鶴羽根{つるはね}の王国

C-take

昔々の物語

 昔々。このオキナ王国が、まだ名もない村だった頃。


 村のはずれに住んでいた下級冒険者の青年――オキナが、集めた魔物の素材をなめし革の鞄に詰めて、近くの町に売りに行く途中。猟師の罠にかかった美しい翼が印象的な一羽の鶴を見つけました。


 季節は冬。猟師とて糧が欲しいところだとは思いましたが、オキナは鶴が可哀想になり、ついつい持っていた短剣で罠を外して、鶴を逃がしてあげたのです。


「もう捕まるんじゃないよ」


 そう言ってその場を立ち去るオキナを、鶴はジッと見詰めていました。


 その日の夜。外は酷い吹雪だというのに、オキナの家の戸を叩く音が聞こえました。


 「こんな時間に誰だろう」とオキナは首を傾げますが、大雪の中、わざわざ自分を訪ねてきた人を長く待たせるのは可哀想なので、オキナは戸を開けてあげます。そこにいたのは、フード付きの外套マントに雪を積もらせた、一人の女性でした。


「夜分遅くにすみません。訳あって旅をしているのですが、道に迷った挙句、吹雪に見舞われ先に進めそうにありません。どうか一晩だけ、泊めてはいただけないでしょうか」


 彼女の名はクレン。フードの下から覗く顔は麗しく、思わず目を見張るほどでした。聞けば両親と死に別れ、会ったこともない親戚を頼るために遠方から遥々やって来たと言います。人のいいオキナはその話に心打たれ、二つ返事で彼女を泊めてあげることにしました。


 ところが、翌日も、またその翌日も大雪がやむ様子はありません。大雪の中、女性一人を追い出す訳にも行かず、オキナはクレンを家に留まらせ続けました。その間クレンは、オキナの仕事を手伝ってくれたのです。クレンは大変働き者で、オキナはその働きぶりに目を丸くしました。


 家のことをクレンがやってくれるので、オキナは空いた時間に魔物の素材同士を組み合わせた上級アイテムの合成に勤しみます。合成アイテムは通常アイテムに比べて高く売れるので、きっと今よりも生活は楽になるでしょう。


 そんな生活を続けいてるうちにオキナとクレンの仲は深まって行き、雪がやんでもクレンはオキナの家に留まるようになりました。


 ある日、クレンはオキナに一つのお願いをします。


「布を織りたいので、糸を買って来ていただけませんか?」


 突然のお願いに面食らったオキナでしたが、あまりに真剣に頼んでくるので、オキナは言われた通り、町で糸を買って来てあげました。


 クレンは一言「絶対に中を覗かないでください」と言って部屋にこもります。作業は三日三晩不眠不休で続きました。途中で心配になったオキナでしたが、中を覗かないというクレンとの約束を守り、決して覗き見ようとはしません。


 四日目の朝。布を織り終えたクレンがオキナに言います。


「これを売って、また糸を買ってきてください」


 出来上がった布を持って町へ向かったオキナ。布を売ろうと馴染みの道具屋に声をかけます。


 するとどうでしょう。鑑定眼を持った道具屋の主人は大層驚いた顔をして、オキナの肩を掴みました。


「おい、オキナ。これをどこで手に入れた!?」


 道具屋とは古い付き合いなので、オキナは正直に答えます。それを聞いた道具屋の主人は、あごに手を当てて唸り始めました。


「こいつには特殊な加護が付加されてる。こいつで装備を仕立てたら、とんでもない品になるぞ」


 オキナは驚きます。確かに見た目は大層美しく、どこか気品すら感じさせますが、鑑定眼のないオキナには加護の存在までは感じられません。


「こいつは俺には手に余る。商人ギルドのおさを紹介するから、そっちへ持って行け」


 言われるがまま商人ギルドを訪れたオキナ。紹介されたギルド長は、道具屋の主人よりもだいぶ若い女性でした。


「例の品、確認させてもらったよ。間違いなく伝説級の一品だ」


 伝説級。それは数ある道具の等級の中でも、最上級にあたるものです。射れば必ず的に命中する矢や、ドラゴンの鱗すら切り裂くつるぎが有名で、名もない一般市民が作れるようなものでは、決してありません。


