒づく小柄な男が一人。
全身を黒ずくめの衣服で覆い、その上から黒く染めた
唯一確認出来る瞳は、視線鋭く魔王を射抜いている。
その男の近くに仲間らしき者は誰もいない。さきほどの【
(――雇い主がいなくなってしまった場合、
この場所まで来るのに迷宮の
ここである組織に道具として育てられた男が死んだとしても誰も悲しむ者はいない。せいぜい幹部連中が使える道具を失くしたことを惜しむだけだろう。
使い続け、壊れたら新しい
それに引き換え、この迷宮に挑んだ多くの者は
だが――。
生と死の
(道具に思考はいらない。ただ
思考は必要ないと思考する堂々巡りに堕ちる。こんなことは今までになかったことだ。
――二呼吸。
ただそれだけの時間。ただそれだけに意識を集中し世界を遮断する。
腰に交差して差した鞘から真っ黒な二本の
自らが道具となる
再び
六人を一
(――
辺りに視線を飛ばせば、まともに
魔王討伐に参加したのは四つの
それを確認した男は
その先で一つのパーティーが善戦している。
(確か《白鷹の旅団》と言った)
視線の先でゴルゴヴァが手にした剣を
ガツン、という重い響きと共に青白い火花が散る。
振り下ろされた一撃を大盾で受け止めたが、残り三本の腕からの攻撃は防ぎきれないように思われた。
「【
戦士が三本の腕から受けた
接触しなくてもかけられる治癒術はあるが基本的に射程は短い。
司祭が【
「ダメだ、メルファー!! 避けろ!!!」
キースと呼ばれていたパーティーのリーダーらしき騎士の男が、指示とも警告とも取れる叫びをあげる。
ゴルゴヴァが目の前の戦士から近づいてきた司祭に標的を変更し、上半身を捻るようにして司祭に向かって剣を振り下ろす。
手練れの戦士ならば、後方に跳ぶか身をかがめつつ前方に転がるかして躱せたかもしれない。だが状況を理解した司祭は迫り来る死の刃の気配を感じて一瞬、身体が硬直してしまった。
司祭に防ぐ手立てはない。
恐怖に目を閉じることさえ出来ずにいたが、自分を一太刀にするだろう刃の切っ先だけは、なぜか鮮明にとらえていた。
しかし、刃がその身を断ち斬る瞬間、黒い影が視界を覆ったかと思うと、ガキンという激しい金属音を耳にする。
太刀筋は逸れて、その切っ先は激しい音をたてて地に激突した。
ハッと気づいた時には、自分より小柄な黒衣の男に抱きかかえられ安全な距離まで運ばれていた。その際に司祭衣の聖帽が脱げ落ち淡い桜色の髪が踊る。
「あ、ありがとう」
地に下ろされた司祭メルファーは黒衣の男に礼を述べた。
※ ※ ※
(――あの男)
一連の動きを見ていたキースは、黒衣の男が只者ではないことを見抜く。
仲間の一人、
キースでは躱すことが出来ても受けきることは難しい。それは黒衣の男も同様だっただろうが、あの男は自らの身体を捻って横に回転し、その遠心力を利用して手にした二本の
言葉で説明すれば簡単だがそれを行った
(あの風貌。もしかして《愚者の腕》か。何故こんな所に……。いや、今はそれよりも――)
「【
法と掟を司る女神ルテミスに仕える聖騎士が取得する
「四十秒後だ! バッソ! その間、
「ちょっと、本気なの!?」
悲鳴にも似た叫びをあげたのは黄金の髪を背中まで流すエルフの精霊術師だった。美しく丹精な
この状況で見ず知らずの得たいの知れない者を、六人目の
一方で黒い奴呼ばわりされた黒衣の男も弱冠の戸惑いを覚える。
戸惑いはあったものの、霊力を帯びた聖槍を持つ
統制の取れていないパーティーやフォースを組むより
黒衣の男の
【1】キース・カルナス
【2】バッソ・ガーレン
【3】キャストレイ・ティーノ・ルット
【4】マクウェス・オルソナ
【5】メルファー・カルティエ
そしてキースたちの
「あと三十五秒! ギリギリまで攻撃だ!」
キースの
バッソが連続的に
キャスティはそのバッソとエイトに【
マクウェスはバッソに【
メルファーは仲間に何かあればすぐに治癒術が使えるような位置取りで待機。キースはメルファーを守りつつ、
キースたちのパーティーが果敢に魔王ゴルゴヴァに挑む様子を見て、周りの者たちも攻撃に加わる。
あちこちから魔術、精霊術、武技の集中砲火が炸裂し、ゴルゴヴァのいる付近はまるで七色に発光しているかのようだった。
「【
超速移動による攻撃で、二回攻撃と同等のダメージを与えることが出来る【
どこかで「おお!」という感嘆の声があがる。
「全員退避!
