第26話 深層前
「っつあああぁ……うまーい!!」
やっと、やっとゆっくり酒が飲めた!! 今が一番生を実感できるねこれ。
5年越しの平穏をかみしめながらジョッキを一回、二回と傾けエールを喉に流し込むと、全身で喜びをかみしめる。
地上の面倒ごともダンジョンの脅威もなくなった。
「このままゆっくりスローライフを過ごしていたい……」
「ダンジョン攻略は引き続きお願いしますね?」
「おいこらローブ女、今言うんじゃないよ。空気読めよ」
わかってる。その言葉は正しいんだけどさあ、今じゃないのよ今じゃ。もう俺から怠惰を奪わないでくれ……。
「次の目標は第80階層ですね。今日はミーティングだけにしましょうか」
「もうそれでいいや……さよなら俺の平穏。また忙しくなりそうです……」
離れて一人飲んでいたヨハンナをテーブルにつかせて、
「んじゃまずは……なんかベルの様子おかしくない?」
「そうなんですか? 普段通りに料理されていたと思うんですけど」
「いや、普段だったらもっとうざいくらいに絡んでくるんだよ。新しい料理作っただのなんだのかんだのて感じで」
リエルは考え込むように小首を傾げると、
「そういえばそうですね。休むっておっしゃった後寝てしまいましたし」
「埒があかないし呼ぶか」
「うえっ?!」
「ベルー、こっち来てくれ」
奥の部屋に向かって呼び出した瞬間、俺の真横に発生したモヤからベルが顔を出す。
「なんだよ。呼びつけやがって」
「また明日から探索するだろ? だから次の悪魔がどういう奴か聞いとこうと思ってな」
「いないぞ」
パキン!
場の空気が固まった音がした気がした。
「いないとはどういった意味でいないっていうこと?」
「そのまんまだ。もうダンジョン内にはいねぇよ」
は? いないってことはないだろ? だって神々が悪魔を支配して、地上に進攻しようとしてんだろ? たった2体やられたくらいで人員不足なわけないだろ?
それなりの人員と物資があり勝算があるから地上ギリギリまで悪魔兵を派遣しているはずだ。それなのに撤退ということは大掛かりな策を発動しようとしているのか、それとも悪魔たちが反旗を翻したか。
「考えてみろ、1週間で2体だぞ。ダンジョン攻略も含めてだ。普通人間の所業だとは思わんだろうさ」
通常の冒険者だったら10階層進むだけで1か月はかかる計算だ。1週間で駆け下りてなおかつ悪魔を2体撃破となればそりゃあ人間じゃない何かの仕業だと思うだろうな。
「にしても誰もいなくなるのはやりすぎじゃないか?」
「何か策があるんだろ。他のルートを見つけたか、大人数で行う魔法でも行使しようとしてるとかな。知らないが」
ベルがいらだったように声を荒げて眉をひそめているのがどうにも腑に落ちない。神々の策について何かしらの手掛かりを隠しているのか、それとも……
「んで、それとお前が変なのは関係しているのか?」
ベルの視線が眉間に刺さる。いつになく本心からイラついているらしい。
少しの衣擦れすらも耳につんざめくほどの沈黙の後、悪魔の口から言葉が紡がれた。
「洗脳まがいのメッセージを直接頭にぶち込んできやがった。何が神々の国ってんだ。あいつらのほうがよほど悪魔的じゃねえか」
片目をつむり顔をしかめて苦々しげにうめく。
ベルが他の悪魔の状況を入手できる分、その逆で他の奴らからベルに対しても何かしらの影響を与えることができるということか?
どちらにしてもベルが向こうに行くのはまずい。
「最下層に行くか……」
「そうですね。実力が伴うかどうかは不安ですが、私はダンテさんについていきます」
「その必要はない! 俺が死ねばいい話だ!」
合理的に考えればその案が妥当だろうが到底受け入れられるわけがない。情報源がなくなるという戦術面もそうだけど俺らを支えてくれていたやつが敵になるのはいただけない。
「少しの間これで耐えてくれ。『
ベルは首をカクンと落とすとゆっくり目を閉じて靄の中へ消えていった。
「大丈夫なんですか? 弱っていったように見えましたけど」
「精神の活動を停止させて休眠状態にしただけだから問題ない。それよりも最下層に行く準備するぞ」
えっなんかにらまれてるんだけど。
首筋に視線を感じて振り向くとリエルがムッとした表情でたたずんでいた。
「ベルさんには優しいんですね! 別にパーティにももっと優しくしてほしいだなんて思ってませんけどね!!」
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フライパン買ったら「錯覚」最強がバレた~自主追放後久しぶりに地上に出たら美少女勇者とダンジョン攻略することになってしまった。こいつ不法侵入者ですぅ!~ 紙村 滝 @Taki_kamimura7
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