第5話『考察』

「…」

「貴方もここの住人ならあの骸骨の様になっててもおかしくは無いわよね?

それにしては応答がしっかりし過ぎている」

彼の瞳が細く笑う。

眩しいだけなのかも知れないが。

「それに…私に記憶を思い出して欲しいのも本心でしょうし、このまま忘れていて欲しいのも本心でしょう貴方」

「そうです。正解です」

バサリという音と前からの風圧に反射的に目を腕で覆った。

「流石は、忘れていても権能の中でも強い部類の権能ですね。

それとも、本能かなにかですかな?」

ジェームズの背中には、一般的に悪魔の羽根と呼ばれるであろう黒い羽が生えていた。

「私は、貴女を生かさなければいけないと思うと同時に貴女を殺してしまいたいと思うのです」

「残念だけど、再戦は受け付けてないわよ」

「そこまで来てまだ思い出さないのですか」

少し驚いた顔で目元だけが笑っている。

「最後は私と鬼ごっこしてくださいますかな?」

「拒否権はないのでしょう?」

「ええ。ええ」

狂った人の様に彼が静かに笑う。

「私には分かるのです。

貴女が記憶を思い出すのがもうすぐそこまで来ているということが」

「私には分からないのに?」

「何時だって、自分の事は1番わからないものですよ。

段々と意識が朦朧として来るのです…私は確かにここの都市で比較すれば思考できる正常な存在ではありますが、それでも否定され捨てられた存在である事も事実なのです」

「私は、貴女が正常に機能していない世界でしか正常に生きていられないのです。

つまり、私が元に戻るのに反比例して貴女は正常に近づいて行くのです」

顔をぐしゃっとして、彼は指の間からこちらを見る。

「勝負は私が貴女を殺すか貴女が記憶を思い出すかです。

私が殺す前に思い出せば、私は自動的に貴女には勝てなくなりますので」

一歩二歩と、彼から距離を離す。

「それではすたーとです」

彼がそう言うのと同時に、屋上から飛び降りる。

人間でないらしいこの身体は確かに、あの高さから飛び降りてもびくともせず立ち上がり前へと進む。

「うおっ!」

後から氷の刃物が頬を横を掠っていき、地面に突き刺さったかと思えば水となり消えていった。

(やっぱりこれ融解、凝固、凝縮、凝固だよな?)

昇華は先程もしてなかったが、範囲外なのか?

目線を前に戻せば、突如として氷が発生していたので間髪で避ける。

(昇華もか…状態変化の権能か?いやでもならここに居る理由がわからない)

肌に熱さはなく、息は白くならない。

(そもそも、状態変化なら外部からの干渉がいるわけだから熱くなるなり寒くなるなりしなければいけないし…)

物陰に隠れたりしながら思考を巡らす。

(否定された街で比較的正常というのは、理論上可能ではあるが現実的には不可能と仮定出来る)

時にプールにバラバラの時計を入れたら勝手に完成すると言った与太話や、時に人間が壁を貫通出来るというトンネル効果とか。

(あれ)

階段を駆け上る、建物に入ったら上にしか行けなかったからだ。

(状態変化、確率的には不可能ではない)

屋上にあがり、彼と相対する。

背中は手摺についており、彼は…ジェームズは明確な殺意を持ってこちらに手を伸ばしている。

(ジェームズ…そして悪魔)

そしてそれを殺した『権能』。

ああ、そうか。

君は否定する為に生み出された最後の矛盾。

そうか、そうだね。

『私』が居なくなってしまえば、君は正常異常になってしまう。

だから、私を助けたのだろう。

だけど、君も生きている…だから私を殺そうとしたのだろう。

君が認められる世界なんて、世界の終わりだ。

そうだ、君の名は…君の権能は

「マックスウェルの悪魔」

屋上から落ちる影が2つ。

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