時空を超えることが出来たなら

燦來

時空を超えることが出来るの

「私、時空を超えることが出来るの」そう言っていた彼女がトラックにはねられてこの世を去って10年がたった。俺は彼女のことを少しずつ忘れていった。時間というのは残酷なもので記憶を不透明にしていく。俺はもう彼女の名前すら忘れてしまっていた。ただ、彼女が口癖のように言っていた「時空を超えられる」というフレーズだけが頭に色濃く刻まれている。

家が近所で誕生日が2日違いだった彼女と俺は中学生の頃にお付き合いをしているのではないかと冷やかされた。彼女は学校一の美少女で頭も良くて才能もあって面白くて男子にも女子にも評判が良かった気がする。俺は、中学生の時サッカー部のマネージャーをしてくれていた今の妻に思いを寄せていた。だから冷やかしがどうしてもいやで、彼女に俺にもう関わらないでくれと頼んだ。彼女はなく笑いをしながら了解してくれた。それが彼女との最後の会話だった。彼女は女子高に進学しチアリーディング部のキャプテンをしていたらしく何度か新聞で名前を見かけた。彼女は高校の卒業式の翌日、友達と遊んだ帰り道にトラックにはねられた。俺は両親に言われて彼女の葬式に行った。久しぶりに見た彼女の顔は気味が悪いくらい美しかった。俺が彼女から目を背けることが出来ずに見つめていると彼女は目を開くそして俺を見つめながら口を動かす。「私、時空を超えることが出来るの」


 ハッとして目を覚ますとそこは我が家で、先月生まれた娘が妻に抱かれていた。ようやく新婚生活に慣れてきた時からたまに見るようになった彼女の夢。まるで、幸せになるなと訴えるようなその夢を俺は何度見れば許してもらえるのだろうか。

「パパ、大丈夫?」

一昨日4歳になったばかりの息子が俺の顔を覗き込んだ。ひどい顔をしていたのだろう。額の脂汗を拭って大丈夫だと微笑む。息子も笑い返してくれてロボットのおもちゃをもってリビングへ走っていった。枕もとの時計を見ると8時半を示していてなかなかいい時間だった。俺は4年前に結婚して2人の子供に恵まれた。それなりに幸せな人生を歩んでいるつもりだ。彼女の夢さえ見なければ完璧な人生なのだ。

「パパ、公園行こ!」

息子がお砂場セットを持ってやってきた。妻のほうを見ると娘にミルクを上げていた。

「よし、行くか!」

そう言って息子を抱えると妻は、机の上におにぎりがあるからお弁当として持って行って、後で娘を連れて向かう。と言ってくれた。俺は机の上にあるおにぎりをカバンに詰めて公園へと向かった。


 5月の風は生ぬるくて少し気持ち悪かったが息子はそんなこと気にしていないようだった。公園が近くなると息子はテンションが上がったようで走り出した。危ないぞ。そう声をかけようとしたときに視界の端にフラフラと走行するトラックが見えた。凝視すると人が乗っていなかった。公園と俺の家は緩やかな下り坂になっていてちゃんと止め切れていなかったトラックが傾斜を下ってきているらしかった。冷静に分析したころにはトラックはどんどん迫っていた。俺は走って息子を抱えた。背中に衝撃が走った。誰かの家の壁とトラックの間に挟まれ俺は朦朧としていた。消えゆく意識の中で息子が泣きわめいているのがわかった。全身が痛くて息子に声をかけることすらできなかった。彼女もこんな感じだったのだろうか。そう思いながら意識を手放した。


 目が覚めるとベッドの上だった。だが、見覚えのある天井だが見慣れた天井ではない。この天井何処で見たのだろう。そんなことを思っていると部屋の扉が開いた。そこに顔を出したのは俺が通った高校の制服を着た彼女だった。

「ひなた!はよ学校行くよ!いつまで寝とるの!」

そう言って容赦なく部屋に入り込み窓を開ける。俺は理解が出来なかった。

「ひなた!!なにしてるの!今日日直でしょ!早く!」

「ねえ」

俺は意を決して口を開いた。

「お前、誰やっけ」

そう尋ねると彼女はゆるりと口角を上げて近づいてきた。そして俺の耳元で

「時空を超えることが出来る、瀬尾美優。あなたの彼女だよ。」

俺は目を見開いた。そして彼女を美優を突き飛ばした。

「なに?いきなり。」

「俺の彼女は、日葵だ。」

そういうと彼女は面白そうに楽しそうに笑った。

「日葵ちゃんは、ひなたをこの時空に戻すときに犠牲になったよ。」

「これで、ひなたの彼女は私だね。」

俺はぞっとして居ても立っても居られずに何を思ったか窓から飛んだ。2階から飛んだところで死にはしないと思ったのだが悪い夢を覚ますには効果的だと思った。幸か不幸か飛び降りたタイミングで走ってきたトラックにぶつかり俺の意識はなくなった。


 目が覚めると時計が一面に飾られた怪しすぎる部屋だった。怪しすぎる部屋を歩いていると止まっている時計を3つ見つけた。触ろうと伸ばした腕を誰かに掴まれた。彼女だ。

「ひなた。私が彼女なのいやなの?」

俺は言葉に詰まった。嫌なわけではなかった。ただ、彼女と彼氏という関係に彼女とはなりたくなかった。

「私ね、ひなたがずっと好き。ごめんね、意地悪した。私ね。ほんとはね時空なんか超えられないよ。ひなた、オカルト好きだったからそう言ったら好きになってもらえるかもって思ったの。ひなたにずっと謝りたかった。私がそんな嘘をついてばらすこともなく死んじゃったからひなたが夢で苦しんでいるの謝りたかった。私、ずっとひなたを見てたんだよ。日葵ちゃんと楽しそうな姿も幸せそうな姿も。羨ましくてたまらない。でも、ひなたの幸せは私の幸せでもあるの。そう思えるくらい恋をしてたの。今でも。これも、さっきのも全部タダの夢。目が覚めたら、幸せな日々だから。一瞬でも彼女になれて良かった。ひなた、幸せになって。」

ハッとして振り返るとそこには誰もいなかった。俺は何もしていないのにまた眠るように意識が落ちていった。


 目が覚めると、トラックが少し動き出したところだった。俺は息子の腕を引っ張り近くの家の庭に入った。

「パパ?何しているの?」

「大丈夫。」

そう息子に伝えて頭を撫でてやる。しばらくすると衝撃と何かがぶつかる音がした。家の主が驚いたように飛び出していった。俺もそのあとを追いかけて道へ出ると少し奥の家の壁に無人トラックが突っ込んでいた。幸いけが人は出なかった。ほっとしたとともに少し奇妙なことに気が付いた。俺は、確かにトラックにぶつかった。なのに今はぶつかっていない。もしかすると、彼女は美優は時空を超えることが出来るのではなく時間を操れたのかもしれない。そんなことを思いながら腕時計を見た。まだ起きてから1時間もたっていなかった。

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時空を超えることが出来たなら 燦來 @sango0108

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