転生チートな魔王様と、もふけもスローライフ

るし

第1話 序は緩やかに~って、俺確かに魔王なんだけどさ

 古の昔から、魔王といえば魔物とかの王さま。魔といえば悪役。つまり悪いやつの親玉。

 強くて、反則技みたいにすごい力を持ってて、それ使って自分のやりたい放題で世界を危機に陥れる。

 対して、それを倒すのは勇者。勇者といえば悪いやつを倒して世界を救う救世主。

 すなわち、魔王と勇者といえば、敵と味方。

 正義の勇者と悪の魔王。

 うん、それが俺が持ってたイメージ、ってやつで、たぶん大抵の人が持ってるイメージと相違ないんじゃないかなって思うんだけど。


「え~っと」


 俺は周りの様子を横目でうかがいつつも、さっきからこちらをすごい目つきで睨んでくる、自称勇者を見つめ返していた。

 自称と言っちゃったけど、似顔絵とか写真とかで照らし合わせたとこがないから判断つけづらいってだけで、実際こうして会ってみると、身体から立ち上ってる気迫というか、オーラというかはすごいから、多分勇者で間違いはないと思う。

 なにか言わなきゃと思うのだけど、冷や汗が流れるばかりで、口の中がカラカラだ。


「お前が魔王か」


 威圧感パなく、言い放つ勇者。対して俺はというと、ここから逃げ出したくてたまらない。しくしく。


「あはい」


 軽く口から滑り出た答えは、限りなく薄っぺらで。

 ひゅるりらと、俺たちの間を一陣の風が吹き抜けた。

 無言の間。

 背後に広がっているのは、一面の畑。ふたつの太陽が地上をさんさんと照らしている。

 俺が左手に持っているのは、雑穀で作ったおにぎり。半分潰れかけている。頭から手拭いを被って、服装は動きやすいモンペスタイル。後ろからぽそぽそと聞こえてくるのは、さっきまで一緒にお昼を食べていた、村のご近所さんたちの声だろうか。完全に観客の視線が、ちくちくと背中に痛いです。

 そうこうしている内に、どこかで牛が鳴く声も聞こえて来た。

 のどかな田舎風景をバックに、俺は所在無げに、開いてる手で服の裾を引っ張ると、勇者に向かってぺこりと頭を下げた。


「え~っと、魔王です。初めまして」




◇◇◇




 地平線の見える黄色い大地。雲ひとつない、澄んだ空。

 どこまでも続くような青。ではない。赤みがかったラベンダー色の空だ。俺の知る地球の、日本のものではない。

 ここは異世界、俺はなぜか記憶を持ったまま、別の世界へ転生したらしい。

 前の世界の俺は、本を読むことが好きな、ごく普通の大学生だった。ラノベでよくある異世界転生ってやつだな。


 その日いつものように大学の図書館に寄った時のこと。両脇に本を積み上げて、さぁ読むぞと思った途端、俺の足元が大きく揺れた。どうやら地震が起きたらしい。頭の上で轟音がして、そこから先の記憶がない。

 気がついたら、こちらの世界に生まれ変わっていたというわけだ。それも普通の転生じゃない。前世の記憶を持ったまま、この世界のことを理解し、さらに自分が人間ではなく魔族、それも魔王と呼ばれるレベルの力を持つ存在だということも解ってしまった。


 魔族ってだけでも厄介なのに、魔王だぞ。いやな予感しかしない。だが魔王というだけあって、俺はチートと言えるだろう力を持っていた。やったね。とはいえチートでやりたい放題だってのに、王さまなんて面倒なのはごめんだ。その場で即、自分の力を半分以上封印したよ。

 しかしホッと一息ついた俺は、そこでひとつ、問題点に気づいた。いや、まず最初に気づけって話なんだけど。


 なぜか目覚めた俺がいたのは森の中。それも立ち上がることも難しい、赤ん坊の状態だ。やりたい放題の力があるとはいえ、これって一体どうしろと。魔族とはいえ、親はいるはずだ。彼らはどこに行ってしまったのか。

 これからどうしたものかと途方に暮れていたら、人間と出会った。夫婦らしい、大人の男女。彼らは深い森の中で出会った赤ん坊を怖がるどころか、俺を抱き上げて家に連れて帰ってくれた。血は繋がってはいないが、今ではこの世界の俺のとーちゃんとかーちゃんだ。


