第2話 破は畳みかける感じで~勇者と対決してみるけど、逃げたいです

 魔王魔王って言うけど、正確には魔王並みの力を持つってだけで、魔王じゃないのかもしれない。けどなんとなく判るんだよね。自分が魔王だって。

 とはいえ、一応この世界でも魔族と人間ってあんまフレンドリーな関係じゃないし、村の外にバレたら色々不味そうだし、出来ればそれって隠しておきたい属性なんだけど。なんか先日勇者が魔王を倒すために、王都を旅立ったとか聞いたような気もするし。


 それに関しちゃ、しょっ中聞く噂だから、あんまり信憑性はないのだけど、実際会いたいとは思えない。噂自体こんな田舎じゃ、下手したら年単位のブランクあるし。実際戦って負ける気はしないけどさ。

 ほら、前世は平和を謳う現代日本人だったし、俺自身も争いごとは苦手なんだ。そんな暇あったら、畑改良していたい。


 しかし小さいころからじいちゃんやばぁちゃんが、「うちの孫は魔王でねぇ」とかご近所さんに触れて回ってるせいで、すっかり村中に知れ渡っている。お願い、その情報、国家機密レベルだから。胸を張って言える肩書きじゃないから。ご近所への挨拶に紛れ込まさないで!!

 うん、一応抗議はしたんだけどね。相手年寄りだし、「ほぉほぉ、そうかそうか」ですまされてるよ。すまさないで欲しいんだけど。


「おい、魔王、呼ばれてるぜ」


「シュマまで……」


 恨めしそうな目を向けてやると、シュマは口元に手を当てて笑った。


「まぁ、そう言うな。リトは自慢の孫なんだよ」


 そのシュマの意見には、大いに反論したいとこなんだけど、血のつながりもない赤の他人どころか魔族の俺を、貧しいながらも育ててくれたんだ。他にも色々問題はあるけど、じいちゃんたちには頭が上がらない。

 それに村人たちも、俺が魔王と言われても特に怖がったりする様子もないしな。

 やって来たのは、俺んちの隣に住む老人だ。数年前に息子夫婦が出稼ぎ兼ねて家を出てから、一人で畑を耕している。息子夫婦ともども、小さい頃から可愛がってもらってる手前、無碍にもできない。

 まぁ、俺にとっちゃ村のみんなは家族同然だ。無碍なんかする気はない。

 みんなで金持ちになって、毎日腹いっぱい食えるようになるんだ。そんで、村から出て行ったみんなに、帰って来てもらう。頑張れ、俺。ぐっとこぶしを握り締める。

 そのためには、なにか村の特産品でもあればいいんだけどな。別に名物でもいいし。この辺山も近いから温泉でも出ないかなぁ。図書館にある温泉まんじゅうのレシピじゃ、役に立たないし。温泉を掘るハウツー本とかならあるかな。

 そんなことを考えながら、別の畑にも雨雲を追加していると、それを見ていた他の村人たちもやって来た。


「魔王さんや、うちにもちょっくら水を頼むよ」


「はいはい、もちろんいいですよ」


「あ、魔王さんや、ワシのとこにもお願いするよ!」


「こっちもこっちも、よろしく頼むよ」


「おいリト、うちの畑も忘れんなよ」


 じいちゃんがしっかり付け加えてくる。分かってるって。まったく、人使い荒いじいちゃんなんだから。

 なんだか上手く使われてる気もしないでもないけど、村はほとんどジジババで、数少ない若年層労働力としては、ここで頑張るしかない。でも魔王呼びは止めてね!


「リトくん、シュマくん!」


「アイラちゃん!!」


 シュマたちと畑を回って雨を降らせていると、大きな手かごを下げた女の子たちがこちらへ小走りに寄って来た。


「お疲れさま! お昼にしましょ」


 二つに分けたおさげが、肩の上で跳ねる。アイラちゃんは、俺やシュマの幼馴染みだ。ぱっちりした大きな目が印象的な可愛い子で、俺としてはぜひ幼馴染み以上になりたいんだけど、どうやらシュマの方が好きみたいなんだよね。今も俺の名前先に呼んだけど、駆け寄ったのはシュマの方だしさ、とほほ。


「ワンっ!!」


「きゃっ! あら、ポチちゃんもいたのね」


 俺の隣にいたポチに吠えられて、アイラちゃんが飛び上がった。ワンワンと吠えるポチの首に手を回して押さえてなだめすかす。昔からポチは、アイラちゃんを見ると吠えるんだよな。

