第3話 急は続くよどこまでも~えっと、とりあえずハッピーンドなのかな

「え? アレク!?」


 驚く仲間の魔法使いの制止もスルーして、深々と合わさる唇。ようやく頭の巡りが追いついてきて、すっぽんみたいに張り付いてる勇者をはがそうと相手の腕をつかんだものの、びくりともしやしない。

 いきなり切りかかっては来なかったけど、いきなりこれはなんなんだよ!!

 じたばたともがく間にも、勇者の舌は俺の口内をくまなくまさぐっていて、なんだか背中がぞわぞわとしてきた。


「……ん、ぅ」


 そのうち足に力が入らなくなってきて崩れ落ちる俺を勇者が抱きしめる。もちろん合わさった唇は離れない。確かこういうとき、鼻で息をすればいいんだっけ。

 頭の中の図書館が、そんなアドバイスをしてきた。いや、ありがたいけど、それより前にもっと教えて欲しいことがあるんだけど。すっぽんに噛みつかれたときにはがす方法とかさ!

 いかん、これは食われる。

 村の外でよく見る魔物と同じ目をしてやがる。頭から俺を貪り食う気だ。それを証拠に俺を抱きしめてる腕が、なにやら怪しい動きをしてきてるし。勇者が来ても負ける気はしないとか思ってたけど、まさかこんな口撃が来るとは。


「ガウ!!」


「っ!!」


 急に息が楽になり、その場に尻もちをついた。

 俺の目の前には、真っ黒な犬が背を向けて、俺と勇者の間に立ちはだかっている。


「ポチ……」


「魔族か」


 勇者が鬱陶しげに手を振ると、ポチは見えない手に振り払われたかのように、宙を飛んだ。そのままくるりと器用に一回転して、地に降り立つ。


「ポチ!?」


 慌てて立ち上がると、転けつまろびながら、ポチの方へ駆け寄る。どうやら怪我はなさそうだ。ポチは勇者を睨んでいたけど、やがてふるりと身体を震わせると、黒い毛並みを真っ白に変えた。手足が伸びて、覆われていた毛が消えるとともに、真っ白な肌へと変化する。

 長い髪は、腰の辺りまで。年の頃は中学生くらいだろうか。釣り上がり気味の紅玉色の瞳。ぱっと目を惹くような美少年だ。違うとしたら、獣の名残りを残す、白い三角の犬耳と尻尾。


「リトに手を出すな!」


 ボーイソプラノの、高く澄んだ声が辺りに響く。


「誰だお前」


「僕はリトの許婚だ!!」


 勇者の言葉に、白いローブを身に纏いながら、ポチだった少年は、立ち上がって大きく胸を張った。耳と尻尾がピンと立って、相手を威嚇している。

 なんですと?

 もちろん、許婚とか言われた俺は、会話に全くついていけていない。とりあえず、聞いてないんですけど、ポチさん。


「それ、魔王だろ」


「呼び捨てが許されてるのは、夫である僕だけだ。お前が呼ぶな」


 美少年は、威圧感たっぷりに俺を顎で示した勇者を相手に、一歩も引けを取っていない。ツンっと顎をそらして、赤い唇をしかめている。今にも唸り出さんばかりに、周りを威嚇するようなこの態度、確かにポチだ。


「そいつは俺の運命だ」


「僕だって運命だ!」


 俺本人を置いて、勝手に盛り上がってる勇者とポチ。お願いだから俺のことで争うのはヤメテ。

 第一、ここ村の畑の真ん中だし、お昼休み中の村人がただいま総出でご飯食べててね。ほら、ここの村の人たち呑気だからさ、さっきからご飯食べながら、なりゆきを興味津々で観戦してるの。まぁ、なにかありそうなら、俺が結界というか、バリア張るけど。

 でもね、みなさん、これ映画とか劇じゃないから。どっちが勝つかとか、賭けないでね。って、賭け金集めてるの、勇者パーティの僧侶じゃね?


「さすが、アタシの孫。でもアタシの若い頃には、もう十人、二十人くらいはねぇ」


「なんだと、ばぁさん! ワシだってな、この村どころか、近隣の町娘を相手に百人斬りをだな」


 ばぁちゃん、じいちゃん、昔自慢はいいけど、そもそも俺男だし、相手も男だし。というか、ジジババの武勇伝とか聞いてないし。

 がっくり崩れ落ちて、泣き濡れている俺の頭を綺麗な指が撫でた。


「ポチ」


 で、いいんだよな? 顔を上げると、銀色のキラキラした髪を手でかきあげたポチが、俺に綺麗な笑顔を見せた。大きなぱっちりとしたお人形のような瞳。つまようじが何本乗るだろうか、ばしばしの長いまつげ。あぁ、これが女の子だったら。

 いや、待てよ。胸のない女の子という可能性が!