キースの合図でパーティー全員が散開する。それは他の者も同じだった。
周りに誰もいなくなった瞬間、ゴルゴヴァは三本の腕を水平に構えてコマのように回転し始めた。
周囲にいる敵に対しての近接範囲攻撃は、事前に察知したことにより誰にも被害が出ることは無く、その回転攻撃が終わると同時にゴルゴヴァが膝をつく。
今までの攻撃が蓄積された
「【
その機を逃さずキースが聖槍を
閃光と共に高速で放たれた聖なる槍は、魔王ゴルゴヴァの四つの目の中心に突き刺さった――途端にピシリッ、という乾いた音と共に顔面に亀裂が
そこに追い討ちをかけるようにマクウェスが魔術の一撃を放つ。
「【
炎の槍が、魔王の顔面に突き刺さったままの聖なる槍を押し込むようにして炸裂すると、頭部が弾け跳び巨体全体に亀裂が奔ったかと思うと、バリンという音と共に崩れていく。
「おおおぉぉぉ!」
「ついにやったぞ!!」
「魔王を倒したぞぉぉ!」
大空洞に歓喜の声が響く。
この《果て無き
そう誰もが思っていた。
「「まだ終わっていない!!」」
※ ※ ※
真っ先に気づいたエイトとキースの叫びが重なる。
崩れゆく魔王のいた場所に人影のようなものが一つ。
それは先の魔王の巨体に比べるとあまりに小さく、大柄な人間と大差ない背格好だったが、その身体全体は鱗で覆われ、まるで黒い甲冑を着ているかのような光沢を放っている。
顔は身体とは対照的に白い
「な、なんだあれは? 魔王なのか?」
「倒せたんじゃないのか」
戸惑いと疑問が場を支配するが、無闇に攻撃を仕掛けたりしない。いや、相手の正体がわからなくてうかつに手が出せない、という方が正解だろうか。
多くの者が倒されたとはいえ、討伐に参加した者は皆、手練れの冒険者や熟練の軍人の集まりだ。前の魔王とは魔力も身体も小さくなったというのに、本能的に以前よりも警戒すべきだと認識していた。
誰もが身構えたまま固唾を飲む中、先に第二形態とも言うべき新たな魔王ゴルゴヴァが動いた。
「ぐあぁぁぁぁ!」
「ぎゃぁぁ!」
悲鳴が上がる。
全員がゴルゴヴァを注視していたはずだった。にもかかわらず、その動きに対する反応が遅れた。恐るべき速さだった。
白い能面が、まるで
「うろたえるな! 相手は物理攻撃での接近戦だ! 動きを止めて取り囲むんだ!!」
キースが浮き足立った討伐隊に活を入れるが、魔術師や僧侶などの
「まずいぞキース! このままでは全滅しかねん!」
ガシャガシャと鎧を打ち鳴らしながら、バッソがキースの元まで駆け寄って来る。
「わかっている! 俺が
「出る! 魔術師! 【
キースの言葉を遮ってエイトがマクウェスに叫ぶ。
エイトの行動は正義感でもなければ、使命感に突き動かされてというものでもない。
彼は道具だ。そのような感情を持ち合わせていないし命を惜しむこともない。
有無を言わせぬ強い意志を感じ取って、マクウェスはエイトに
最後にキャスティが「生意気な奴!」と毒づきながらも【
支援を受けたエイトがゴルゴヴァへ向けて駆け出した視線の先では、
戦士の一人が決死の覚悟で、自らの腹に刺さったままのゴルゴヴァの腕を掴み、一瞬だけではあるが動きを封じる。そこに魔術師の【
だが。
ゴルゴヴァは戦士を貫いたままの腕を横に振るい、その勢いによって戦士の身体は振るい飛ばされ、向かって来る【
ゴルゴヴァはその爆炎を突っ切って魔術師に迫り、剣のように硬質化させた腕を振り下ろすと魔術師の身体を一刀両断した。
そこにエイトが迫る。
二本の剣を肩に担ぐように振りかぶり、迫った勢いを乗せて大上段から二刀を振り下ろす。
そのエイトの攻撃を、振り向きざまにもう片方の硬質化した腕で受け止めるゴルゴヴァ。
剣と剣がぶつかり合った音が大空洞に木霊したことを皮切りに、剣戟が続く。
一撃の剣の重さはゴルゴヴァ。速さはエイトが上回る。
初めの内は互角のように見えた攻防はすぐにエイトが押され始める。