 さて俺の住んでるのは、王都から遠く離れた辺境の貧しい村である。

 一年の半分以上は乾季と呼ばれる気候で、雨とは無縁の土地柄だ。土地も痩せていて、ほっとくとペンペン草すら生えないような場所だ。特に特産品もなく、村人たちは畑を耕して糧を得てはいたが、若い労働力はほとんどが町へと出稼ぎに出ている。畑だけじゃ生活出来ないからだ。


 とーちゃんとかーちゃんも例外ではなく、冒険者として今もどこかで活躍しているだろう。たまに便りが来るので元気なはずだ。俺を拾ったのも魔の森と呼ばれる場所を探索してたからだし。

 そいや先日もドラゴンを倒したとか言って、怪しげな干し肉を送って来ていたな。生で送って来るよりはいいけど、ドラゴンって魔物だろ、怪しすぎるっての。食ったけどさ! 貧しいからね! 人間食わないと死んじゃうでしょ!! あ、しまった俺魔族だったわ。人間じゃなかったわ。日々の生活に追われて、すっかり忘れてた。魔族って飢えると死ぬんだろうか。試したいとは思わないけど。


 ちなみに味はというと、歯ごたえがあったね。うん。顎が外れそうになったよ。あれね、ゴム草履の裏を噛み締めてる感じ。ゴム草履とか、噛んでて泣きたくなるわ。他? うん、それだけ。


「う~ん、やっぱ、まだしばらく雨は降りそうにないなぁ」


 目の前に広がるのは、村はずれの荒野。俺の家自体、村の端っこにあるんだが、その先はなんもない。なんもないとは語弊があるか。少し遠くには、俺が拾われた森もあるし、その先は壁のように切り立った高い山脈が連なっていて、魔族の住む土地があると言われている。

 ようするに、俺の本当の同族のいる場所だな。会いたいとは思わないけど。


 魔族というのは同族に対する愛情は希薄らしく、唯一と決めた相手以外には冷淡だ。どうして俺が森の中に捨てられたかは定かじゃないが、あんまり理由を知りたいとは思わない。人間より丈夫な魔族とはいえ、生まれたての赤ん坊が一人っきりで森の中って、シチュエーション自体尋常じゃないしな。


 空腹は日常茶飯事だが、俺は今の生活におおむね満足している。

 なぜなら前世での俺の夢は、母方の実家の農家を継ぐことだったからだ。

 小さいころは夏休みや冬休みごとに遊びに行っていた。広くて青々とした田畑。真っ赤に実ったトマトやキュウリなんかの作物をもいで、近くの水場で洗ってそのまま食べる。これがまた、美味いんだ。


 野菜って、もいだ瞬間から味が落ちるんだぜ。採れたてなんて美味いに決まってる。普通に社会人をやるより大変だってのは解ってるけど、そんなスローライフな人生を送りたいって、悪くないことだと思うんだ。

 しかし父方の家系は代々医者だった。初めから俺の人生には医者へのレールしか用意されてなかった。それでも趣味の園芸と言い張って、庭の片隅に畑作ったりしてたけど。


 親には逆らえないし、このまま医者になるしかないのかと思ってたのに、意外なところでその夢が叶ってるんだ。農業でこの村を発展させることこそ俺の天命だと思うんだがどうだろう。目指せ村おこし! 実り豊かな作物と、綺麗な花が咲く村へと、俺の力でジョブチェンジさせてやる。

 魔王が天命っておかしな話のような気もするけど、細かいことは気にしない!


 黄色い砂の上にしゃがみ込み、土をひとつまみ摘んで指先をこすると、細かい粒の粒子がさらさらと指からこぼれた。まるで公園の砂のようだ。栄養もなんもありゃしねぇ。


「え~っと、土を肥やすには肥料だな。なら園芸の項目にあったあれを使ってみるか」


 そう思った途端、俺の目の前か淡く光り、縦長の四角い形になると、一冊の本となった。


「確か百九十ページだな」


 パラパラとページがめくれ、該当ページへとたどり着く。

 図書館で亡くなったせいだろうか。俺の中には向こうの世界のありとあらゆる知識が眠っていた。頭の中だけで思い浮かべることも出来るんだが、こうやって視覚化したほうが使いやすいからそうしている。


 もちろん魔王なんだから、やりたい放題の力はある。チートを使えば、あっという間にこの土地を肥えさせることも出来ると思うけど、使いすぎると世界のバランスが崩れて、どこかに余波が出るっぽぃので、なるべく使わない方向で頑張っている。責任取れとか言ってくるところはないだろうけど、小市民なのです。チキンハートなの。解って!


