第2話薫の日常

新しい職場では、週3日は大学病院で勤務して外来をこなす。3年目にもなると研究する時間も取れている。他の日は自身が副院長を勤める実家の病院で勤務する。実家は副院長とは名ばかりで外来も対応するし、救急も手伝う。相変わらず勉強の毎日だ。母親は経営力を身に付けて欲しいと言っているがまだ取り組むには余裕がない。結構バタバタしてゆっくり考え事をする時間が無いのだ。「いきなり無理をすると倒れるぞ」父親は心配するが、前の勤務地を思い出さない位に忙しくしたかったのも薫の希望だ。3年ほど経って、今の環境に慣れ始めた頃、久々に縁談話が持ち上がった。何でも入院中の患者の孫の嫁にと事だった。「その気が無いので」と断ったものの実家の病院へ連絡して母親にも勧められて「その気が無いから」と断るのに大変だった。年頃でもあるし、結構見た目も悪くない方だと母親は俄然推してきたが「嫌だ」ときっぱり断った。「薫は好きな人がいるの?」「いないわ」「それなら会うだけでも良い機会でしょう?」「その気がないのに会う方が先方にも失礼だと思うわ」「折角、良いお話なのに…」「そんな余裕無いわよ❗私は、今勉強することいっぱい有るのよ」「そんな事言ってたらいつまで経っても結婚できないわよ」「最悪しなくても良いわよ。私は」「何言ってるのよ。必ず結婚はさせるわよ」「そんなにむきにならなくても好きな人が出来たら結婚するだろう。暫く様子を観なさい」父親の言葉に冷静になる二人だった何を焦って結婚させようとしているのか薫には母親の言動が理解できない。確かに同級生達は結婚して子供がいる者もいるが、医者としてのキャリアが未熟のままでは結婚など、ましてや子育て等現実的ではない。無理なのだ。ほっといて欲しいところだ。朝から出掛けに母親と良い争いをして気が滅入る。こんな時は、文野さんだ❗『おはようございます。文野さん。朝から母と揉めてLINEしてます。愚痴なので聞き流して下さい。』と見合い話を断って母親と揉めた内容を打ち込む。しばらくして文野から返事が来た『親御さんの心配はごもっともです。でも興味の無い方と会うのはストレスですね。ご縁があれば今は断ってもまた出会うチャンスがあるでしょうね。だから今は自分の進みたいように進むのが一番ですよ。』「はぁ、やっぱり文野さんだわ」薫は文野との連絡だけはずっと続けている。気になることは外にもある。でも聞いてはいけないのだ、私に尋ねる資格は無いのだ。薫は自身に言い聞かせる。文野は夫である修司の事子供達の事を愉しく伝えてくれる。それに対して薫自身は今回のような母とぶつかった愚痴や勤め先での出来事を伝えるだけ、楽しい内容が伝えられることがないのだ。やはり見合いをして誰かとの出合いを報告するべきか?文野さんもきっとつまらないだろうなぁ?こんな内容ばかりじゃぁ…反省しきりの香である。彼の事は忘れなくちゃ、元同僚ただの友人なのだから…

ただの友人…木島良平は、今どうしているだろう?文野の連絡にも一切触れていないのでわからない。確か国家試験には合格してリハビリの仕事に就いていると帰郷間際に聞いた。お互いに新天地で頑張ろうねと声を掛け合った

もう3年になる。木島さんは、面倒見も良いし、人柄も良いし、公私ともに順調であるはずだ。こっちはぜんぜん進歩してないけれどやれやれ今日は朝から母と言い争ったせいでネガティブになってしまった。彼は彼、私は私だ。


ここはある体育館。時刻は5時過

一人の男性がパソコンに入力している。そこへ「こんにちは少しお時間いただけるかしら?」上品なスーツを着こなした女性が立ち止まった「ご無沙汰してます」男性は慌てる様子もなくにこりと笑った「5分程お待ちいただけますか?」「ありがとうございます。では1階の喫茶室でお待ちしてます」「分かりましたできるだけ早く」「イイエ。キチンと終わらせていらしてください。約束があった訳じゃないですしね。こちらの都合に合わせる必要はありませんよ」そう言って立ち去った

5分後男は喫茶室に現れた「ここよ❗」気さくに手を上げて先程の女性が声をかけた「お待たせしました」「イイエとんでもない。こっちが押し掛けたんですもの。コーヒーで良いかしら?」ウエイトレスにコーヒを改めて2つオーダーして席に着いた「改めてこんにちは香月薫の母です」「護符沙汰してます。木島です」「お元気そうね。お噂は予々耳に入っているわ。」「噂は噂でしかないですよ。薫先生もお元気ですか?」「ええ相変わらずです。木島さんは、かなりの高評価を受けているのね?」「そうですかぁ?僕は特に聞かないですよ?」「今度うちにもきて貰えないかしら?」「スカウトですか?」「エエ今度うちもリハビリテーションを始めるの。今までよそに転院して貰ってたんだけど、薫も居るしうちの病院に施設を併設しようと思うの。患者さんに安心して通って貰えるしね。」「許可の申請は済んでるんですか?」「もうすぐ許可も降りるわ。施設も着工間近だし」「薫先生に僕の事を話してあるんですか?」「サプライズにしようと思って内緒なのよ。」「サプライズって…怒っちゃうかもそれませんよ?」「薫が木島さんの事をずっと好きなことは知ってるわ。」「そうでしょうか?」「私の娘よ?ずっと見てきたもの。自分は実家の病院を継がなきゃいけないって自分の意思を抑えて貴方にも恋愛相手になれないって宣言して…バカ真面目な娘なの。」「恋愛でなくても見合いで伴侶を探す可能性もあると思いますけど?」「何度か縁談の話しはあったのよ?全部お断りしたわ」「まとまらなかったんですか?」「薫がその気にならないって。見合い写真を見もしないし、釣書も見ないの。」「先方が気の毒ですね。」「本当よ。薫に言わせると断られた人と会ったときに気まずくなるって。お互いに知らない方が自然で居られるでしょうって言うの」「屁理屈ですね。」「先方は薫を知っているんだもの。その気になってももう遅いわよねぇ。」「…薫先生らしいですね。元から絶つタイプ、変わってないです」「元から絶つって?」「僕の時もそうでしたよ。実家を継ぐからここで恋愛は出来ないって始めに釘を射しちゃうんです」「まぁ。だから貴方とも良い友達止まり?」「だって本人の意思が固かったんですよ❗僕だって薫先生って可愛いし健気だなって想いましたよ?」「私は木島さんが薫を引き留めてくれたらっておもったのよ?」「そうなんですか?でもあの頃の僕はなにも出来ていなくてあの頃薫先生を好きだって言っても相手にして貰えなかったでしょう。だからその為に勉強して認められるように頑張ってきたんですよ」


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