第25話 貴族の成り下がり
「これでよかったんじゃな? 成り行きで事をなしているわけではないな?」
「大丈夫だ。どのみちルイが邪魔してくるのはわかりきっていたから逆に今潰しといてよかったよ」
ルイとの決闘が彼の名誉を著しく損なう形で即座に終了した後、俺は決闘の事後処理やいまだにあちこちに貼ってある骨董品みたいに黄ばんでいる俺の手配書の回収を依頼するためにギルドマスター室に戻っていた。
「だがなぁ。5年間も指名手配書を張り続けているようなやつが一度負けたくらいであきらめるとは思えんがの」
「そうだよなー。でも邪魔があいつ一人になったからよかったよ」
指名手配書が張られていた時はどこの誰が俺に気づいて金目当てに襲ってくるから地上では気が抜けなかったからな。
「でもあの“戦神”に勝つなんて……。いやダンテさんは悪魔を倒せるほど強いのはよく知っていますけどまさか戦争無敗の“戦神”にあっさりと勝てるとは思いませんでした。さすがですダンテさん!」
「帰ったらとことん酒飲むわよ。付き合いなさいあんたの祝福なんだから」
リエルの素直な誉め言葉もこそばゆいしヨハンナがニヤニヤしながら肩をたたいてくるのもぞわぞわする。
つああぁぁ!! 慣れねぇ!! うれしいけどね!
意味もなく火照った顔を隠すように天井を仰ぎ精一杯体を伸ばす。
っつあああぁやっと少しはゆっくりできるー! やっと、やっと酒が飲める……。いや最近酒が飲めるってなったら面倒ごとになるからあんまり思わないほうがいいか? でも無理だわ。一回休まないと悪魔化しそう。
一回気が抜けてしまうともう駄目だった。
全身の筋肉が弛緩しソファから立ち上がることすら不可能になる。
人をダメにするソファだよ。帰りたいけど帰りたくない……。
「気を抜きすぎるなよ。燃え尽きて次が出ないぞ貴族の次男坊」
人が達成感に浸ってんのに野暮なこと言ってくんなよ。
「わかってる。だけど休息は必要だろ。あとその肩書で呼ぶな反吐が出る」
俺の生まれが貴族だとしても俺自身は貴族じゃない。あいつらと同列に並べられるのは二度とごめんだね。
「貴族ってどういうことですか? ダンテさん、話せる範囲でいいですから教えてくれませんか? あなたのことをもっと知りたいです」
リエルが俺の正面に座りなおし、疑問を投げかける。
正面にいるのは彼女なりに誠意を見せたいんだろう。そういうところが……まあいいか。
「もう、うすうす気づいているんだろ。俺とルイは兄弟だ。んで父親は近衛騎士団の団長。“戦神”とか“剣聖”の家で俺は“錯覚”として生まれたから追放されたんだよ。家の評判を損ねるからってな」
本当に馬鹿げた話だよ。たいして“錯覚”の能力も調べてなかったくせに追放して挙句の果てに“錯覚”に負けてんだから。
やっぱ話すべきじゃなかったかな。リエルも表情が定まらなくて複雑な顔になってるし。
俺が後ろめたさと少しの後悔をかみしめているとおもむろにリエルから言葉が紡がれる。
「話してくださりありがとうございます。そこまで信用されていたことは、純粋にうれしいです。それでその、ダンテさんが貴族出身だったことには驚きましたけど私は態度を変えるつもりはありません。あなたとみんなと同じ目線で過ごしたいのです。これからも」
「なんかプロポーズしてるみたいですねー」
「ちょっとベア!?」
「おいこらローブ女ぁ!!」
せっかくいい雰囲気だったのに茶化すなよ!! リエルがちゃんと自分の気持ちで話してくれてたのにさあ!
「いいんですよー本当はダンテさんと二人でいたいって言っても」
「違うから! ダンテさんの前で変なこと言わないでよ! もう!」
見るからに顔が赤くなって慌てふためくリエルに嗜虐心がそそられたのか人の悪いニヤッとした笑みを浮かべてベアトリーチェが口撃を開始する。
「決闘を見ていたときだってダンテさん大丈夫かな、大丈夫だよね? ってずっと言ってたじゃないですかー。そんなに気に入ったんですか?もう、かわいいですねーそんなにむくれちゃって」
「……もう知らないです。ベア、3日は話しかけないでください」
「素直さを観客席において来ちゃったんですか?」
鬱陶しいほどベアトリーチェが絡んできて挙句の果てには首に抱きつかれて頭を撫でられてもリエルはそっぽを向いたまま。
「ローブ女、そこらへんにしとけ」
「何ですか? リエルはあげませんよ?」
「んなこと言ってねぇだろ!? ここに長居する必要もないから帰るぞ。ほら」
むくれたまま動かないリエルを引っ張ってギルドを足速に立ち去る。
「報告、忘れずに来いよー!! 待っとるぞ!!」
ギルドマスターに背中越しに釘を刺されながら俺たちはそろってダンジョンへと帰っていく。
「あの……ダンテさん」
「ん?」
「手が……」
ふっと自分の手元を見る。
俺の手がリエルの手と繋がって……
「ご、ごめん」
気づいてパッと手を離す。
この後隠しエリアに戻るまで俺とリエルの顔から熱が逃げることはなかった。
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【あとがき】
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