家出

連喜

第1話 家出

 誰だって人に認めてもらいたい。

 少なくともかまってほしい。

 かまってちゃんでなくても、人から関心を持ってもらいたい。誰もがそう思うだろう。特に子どもの頃は、親から言葉をかけてもらいたいものだ。親に愛されないことは、いずれ見捨てられるのではないかという恐怖を味わい続けることになる。


 俺は5人兄弟の上から4番目だった。上の兄たちは意地悪で全然遊んでくれないし、母親は一番下の弟を可愛がっていたから、俺に目を掛けてくれる人は誰一人いなかった。


 学校に通っても、周囲になじめなくて、友達はできなかった。成績が悪いから、先生にも嫌われていたし、スポーツ、音楽、絵画、工作、何をやってもダメだった。俺に声を掛けてくれる人はこの世に1人もいなかった。


 それでも、俺は誰かにかまってほしかった。

 いじめられるのだって、自分が存在していると言う実感を得られるだけましだった。一番辛いのはやっぱり無視だ。


 俺は親にかまってほしくて、ある時、家出を決意した。

 小3だった。

 急にいなくなったら、親も心配してくれるんじゃないか。俺は信じて疑わなかった。俺が警察なんかに発見されて、泣きながら親が迎えに来てくれる場面を思い浮かべた。俺がどうにかなったら親も俺の存在を再確認するんじゃないか。それが楽しみだった。


 夏休みのある日、俺はリュックにお菓子や食べ物を詰めて、朝早く家を出た。

 徒歩だとすぐ見つかるかもしれないから、自転車に乗って行った。

 実際に走り出すと、何かに追いかけられているような気持になり、俺は必死で自転車を漕いだ。

 そのうち、見つけてほしいと言うより、現実から逃げることの方が目的になっていた。よく考えてみると、俺は親を少しも愛してはいなかった。あちらからも愛されていないからだ。

 もう、当てにできるものは何もない。金もほとんど持っていない。でも、死のうとは思わなかった。


 俺は自転車を走らせた。腕時計を見ると、もう7時半だった。そろそろ家族が起きて、俺がいなくなっていると騒いでいる頃だろうと思った。いや、誰も騒いだりしないという気もした。「いなくなってせいせいした」、「面倒をかけやがって」俺はそう言われるくらいの、煙たがられる存在だった。今思うと不思議なのだが、なぜか俺は何もしていなくても、家族からいつも叱られていた。家族の八つ当たりの的にされていた気がする。


 俺は自転車でかなり遠くまで来ていたと思う。地図を持っていないから、自分がどこにいるかわからなかった。


 自転車を漕ぎ続けていると、少し先に車が止まった。白いライトバン。


「君、どこか行くの?」

 40歳くらいの男だったが、作業服を着ていた。日焼けして髪がボサボサだった。車の中がタバコ臭い。

「決まってない」俺は口下手だからそう言った。

「乗せてあげようか。今から東京に行くんだ」

 俺は頷いた。

 その人は俺の自転車を乗せて、俺を助手席に座らせた。俺はその男に殺されるかもしれない。犯罪に巻き込まれてもいいから、もう、家族の元には戻るまいと決めていた。


 ***


 俺はその人と一緒に長い旅をすることになった。

 終わりのない、恐ろしく長い旅を。 


 

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