第2話 ドライブイン

 お昼になった頃、その人は道路沿いのドライブインに俺を連れて行ってくれた。道路沿いにあって、駐車場が広い食堂などを昔はそう呼んでいた。


 俺は焼肉定食を頼んだ。外食はほとんどしたことがなかったから、感動するほどにおいしかった。男は「ジュースも飲むか?」と勧めてくれた。俺は腹がいっぱいで飲まなかった。


 男はその後もずっと車を走らせていたが、あまり金がなさそうだった。どうして東京に行くのかもわからなかった。俺は喋るのが苦手で聞けなかった。さっきちらっと見たけど、ナンバーは九州だったから、すごい距離を自動車で移動しようとしていることはわかった。


 男はある町で車を停めた。人気のない田舎町の駅前。そこに小さなスーパーがあった。店先にはお菓子なんかが並んでいた。店の中に人がいる気配がない。万引きされないのかな。俺は思っていた。


「あそこに行って、おかし取って来い」

「え?」

「誰も見てないから、早く行け」

 俺は断れなくて、車から降りると、店の前にあった袋菓子を3袋盗んで、すぐに車に戻った。

「たったそれだけか。まあいいや。早く行こう。それ、食っていいぞ」


 結局、男は俺を試すために盗みをさせただけだった。

 俺はそれから日常的に万引きをやらされることになった。


 風呂に入れないから、俺たちは公園に行って、公園のトイレで裸になって、体をタオルで拭いた。夜は車から自転車を下ろして、荷台の方にブルーシートと毛布を敷いて寝た。その間に、ダニにたくさん刺されてしまった。

 

 車に乗っているから日焼けする。肌がヒリヒリした。


 俺たちは毎日、そんな風に移動を続けていた。東京に行ったら何があるんだろうか。結局、男は東京には行かなかった。素通りして埼玉に行った。毎日、万引きと窃盗を繰り返して、ガソリン代を工面して、移動し続けていた。外食は出会ったその日に連れて行ってもらったレストランだけだった。それ以外は、商店で万引きしたものを食べる。お金がある時も、半額になっている物を買ったり、値切ったり、パン屋でパンの耳をもらったりして食べていた。


 その男に対しての感情は何もない。車の運転手。まるで物みたいに感じていた。


 男は俺にタバコ、酒、セックスを教えた。悪い父親か兄のようだった。どれも好きではなかったけど、性に興味を持つようになった。女性をそれまでと違った目で見るようになった。


 同じような毎日をずっと送った。万引き、物乞い、置引き。そいつから、逃げるなんて考えなかった。もはや家に帰れなくなっていた。俺は犯罪者。捕まらないようにものを盗み続ける。さっきあったことはすぐに忘れる。ただ、現実と向き合って、日々を送るだけ。

 でも、学校や家よりましだった。人と比べられることのない人生。


 一年以上、そんな生活をしていた。


 ある夜、男はハンドル操作を誤ってしまい、民家の塀に激突した。俺はシートベルトをしていなくて、正面に投げ出された。首や全身を強く打って、頭が潰れてしまった。脳がはみ出していた。隣に、男もいて、そいつも顔がつぶれて、血まみれでぐちゃぐちゃになっていた。


 俺の魂は体から抜け出して、高いところから自分を見ていた。不思議だけど、車の天井はないみたいに、中まで透けて見えていた。


 俺たちは、他人事みたいにこれは助からないなと思った。救急車とパトカーが来ていた。たくさんの人に取り込まれていた。救急隊の人が必死になって俺たちを車から引きずり出していた。俺は嬉しかった。そんなに多くの人たちが、俺みたいなくだらない人間を助けようとしてくれてることを知って。俺たちはその場所で死んだみたいだ。


 気が付いたら俺は、また車の助手席にいた。隣には男がいて車を運転している。名前は何だっけ。もう思い出せない。そいつは、なぜかケガはしていない。俺も痛みを感じない。ただ、ひたすら、道路を走りつづけている。どっちも喋らない。前からそうだった。そいつはラジオを掛けている。まるで俺なんていないみたいだ。


 もう、ガソリンがなくなることもない。腹が減らないから、万引きすることもない。罪を犯す必要がなくなって俺はほっとする。あの夜から、眠いとか、疲れるということがないから、ずっと走り続けている。もう、夜になってから、荷台の中でお互いを慰め合うこともない。


 ただ、男は無言で車を走らせる。俺は隣にだまって座っている。


 昔のことを、延々と思い出しながら。

 

 前は実家があって、学校にも通っていた。

 俺は家出して、今ここにいる。

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家出 連喜 @toushikibu

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