速さを生かした手数で攻勢に出たかったが、ゴルゴヴァの重い一撃を防ぐのに手一杯になり、堪えきれずにどんどんと後退する。そこへ――
「下がれ、エイト! 【
聖槍を
背後から聞こえたその声に、エイトは咄嗟に横へと跳ぶ。
「【
攻撃力の増幅された二閃の槍がゴルゴヴァに命中し、数メートル後方へ吹き飛ばした。
「たたみ掛けるぞ!」
先ほどのエイトとゴルゴヴァとの闘いでは、手数で押し切れなかったが今度は2対1だ。押し返すまでには
目まぐるしく打ち合うたびに霊力と魔力の火花が激しく散る。
超接近戦での戦闘にバッソたちは加勢することが出来ない。下手に手を出そうものなら、二人の邪魔になり兼ねないからだ。
エイトとキースが魔王との戦闘に入って数十分が過ぎただろうか。
今は互角で凌げているが、遅かれ早かれ均衡が崩れ、自分たちが押されるだろうとキースは感じ始めていた。
魔王の無尽蔵とも思える体力に対してこちら側には限界がある。
仲間たちが絶えず支援をしてくれているが、精神力もそろそろ底をつくだろう。そうなれば一気に形勢は傾く。
そんな思いがチラリと頭の隅をよぎった。
通常の戦闘ならば、それは隙と呼ぶほどのことでもなかった。攻撃の手が緩んだわけでも、
ゴルゴヴァの
今まで幾度となく躱し弾いてきたその攻撃を、その瞬間だけは対応しきれなかった。
(殺られる!?)
そう確信したキースだったが、横からの衝撃によって弾き飛ばされ、結果としてゴルゴヴァの攻撃を躱すことが出来た。
横合いから、エイトが肩口をぶつけるようにキースに体当たりをして
パッと
「エイト!」
キースにはエイトが両断されたように見えた。
しかし、間一髪、バックステップで躱したエイト。
額から顎先まで浅く斬りつけられた為、顔を覆っていた黒い包帯が、ハラリと解けて素顔があらわになる。
自らの血で赤く染まったその顔は、まだ幼さを残す少年のそれだった。
「聖騎士! 三十秒、持ちこたえろ!!」
鋭く覇気に満ちた声を飛ばす。
もはや仲間たちの精神力も尽き、
不可能と思える指示。
しかし、キースは寸分の迷いも無く反応する。
「――我、
略式化された
「【
続けて
一本刃だった槍先が、
キースは頭上で槍を数度回転させると、矛先をピタリとゴルゴヴァに向けた――次の瞬間、大地を蹴り上げ、放たれた矢の如く一直線に突き進んでいく。それはまるで、一筋の蒼い閃光のようだった。
突き出された蒼い一閃を、ゴルゴヴァは剣と化した両腕を
その反動で両者の間に間合いが開く。
間を置かずキースが攻める。
今は槍の間合いだ。内に入り込まれれば勝機は無い。
「【
防御を捨てた十連撃。
神格化された聖槍は、並の魔法武具であれば紙切れの如く切り裂くことが出来る。しかし、ゴルゴヴァの硬質化した
連撃の間、いく度かはゴルゴヴァの身に届きはしたが、致命傷には遠く及ばなかった。
「――かはっ!!」
無呼吸による十連撃が終わると、身体中が新鮮な空気を要求した。
「――ハァ、ハァ、ハァ」
通常戦闘ではありえない疲労感。
一度や二度【
片膝を突き、槍を支えにしてなんとか上体を支える。
今攻撃されれば対応が出来ないが、ゴルゴヴァからの追撃は来なかった。
「!?」
何故と疑問が浮かぶより前に、背後に感じた濃密な
肌がチリチリとするようなそれは、キースが纏った蒼い霊気とは対象的に、妖気にも似た漆黒の
バチバチと帯電した電気のような霊気を纏ったエイトが、ゴルゴヴァへと突っ込んで行く。
キースが蒼い閃光ならば、エイトは黒い雷光だろうか。
エイトの武器は二本の
間合いを詰める為、向かって来るエイトにゴルゴヴァは左の
左手の
打ち合った瞬間、落雷にも似た激しい轟音が
――未了――
とある戦場。 維 黎 @yuirei
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