薫のこと

のぼり

第1話約束は守る

3月31日を持って勤務していた病院の契約を満了して薫は退職した。元々、父親の感違いから始まった出会いであったが楽しい1年弱だった。研修期間を終えたら実家に戻り予定だった薫にとっては色々な意味で考えを改め、他人との出合いと繋がりに感謝する機会であった。勤務は実際3月20日には終了し、部屋の後片付けや知り合いへの挨拶、また4月から勤務の始まる大学病院への挨拶就職の手続きに終われてやっと31日に改めてお世話になった方々へ挨拶を済ませるととんぼ返りで実家の在る街へ戻るというハードスケジュールをこなした。4月からは実家の病院でも副院長という職務をこなしながら大学病院へも週3日勤務するというハードな勤務だ。実家の病院は父親が院長。母親が理事長、妹夫婦も看護師と医者として働いている。薫は週2日の勤務と土日の急患を見たり入院患者のフォローにあたっている。

新しく覚えることが一杯で前の勤務先のことを思い出す時間がない。いや思い出すと寂しくなるのであえて忙しくして日々を過ごしているの方が正しい。

「香月先生はアメリカに留学してたんですよ。」新しい職場の同僚との会話である「ええ2年間ですけど」「愉しかったですか?」「楽しい?研究に打ち込めた充実した2年間でしたよ」「あっ痛い、これは真面目ちゃんかぁ…」同僚の伊丹は、わざとらしく頭を抱える「逆に研究以外に何を?」「フフフ、いや香月先生ほら、面白い経験とか体験とか無かったぁ?」「面白い体験ねぇ。特には、無かったような…。」「駄目だ、こりゃあ。例えば格好いいDr.と知り合うとかさぁ…」「そんなドラマチックな事そうそう有りませんよ。お年を召した方が多かったので知り合うと言うよりはご教授戴いてました」「若いスタッフとかは?」「私の居た研究室は余り見かけませんでしたよ。」「そうなの?変だなぁ、僕の知り合いは同じ研究室に居て、誘っても誘ってもガードが固くてデートも出来なかったって言ってたよ?」「他の方と勘違いされているのでは?」「いいや。間違いなく君だよ。写真もある。見てみる?」「どれどれ…。へぇ可愛いじゃない?大和撫子っぽい」他の同僚も、会話に入ってきた「そんなこと無いですよ❗ただ髪を切るのが面倒で宿舎で前髪だけ切ってたから延び放題だし、化粧もしてないし。」香が笑って答える「ほらここに写ってるのが僕の友人エドウィンだよ。覚えてる?」「Dr.マーカス?」「そうそう、知ってるじゃない。彼から良く誘われなかった?」「さぁ…。記憶に無いですよ」「ええこんなイケメンなのに、気づかなかった?」成田が伊丹と一緒に面白そうに見ている「いやぁ、日本人に興味本位で声をかける方は多いですよ。でもそれだけですよ?」「結構エドは香月先生に興味があって声を掛けたり、食事に誘ったらしいよ?」「そうは見えませんでしたけど?」「研究レポートを書いているのでスミマセンって断られったって言ってたよ」「ああ確かに…でも本当にレポートを書くのが忙しくて、本当に忙しかったんですよ。論文を2つ以上書くのが最低目標だったので」「ノルマ?有ったの」「いえ自分に課していたので」「本当に真面目ちゃんだなぁ」「折角勉強に行けたので精進しないと…。時間が勿体でしょう?」「でもたまには息抜きが有っても」「息抜きですか、そうですね、同じアパートにいる方とお茶したり、食事したり。お酒は苦手なので自室以外では飲みませんでしたよ。」「旅行は?」「遊ぶなら自分で出したお金で行きますよ。公費で行かせて貰ったのでそんな贅沢は許しません」「でもさ、その頃とは雰囲気が違う気がするなぁ」「もう帰ってきて4年ですよ?いくらか成長はしたんですよ」「3月まで他の病院にいたんでしょう?」「はい。父の指示で修行を…。」「腕試しだなぁ」「とんでもない。実践力を付ける修行です」「うちもそうでしょう?」「はい、継続中です。こちらで勤務していない時は実家の病院で勤務するので即戦力にならないといけませんから」「はぁ。君跡取りなんだっけ?」「おそらく…」「じゃあこっちで婿さん探し?」「いえそのつもりはないです。こちらでは最先端の医療を学ぶためです。」「お婿さんは?」「両親が探してくれています」「自分の好みとかは?」「私が好きになれない方を選ぶことは無いです」「ヘェ…香月さんのご両親はお見合いじゃないの?」「私も祖父が引き合わせたと思ってたんですけどその前に留学先で、出会ってたんらしいです。帰国後に祖父がたまたま父を紹介して結婚がすぐ決まったらしいです。」「留学先で、付き合ってたの?」「さぁ、お互い帰国するまでは数少ない友人の筈ですから食事位は、したんじゃないですかね」「親の恋ばなって恥ずかしくて聞けないよね?」「母は運命を感じたと言っていました。父は驚いたと言ってました」「聞いたんだ?恋ばな」「うちの両親は今も仲良しですよ。娘の前でも平気でいちゃついてます」「…。そうすると薫先生みたいに冷静な娘に育つのか?」「冷めてますか?」「クールすぎるでしょう❗」「気を付けます」「でも患者さんの対応は凄く軟らかで評判が良いよ。」「修行の賜です」薫はふっと窓の外を眺め、前の勤務地を思った

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