「おーい、リトぉ!!」


 村の方向から俺を呼ぶ声がしたので振り返ると、こっちの世界の育ての親のじいちゃんが、手を振っていた。


「どうした!?」


「シュマんとこの畑ちっと頼めねぇかとよ!!」


「解った! 今行くよ!!」


「ワンっ!」


 じいちゃんに着いてきていたらしい、ふさふさした毛並みの大型犬が俺に飛びついてきた。避けきれなくて胸元に体当たりされて、身体がよろめく。それなりに鍛えてるから、なんとか堪えたけどね。


「うわっ! ポチ、あっぶねぇな!!」


「ワンワンっ!!」


「わかったわかった、置いていってごめん。ちょっと村の外の様子を見たくてさ」


 真っ黒で、狼みたいに精悍な獣は、小さいころ村の外で拾った。以来朝から晩までいつも一緒だ。ポチの頭を力いっぱい撫でてやると、顔をぺろりと舐めあげられた。ぎゅっと抱き着くと、首筋のふかふかの毛に埋もれる。

 俺は顔を上げると、身体を撫でながら、ポチに話しかけた。


「ほら、村の中だけじゃ、敷地も限られてるだろ、耕作地が広げられないかなって」


 そしたらもっと収穫量が増える。俺の村のある領地は、村ごとに納める年貢が決まってるのだけど、積極的に農地を開墾することが奨励されてて、新しく作った畑には収益が安定するまで税金がかからないのでありがたい。開墾するっきゃないよね。

 ポチは話している俺の顔をじっと見ると、ぐいっと胸元に額を擦りつけ、ふんふんと鼻を鳴らして首筋に顔を埋めた。こら、くすぐったいだろ。


「まったく、このバカ犬め。年寄りをちったぁ労わらんか」


 ポチを追いかけて来たらしい、とーちゃんのとーちゃん。つまりじいちゃんが、後からよたよたと、息も絶え絶えに歩いてきた。

 賢いポチは人の言葉が解っているようなんだけど、今はそれに気づいてないのか、それともスルーしてるのか、素知らぬ顔つきで俺に尻尾を振っている。両親がいない間、俺はじいちゃんとばぁちゃん、そしてポチに育ててもらった。彼らも俺の大事な家族だ。魔族なのにこんな感情があるのは、俺の前世が人間だったからかもしれない。


「おぉ、リト! 来てくれたのか」


 シュマの畑へ行くと、彼が俺の顔を見て、ぱっと破顔した。

 こいつは俺の幼馴染ともいえるやつで、小さいころからよくつるんでいる親友だ。村長の息子ってのもあるかもしれないが、他の幼馴染たちが村を出て行っているのに、こいつはまだ村に残って畑をやっている。村を発展させようとしてる俺の、心強い協力者だ。


「どうかしたのか?」


「あぁ、ここんとこほら、雨が降らないだろ。畑の調子が良くなくてな」


「なるなる」


 シュマの視線につられて、どことなく元気がなく、しおれたように見える野菜たちを見やる。この付近には川はなく、水は共同の井戸だ。畑用には溜池と呼ばれる池はあるけど、そこが枯れたらおしまいだ。

 俺は右手を顔の前へ上げると、ひらりと手を振る。すると手の動きに合わせるように、手先から白い靄が生まれた。

 靄はふわふわと俺の手の周りに集まって大きくなっていく。ちょうど綿あめを絡めるように手を捻って手首を返すと、靄は一塊の雲になって、宙に浮かんだ。

 雲はみるみる大きくなって、俺の頭のちょっと上、手を伸ばせば届くくらいの高さに浮かぶと、そこからシャワーのような水を降らせ始めた。小型の雨雲ってやつだ。


「助かる。いつもありがとな」


「いいってことよ」


 天変地異を起こすのは不味いが、この程度の奇跡なら、そんなに問題はないようだ。雲は雨を降らせながら移動して、畑に水を撒いていく。

 畑の土地も、元々先ほど見た荒野と似たようなカラカラの土質だったのだが、土壌を改良した結果、数年前から収穫量がかなり上がっている。

 もちろん、異世界図書館の知識だ。さすが俺。さすがチート。さすが魔王の力だ。

 自画自賛していると、畑の向こうからやってくる人影が、こっちに向けて手を振っているのに気づいた。


「おーい、魔王さんや!!」


「ぶっ!!」


 いや、俺魔王だけどね! 確かに魔王だけどね!!

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