終幕 ワールドマジック


 魔法の平和的利用。それはアレミラス魔法学院の掲げる理念である。学院の生徒たちはこの理念に則って魔法を習うのが望ましい。そして、学院を卒業した後もこの理念を忘れることなく、悪しきことに魔法を利用しないことが理想である。

 そのために学院長が掲げた指針こそが、複数人による魔法──

 ──世界魔法ワールドマジックの発動である。


 平和とは人々の心を通じ合わせることであり、その人々の心が通じ合った瞬間に達成される。他人に心を開き、他人を理解し、他人と共にいることを許容する。

 これこそが平和であると学院長は考えた。


 ◆


 授業が休みの日、ヨハンのクラスの生徒たちは実技場に集まっていた。各々が真剣な眼差しで一つのまとまりを作っている。

 学院指定のローブと学院で最も使われている杖を持ち、それぞれで顔を見合わせている。

 いつもと雰囲気が違うのはヨハンの送った手紙が原因だ。手紙にあった魔法陣で複数のアドバイスを貰っている。それが生徒たちの雰囲気を作っているのだ。


 しかし、重たい真面目な雰囲気の原因は魔法陣の改善案によるもの、ではなかった。


「それじゃあ、誰から行く?」


 アイネは最初に話題を切り出した。理解できていないのはメガネだけだった。


「誰からって?」


 メガネの問いにアイネが答えようとすると、他の生徒が口を挟んできた。


「多分だけど、ミー達のせいだと思う」


 昨日の手紙には『クラスメートには隠し事をしない方が良い』という内容があった。それを理解していた生徒たちは覚悟をしていたのか、スムーズに自己紹介を始めた。


 クラスには様々な種族が居た。機械人形だけではなく、エルフやドワーフなどの亜人種。

 他のクラスとはことなる問題児の集まったクラスは、問題児どころか珍しい種族も集められた非常に稀有なクラスだった。


 アイネは彼らの自己紹介を終えると、再度、話を進める。


「昨日先生にもらった魔法陣、あれで個別に指導があったと思うわ。皆、それはしっかり復讐とかできてる?」


 教師のヨハンが生徒全員に配った魔法陣には情報を記録されており、その情報は個別に異なっている。このクラスには種族を越えた個性的なメンバーが集まっているから、それだけ個別に指導をする必要がある。

 昨日配られた魔法陣がそれだ。


 生徒たちはアイネの言葉に強く頷いた。


「じゃあ、早速始めましょう」


 以前にヨハンに使って失敗した魔法陣を試す。各々は小さな魔法陣を手にして、円を作るように距離を取った。魔法を発動する準備に移る。


 円の中心には身代わりのようにカカシが置いてあった。カカシの顔には担任教師の顔写真が張られている。よっぽど怨みが強いのかもしれない。


「準備はできたですー?」


 世界魔法ワールドマジックの発動は複数人が持つ魔力を魔力の線で繋げて、特別な魔法を発動することにある。そのため、現在の魔法の等級には該当しない。第四階魔法までしか使えない生徒であっても、発動が成功すればその結果は未知である。


「それじゃあいくですよ!」


 ルルが持つ魔法陣から光が放たれた。

 その光は別の生徒に向かい、その生徒からも更に別の生徒へと繋がっていく。


 以前に失敗したときとは異なり、今回は線のつながりもつながった後も安定していた。十、二十と線がつながり、最後にアイネの持つ魔法陣と繋がる。一つの大きな魔法陣が生まれた。


 その光は輝かしく、鮮やかであった。


 気合を入れる。想いも入れる。


 世界魔法ワールドマジックは一人で行使する魔法の階級には含まれないから。第十階魔法にも第一階魔法にもなり得る可能性を秘めている。人と人とのつながりと、そのつながった想いこそに価値がある。


 だから、強い願いを抱く。

 それがアレミラス魔法学院の期待する魔法の本質である。

 魔法陣は人の願いを糧にして更に輝きを増していった。


 ……そして、発動する。


 あの時は堕落した教師を倒すために発動した。今は堕落した教師に助けられて発動した。


 だから、その願いを糧にして作られた魔法陣の結果は、その願いに準じたものになった。


 数秒、光が辺りを包む。その後に、とすんと魔法陣の中心に何かが落ちた音がした。


「あれ? どこだここ?」


 落ちてきたのは堕落した担任教師だった。


 ◆


 ハッ、と笑う。


 アレミラス魔法学院の学院長は昨晩に届いた手紙を見ながら、笑っていた。


 今しがたヨハンの担当していたクラスが世界魔法ワールドマジックを発動したのを確認した。そして、ヨハンが呼び戻されたのも確認した。


 控えめに言って、気分が良かった。


「あいつめ。学院地下の悪魔の封印を調査したいから休暇が欲しいなどとぬかしおって。ただサボりたいのが見え見えだ」


 昨晩にヨハンが生徒への手紙の中には学院長へと充てられたものもあった。


「封印の件は気になる話ではあるが、まあ、今はこれが良いか」


 悪くない光景だった。いや、正直なところ、最上の光景だった。

 様々な種族を押し込んだクラスで世界魔法ワールドマジックが達成されたのは平和を掲げる学院にとっては特別な意味を持つ。


 そのクラスの中には天使がかつて作った機械人形も含まれている。気分が悪くなるはずがない。


 だが、同時に胸の痛みも感じてしまった。


「悪魔と天使は世界魔法ワールドマジックの輪に入れない。私達はまがい物だから。私達は手を取り合うことができない」


 自分は世界とつなることができない。自分と言う生き物が世界とは異なっていて、繋がろうとすれば歪な結果になってしまう。


 だったら、世界を拒絶して、世界から離れて、引き籠るのは至極当然なのかもしれない。


 学院長は再度ハッと笑った。


「もう何百年も学院長をやったんだ。引き籠っても誰も文句いわんだろうな」


 生徒に囲われる元ニートを見て、学院長はそう呟いた。

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永遠のニートになれなかったので、魔法学院の教師になりました。 卵の人 @mekai

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