 元々ポチは俺以外のやつには懐かない。じいちゃんばぁちゃんはともかく、シュマともあんまり長時間話してると服の裾引っ張られるし。


 アイラちゃんには特に酷くて、彼女はポチを撫でてみたいらしいんだけど、ポチはこの通りだ。ちっとばかり愛想よくしてくれたっていいのにさ。飼い主の俺のためにも。


 やいポチ、いくらもふもふしてたって、俺にも許せないラインがだな……もふもふしてたってこの、もふもふ。大変結構なもので。なんというか、高級絨毯のようななめらかな毛並みですな、ポチさん。日頃どんなお手入れをなさっておられるのでしょう。あ、俺が毎日櫛でとかしてたわ。おかげで毛並みはいつもツヤツヤもふもふ。いやぁ、もふもふは良いものですなぁ。って、なんの話してたっけ。確かもふもふがどうとかいう話だったかな。まぁいいや。


 みんなでお昼を食べながら、情報交換をする。小さい村だから、畑も個人というより、村全体で助け合ってやってるのだ。人手が足りない家には手伝いを回したり、新しい苗についてどんなだとか話したり。

 充実した日々。スローライフ万歳だ。


「魔王さんがこないだ撒いてくれた肥料、あれのお陰か、うちの畑の作物の成長がよくてねぇ」


「それは良かったです」


 でも魔王は良くないですそろそろ止めてくださいね。

 この世界と元の世界は細かいところを除けばほぼ同じ法則で動いているみたいだ。もし違っていたら、俺の持っている異世界図書館の知識は、下手したらまるっきりのごみくず同然になってしまうところだった。


 例えば水を熱すると水蒸気になるって、ごく当たり前のことなんだけど、だからといって別の世界でもその通りになるとは限らない。そういう意味ではラッキーだったろう。俺の世界の物理法則が通用するってことだからね。


「あれ、そいや、ばぁちゃんは?」


 周りを見渡していて、ふと気づいた。いつも率先して村の女性を取り仕切ってる、ばぁちゃんがいない。うちのばぁちゃん、元気過ぎて見落とすなんてありえないと思うんだけど、辺りを見回してみても影も形もない。


「さっき村に旅人が来て、その相手をするからって。後で来ると思うけど」


 シュマを挟んで俺とアイラちゃんが並んで座ってる。少し首を傾けて俺を見るアイラちゃん。かわゆす! って、ポチさん痛いから手を噛まないで。


「へぇ、旅人なんて珍しいな」


 ポチにおにぎりを分けていると、俺の代わりにシュマが答えた。確かにこんなど田舎の村に旅人とか珍しい。

 おにぎりと言っても、白米は育たないので、雑穀米というやつだ。その内川から水を引いてこれたら田んぼも作れるようになるかな。コメの飯食いたい。

 近くの川というと、昔とーちゃんが魔族の住む山のそばにあるって言ってた気がするな。そんなことを考えてたら、アイラちゃんはとっても良い笑顔でこう言った。


「うん、なんでも勇者だとか言ってたわよ」


「!?」


 持ってたおにぎりが、手の中で潰れる。


「ゆっ、ゆう……?」


 え~っと、ちょっと思考停止しちゃったけど、今なんとおっしゃいましたかね、アイラさん。

 アイラちゃんは俺の言葉に、あっけらかんと笑った。まるで隣の家の悪ガキがしでかしたイタズラを報告するみたいに、悪意などカケラもない顔だ。


「勇者ご一行さまだって。なんでもこの世界に魔王が降臨したから、倒すために旅をしてるとかって」


「ほぅ、魔王とな」


「ほほぅ」


「なんだよ、魔王っていや、リトちゃんと同じ名前だな」


 ワッハッハと、そばで盛り上がる村人たち。

 いや、それ俺の名前じゃないし。近所の犬と同じ名前だとかって感覚で言わないで欲しいんだけど。

 いかん、昔からそうじゃないかと思ってたけど、どうもこの人たち、呑気さが極楽トンボ並みなんじゃないだろうか。いくら田舎とはいえ、魔王をあっさり受け入れるとか、おかしいとは思ってたけどさ!


 いや、確かにさっきそんな噂を聞いたなとか思い出してたけどね。んなタイムリーにやって来なくてもいいのに。


「リト、あれじゃないのか?」


 シュマが指差す方角に、こちらへ向かって来る一団がいた。ちょっとぉ、展開早過ぎない?

 隠れようにも、先頭に立って手を振ってるの、俺のばぁちゃんだし。ばぁちゃん、それ観光客じゃないから。俺というか、魔王倒すためにやって来た勇者さまご一行だから。


「おぉ、シュマ」


 ばぁちゃんの隣を歩いていたのは、シュマの父親で、この村の村長だ。その後ろからやって来るのが勇者さまたちらしい。燃え上がるようにキラキラしい、黄金色の髪が見える。その後ろには、大きな帽子とマント、杖を持った、いかにも魔法使いなやつと、長いローブをまとった聖職者のようなやつもいる。

 大きな剣を背中に背負った勇者は、精悍な顔立ちのすごい美形だ。


「カッコいい……」


 え、今のはアイラちゃんの声?