「どうだろう。もしこの品を定期的に納品することが出来るのなら、それに見合う対価を用意するよ?」


 ギルド長が提示した金額は、とてつもない額でした。しかし、この布はクレンが心身を削って織り上げたもの。そう何枚も気軽に用意できる物ではありません。


「お話は嬉しいのですが、あまり彼女に負担をかける訳にも行きません。出来上がった分に関してはこちらにお持ちする、と言う辺りで勘弁していただけないでしょうか」


 オキナの返答に少し考える素振りをしてから、ギルド長は言いました。


「そうだね。これほどの品を作り出せる人材を使い潰す訳にも行かないし。それで手を打とう」


 向こう数年は食い扶持に困らないほどの額のお金を受け取り、オキナはギルドを後にします。帰りに、以前よりも上等な糸を買って、クレンへの土産みやげとしました。


 家に帰り着いたオキナは、早速クレンに尋ねます。


「クレン。あの布は一体どのように作ったんだい?」


 しかしクレンは「秘密です」と返すばかりで、何も教えてくれません。一層作り方が気になったオキナでしたが、あまりしくこく訊くのも失礼かと思い、その場は引くことにしました。


 後日。再び布を織り終えたクレンが、少しやつれた顔で言います。


「これを売って、また糸を買ってきてください」


 しかし、クレンの様子を見て心配になったオキナは、布を受け取ろうとはしません。


「こうして布を織ってくれるのは嬉しいけど、君のことが心配だ。無理し過ぎじゃないか?」

「大丈夫。少し疲れただけですよ」


 ただでさえ三日三晩寝ずに布を織っているのです。いくら布の出来が素晴しいとは言え、これではクレンばかりに苦労をさせているようで、オキナは気が気ではありませんでした。


「ならばこうしましょう。この布を売ったら、そのお金でお屋敷を建てて使用人を雇うのです。そうすれば私の負担も減るでしょう?」


 確かに、家のことを使用人に任せることが出来るようになれば、生活は楽になるでしょう。オキナも冒険者家業に専念することが出来るようになるので、悪い提案ではないように思います。


 オキナは前回同様、商人ギルドに赴き、ギルド長に直接布を売りました。今度の布は前回の物よりも上質だと言うことで、更に高額の値が付きます。オキナは驚きましたが、これでクレンの生活も楽になると、喜んで受け取りました。


 そのお金で立派な屋敷を建てたオキナは、一躍村の有名人になります。余ったお金で装備品も一新して、冒険者としても名を上げ始めました。


 一見何もかもが上手く行っているように見えましたが、その一方で、布を織る度にクレンは弱って行きます。流石にそれが無視できなくなった頃、オキナはとうとうクレンとの約束を破ってしまいました。クレンが布を織っている様子を覗いてしまったのです。


 そこにいたのはクレンではなく、一羽の鶴でした。鶴は自分の羽毛を抜いては糸の間に織り込み、煌びやかな布を織っていたのです。見れば、鶴の羽毛はその大部分が抜かれ、哀れな姿になっていました。


 鶴は布を織り終えると、クレンの姿になって言います。


「見てしまったのですね。そう。私は以前あなた様に助けていただいた鶴でございます。あなた様のお力になれればと誠意を込めてお仕えさせていただきましたが、正体を知られた以上、ここに残る訳には参りません」


 クレンは再び鶴の姿になると、どこへともなく飛び去ってしまいました。


 しかし、ここで終わるようなら、オキナは冒険者などやっていません。自分のために身を削って尽くしてくれたクレンを連れ戻すべく、オキナは旅に出ました。


 まずはどんな傷もたちどころに癒すとされる聖水を探しに。南方の諸島群のどこかにあると言う噂を聞きつけたオキナは、早速南へと渡る船に乗り込みました。


 見たこともない密林の中を抜け、数々の魔物と戦う中で、着実に冒険者としてレベルアップしていくオキナ。諸島群特有の人食い草や、石化毒を持つバジリスクなど、これまでに戦ったことのない魔物を相手に、オキナは一歩も引きません。幾千の魔物を屠った肉体は細身だった以前と比べて一回りも二回りも大きくなり、聖水を発見する頃には、オキナは世界でも指折りの冒険者となっていました。