「大丈夫だ! い、許婚のお前は、僕が守る。みっ、未来の嫁だからなっ! 嫁を守るのは、男として当たり前のことだからっ!!」


 テンパってでもいるのか、ポチは真っ赤な顔をして、どもりながらそう言った。耳がきゅうっと引きしぼられ、パタパタと、長い尻尾が振られている。どうやら照れているらしい。村の娘さんたちから、可愛いっ! と歓声が飛んだ。タイムリーな情報提供ありがとう。知りたくなかったけど!


「えっと、ポチは魔族だったの?」


 任せろといい笑顔で笑うポチの手をつかんで引き止めると、俺は頭に浮かんだ疑問を投げた。


「あぁ、そうだ。お前が生まれてすぐに親元から攫われてしまったから、探すのに時間がかかったけれど、僕とお前は生まれる前から定められた許婚なんだ。見つけた時には楽しそうに暮らしていたからな。犬となってお前を見守っていた」


 話の口ぶりからしてこの美少年、俺より年上のようだ。そして直ぐに姿を現さず、ずっと見守っていたのは、俺がじいちゃんたちと楽しそうに暮らしていたから?


「直ぐに連れて帰るより、お前が気がすむまでここにいるのもいいかと思ったんだが、迷惑だったか?」


 しおりと、頭の上の耳が倒れた。ぱたりぱたりと後ろで揺れる尻尾。色は違うけど、それはポチと同じもので。

 憂い顔の美少年は瞳を潤ませて俺を見ている。そこらの美少女顔負けの容貌だけど、俺には尻尾を垂らしたポチとダブって見えた。


「いや、ありがとう。ポチ」


 魔族とはいえ、ポチは俺の家族だ。黙っていたとはいえ、嫌いになんかなれない。笑って感謝の言葉を述べると、ポチもふわりと柔らかな笑みを浮かべた。

 それが面白くなかったのか、勇者が一足飛びで俺たちのそばに来て、ポチの胸元をつかんで止める間もなくぶん投げた。あっさりと。今度は勇者へ素敵!! という歓声が飛ぶ。


 既に娘さんたちと、元娘さんたちのファンクラブが出来ているらしい。なんてミーハーな村人たちだろう。くそう、美形どもめ。

 あっという間の出来事に、飛んでいくポチの軌跡を追いかけていると、俺の腕ががしりとつかまれる。


「おい、リト」


「なっ、なんだよ!?」


「一緒に王都に行くぞ」


 はい、ドナドナ宣言されました。俺ってば魔王ですもんね。王都へ引っ立てられて牢屋に入れられるんですかね。拷問とか嫌だなぁとか思っていたら、勇者がニヤリと顔を歪めた。

 わ、笑ったんですかね。たった今、人を殺してきたような笑みなんだけど。やはり牢屋? それとも公開処刑でしょうか。


「王都で一番大きい教会で式を挙げる」


「なるほど、式――って、ちょっと待って!!」


 ある意味公開処刑!?


「おっ、俺魔王だからっ!」


「だから運命の出会いだろ」


 勇者はこともなくおっしゃられまして、俺をひょいと担ぎ上げた。いや、勇者と魔王は敵同士であって、深くて長い溝がありましてね。そもそもそんな運命聞いたことないんだけど。異世界図書館にも載ってないよ!


「まさか朴念仁のアレクが一目惚れとか」


 やれやれと、勇者の横で首を振る魔法使い。先ほどまで被っていた帽子には、村の採れたて野菜がギッシリ入っている。

 彼の話によると、魔王を倒しに魔族の国の近くの村にやって来たはいいけど、ここに魔王がいると聞いたので、眉唾と思いつつ、顔を見に来たらこうなったそうで。

 なるほど、しかし俺としてはその話以前に、その帽子の中の野菜について話し合いたいところなのですが。どう見てもそれって、うちの畑に成ってた野菜の花子――って、その前に勇者が歩き出したよ!


「リトを離せ!」


 腕から逃れようともがいていたら、鈍い音がした。勇者は片手で俺を担いだまま、空いている腕を顔の前へと上げると、いつの間にか戻って来ていたポチの攻撃を防いだようだ。拳を阻まれたポチは、白い歯を見せて笑うと、ガラ空きのみぞ落ちへと、脚を振り上げる。

 勇者は無表情のまま、後ろへと一歩下がった。ひょいひょいと、踊るように攻撃をかわす。

 遠くから村人たちの感嘆する声が聞こえてくるけど、俺はそれどころじゃない。勇者が移動する度にあちこち揺すられて、口から内臓が飛び出しそうです。お願い解放して。

 最初のうちは余裕そうな勇者だったのだけど、ポチの猛攻に段々と余裕がなくなって来たようだ。ぺいっと地面に降ろされた。今のうちにと村人たちの方へと避難する。


「お疲れ」


 腕を組んで観戦していたシュマを恨めしげに見つめてると、違う違うと手を振られた。なにが違うんだよ。助けてくれとは言わないけど、お気楽過ぎるよまったく。まぁ、あのチートども相手に、村人Aじゃ、荷が重いだろうけどさ。