 横を見ると、手を胸の前で組んで、うっとりとした表情を浮かべたアイラちゃんがいた。

 その瞬間から、勇者は俺の敵になったね。許さん。

 俺の内心が顔に出てたのか、勇者と目が合った。


 一瞬、火花が散ったのかと思った。

 向こうもそうだったのかもしれない。俺の顔をまじまじと見る勇者の表情は、大きく目を見開いたものだったからだ。だが、それは本当に一瞬のこと。我に返ったらしい、勇者は真っ直ぐに俺の方へとやって来た。


 釣られるように立ち上がる俺は、正面から勇者と向き合う。見上げる形になったのは、俺の方が背が低いからだ。ちくしょ。

 村の中でも、俺自身そんなに背の高い方じゃないけど、勇者は頭ひとつ分以上、飛び抜けて高い。俺の目線は、勇者の胸の辺り。がっしりと、逞しい胸元は、青い縁取りがされた鋼色の鎧に覆われていて、幅広の肩口には、ゆったりとしたえんじ色のマント。全身からイ・ケ・メ・ンって、オーラが出てる。


 毎日農作業に明け暮れてる俺も、それなりに鍛えてはいるけど、この勇者ほどの体格にはなれないだろう。まさに戦う男って感じだ。アイラちゃんじゃないけど、確かにカッコいいのは認めよう。

 だが、負けん!

 俺にも男のプライドがあるからな。アイラちゃんは渡さん。

 睨みつける俺の視線を真っ向から受け止めた勇者は、やがて眼差しを和らげた。


 びくっ!


 なんだ今の背筋を走り抜ける悪寒は。

 いや、一応俺も魔王とか言っちゃってるから、それなりにイロイロ耐性はあると思うの。先日も村の外にいた、でっかい牙の生えた、豚みたいな魔物を倒しちゃったりもしたし。あの時の鍋は美味かった――いや、そうじゃなくてね。

 なんといったものかと、俺は助けを求めるように辺りにオーラを送りつつ、言葉を探した。ついさっき許さんとか言ったものの、この勇者ガチでヤバそうなんだもん。

 に、逃げちゃダメかな。ダメ?

 そして冒頭に戻っちゃう感じでお願いします。魔王ピンチ。


「お前、名前は?」


 イケメンは声もいいんですかね。深く、染み入るような低い声は、まるで音楽のようだ。

 もちろん答えてやる義理はない。


「これ、リト! 勇者さまに失礼な!!」


「ってぇ!!」


 ぷいっと横を向くと、ばぁちゃんの声とともに、後頭部にすごい衝撃が来て、俺は思わず頭を抱えた。

 なんか今、ドスっていった!! ドスって!!

 呻く俺のそばに立ったばぁちゃんは、こぶしを握り締めて俺を見ている。


「初めての人には礼儀正しく。ちゃんと礼儀を守らないと、ばぁちゃん殴るからね」


「もう殴ってるじゃん!」


 魔族だから少々のことじゃ死なないけどね! 普通の人間なら首曲がってても不思議じゃないよ。


「ほんとに躾のなってない孫で申し訳ないねぇ」


 俺の言葉など馬耳東風。ばぁちゃんは勇者の方を向いて、おほほと口元に手を当てて笑った。待ってばぁちゃん、その着てる服、町に出かけるときのとっときのやつじゃね? いつの間に着替えたのさ。普段着てるラフなモンペスタイルはどうしたってよ。


 よく見たら勇者一行に着いてきてる女性たちも、心なしかいつもと違うような。あ、女性と言ってもミナサン八割くらい遥かイニシエに女性だったって感じのばぁちゃんたちだけどね。また殴られそうだから言わないけど。


「ばぁさんは、昔から美形が好きでなぁ」


 いや、そんな横でしみじみと暴露しないでよじいちゃん! そりゃ勇者は美形だけど。


「リトというのか」


 勇者は周りのお花畑な空気などどこ吹く風で、ひたすらこっちを凝視している。さっきなりゆきで魔王ですって挨拶しちゃったけど、それにしちゃいきなり切りかかって来る様子もない。

 もしかして魔王を倒しに来たとかいうんじゃないのかな。

 警戒しながらうなずくと、勇者は腕を広げて俺の肩をがっしりとつかんだ。


「なっ!?」


 勇者の予想外の行動に反応出来ずにいると、そのまま彼の顔が近づいてきて、がっぷり、噛みつくように口接けられた。あれ?

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