 聖水が手に入ったら、次はクレンの探索です。この世界では鶴は希少な生物なので、ある程度生活域を絞ることができます。しかし、それでも一国の国土ほどの範囲の中から、たった一羽の鶴を見つけ出さねばなりません。


 捜索は困難を極めました。行く手を遮る過酷な地形に、強力な魔物の出現。それでもオキナは諦めることなく進みます。いくつもの山を越え、谷を渡り。倒した魔物の数も最早数え切れなくなった頃。ようやく鶴の生息地を発見したオキナの目に飛び込んできたのは、無数の鶴達に気遣われる、傷付き弱った一羽の鶴でした。


 オキナはいても立ってもいられず、その鶴を目がけて駆け出します。しかし、突如現れた人間に対し、周囲の鶴達は攻撃を始めました。それもそうでしょう。この場は鶴にとっての聖域。通常であれば決して人間が踏み込むことの出来ない鶴達の楽園なのですから。


 それでも、オキナは諦めません。鶴達の猛攻に耐えながら、オキナは少しずつ傷付いた鶴に向かっていきます。


 騒ぎに気付いた傷付いた鶴は、周囲の仲間に呼びかけました。


「皆さん。どうかそのお方を通してあげてくださいませんか?」


 傷付いた鶴の一声は、瞬く間に他の鶴達に伝播し、オキナへの攻撃を止めます。


 阻む者がなくなったオキナは、傷付いた鶴の元までやってきました。


「随分久しぶりになってしまったね。クレン」

「あなた様。どうしてここまでやって来てしまったのですか。私は鶴で、あなたは人。本来相容れないと言うのに、そんなに傷だらけになってまで」


 オキナはその問いに正直に答えます。


「そんなことは関係ない。僕は君との生活がとても楽しく感じていたんだ。君を傷つけてしまったという事実は消えないけれど、それでももし、君に僕を想う気持ちが少しでもあるのなら、どうかこれからも一緒にいて欲しい。もう布を織らなくてもいいから、どうか僕の傍にいておくれ」


 それを聞いたクレンは、人の姿となり、オキナに飛びつきました。


「あなた様にそこまで想っていただけるなんて、私は幸せ者です」


 オキナは持ってきた聖水をクレンに振り掛けます。するとどうでしょう。傷付いていたクレンの体が見る見るうちに活気を取り戻し、元の美しい姿へと戻って行くではありませんか。


「あなた様、これは一体」

「君のために手に入れてきた、どんな傷もたちどころに癒してしまうと言う聖水だよ。本当に効くかは半信半疑だったけど、ちゃんと効果があってよかった」


 これには周囲の鶴達も驚いた様子で、感嘆の声を上げています。


「この度はわざわざこのようなお薬を持ってきていただいてありがとうございます。それで、あなた様さえよろしければ、またご奉公させていただけませんか?」


 答えを口にせず、オキナはクレンをそっと抱きしめました。


「あなた様?」

「これが答えだよ、ミスクレン。君さえ了承してくれるのならば、ずっと僕の傍にいて欲しい。従者としてではなく、人生の伴侶として」


 クレンの瞳から一筋の涙がこぼれます。


「はい、喜んで」


 こうして婚姻関係を結ぶこととなったオキナとクレン。聞けばクレンは鶴達にとっての王族に当る存在らしく、他の鶴達のオキナに対する扱いも、いつの間にか王族に対するそれへと変わっていました。


 鶴達を連れ故郷に戻ったオキナは、そこに一つの王国を築くことにします。国の名は自らの名前を取って「オキナ王国」。鶴達が協力してくれることで、例の加護が付加された布が量産される流れとなり、これを足がかりに、オキナ王国は、人と鶴が共存する新しい国家として、世界に名を馳せることとなって行きました。


 もちろん初代国王は他でもないオキナ。世界で始めて、鶴との間に国交を繋いだ人物として、後世に語り継がれるほどの立派な王様になりました。


 めでたしめでたし

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