 あ、ちなみに村人Aといっても、ここ辺境のど田舎で、魔族の国のすぐそばだから。RPGで言えば最果ての村なもので、出没する魔物も最強レベル。そのせいか、たぶんみんなレベル九十九くらいあるんじゃないかな。うちのばぁちゃんなんて、素手でヒグマ倒せるからね。

 ヒグマ倒す拳で孫を殴るんだよ、ばぁちゃん。死ぬっての。


「で、どうすんだ、あいつら」


「どうするってか」


 どうしたもんかね。下手に手を出すと、被害が拡大しかねないし。もうこのままどこかへいっちゃって欲しいかも。いっそ宇宙の果てとか。


「リトくん!」


「アイラちゃん!!」


 気鬱でうなだれてる俺の耳に、天使の声が舞い降りて来た。俺の心のアイドル、アイラちゃんだ。

 キラキラと金粉をまとったような、輝く姿のアイラちゃん、かっこ俺目線かっこは、そりゃもう可愛くて、女神のようです。天女でもいいね。彼女は頬を紅潮させて、輝かんばかりに熱を帯びた瞳で俺を見た。


「運命の出会いだなんて素敵! わたし、リトくんのこと、応援してるからね!!」


 その瞬間、足元にぽっかり、穴が空いた気がしましてね。頭上から雷とかイロイロなんかも落ちて来た気もしたりとか。


「うわあぁぁぁぁぁん!!」


 で、同時に俺の中のなにかがキレました。ぶっちりと。

 そいや、しっかりキスシーンとかも見られちゃってるわけで。わ~ん!! もう俺、お婿に行けないっ!!

 叫んだ瞬間、辺りの畑も道も広場も、村中全てが色とりどりの花で埋まった。どうやら普段俺が抑えている力が一気に解放されたらしい。足元を埋め尽くすように、季節感問わず咲き乱れる花々。図書館がいちいち俺に名前を教えてくれるんだけど、多すぎて覚えきれない。

 まさに奇跡の大放出ってやつだ。


 辺りに溢れる花々は、戦闘ホリックたちの毒気を抜くには十分だったらしく、おかげさまでポチも勇者も戦いを止めた。

 後で聞いたところによると、この奇跡、近隣の村や町だけでなく、遠い王都まで広がっていたらしい。すげー。すげーんだけど、これって非常にマズい予感がする。ほら、あんまり大きな奇跡を起こしちゃうと反動がね。とってもマズい。

 マズい。マズいんだけど、う~ん、起こっちゃったものはしょうがないよな。うん。人間開き直り大事。あ、俺魔族だっけ。


 そんなわけで、国中に異世界の花々が咲き乱れて数日後、俺の村に雨が降った。

 雨はいく日もいく日も降り続き、村の大地を潤した。奇跡の代償だろうか、それから村には雨がよく降るようになった。

 降り過ぎると作物がまた萎れちゃったりするんだけど、この分では今年の収穫はかなり期待できそうだ。

 国中に咲いていた花は、しばらくして枯れたんだけど、俺の村だけなぜか枯れずに、今も村中に咲いている。これ、うちの特産品として売れないかな。


 勇者一行はその後、村の土地を一部貰って、畑を耕している。魔王を倒せなかった以上、都には戻れないからと、この村に腰を据える気らしい。勇者は毎日俺のとこに畑の作り方を教わりに来てて、ポチとケンカするのが日常風景で、僧侶は医者も兼ねててなかなか助かってる。魔法使いとは土壌改良の件でウマが合い、今度一緒に大きな町まで苗の買い付けに行く予定だ。


 おおむね平和なんだけど、最近村おこしとかで、シュマが勇者と魔王の住む村というので売り出そうとか言い出しててさ。ポチはポチで、奇跡の一件で、魔族の国に俺のことがバレてるみたいだとか言うし、王都から勇者を倒した魔王の討伐隊がやってくるとかいう噂も聞く。


 いや勇者めっちゃ元気だから。まだ俺のこと諦めてないみたいで、今日も畑の肥料担ぎながら、花嫁衣装はどこぞのブランドのにしようとか言って来てたし。あれ以来しょっ中人型になったりするポチも、それ聞いて張り合って来て、またひと揉めあったりとか。

 人になったポチの毛並みもさらさらツヤツヤだし、耳も尻尾もあって、もふもふ度はあんまり変わらないからいいけどさ。


 まぁ、イロイロあるけど、俺の実り豊かな作物と花で一杯の村とかいう目標は、とりあえず叶ったみたいだ。うん。

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転生チートな魔王様と、もふけもスローライフ るし @lucyern

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