第22話

 城に戻るなり、ユリウスは自分の部屋に閉じこもった。先ほどの言動は王妃の口から父に伝えられ、さぞや非難されているだろう。だが他の方法は思いつけなかったのだ。

「誰か一人でも、それでは嫌だと言ってくれる人がいて欲しかった」

 他の女と同じ扱いを受けるほどなら、妃になどなりたくはない。そう思うほどの強欲な女が欲しかった。ユリウスの愛を独り占めにするのでなければ、耐えられない。そんなプライドの高い女が。

「女たちから見れば私なんて、玉座についた飾りに過ぎないのかも知れない」

「そんなことはないと思うよ。アリス姫やセイリーンなんて結構マジに見えたけど」

 とエセルは否定し、ガブリイルも宥める。

「クインティアの殿下に対する忠誠心は、ホントの騎士かと思いましたよ」

 エセルやガブリイルはそう言って慰めてくれるが、女たちの自分に対する好悪は、一番自分でわかっている。特に幼いアリスの変化が著しかったように思う。最初は熱に浮かされたような目つきをしていたが、最後にはその表情はあからさまな失望で占められるようになった。無理もない。興味がなかった。最初から、アリスだけではなく、あの女たちを妃にする気などなかったのだから。

 ユリウスの方がそんな曖昧な思いでいるのだから、彼女たちがユリウスを特別に思わないのも当然だった。



「でも殿下、ホントに一度に三人も?」

 ガブリイルはそこに関心があるらしい。

「大変ですよ。精神的にも。殿下みたいなお方は、女に振り回されるのがオチです」

 実感にまみれている。ガブリイルはカレンとのことを本気で考え始め、これまでの腐れ縁の女たちとは手を切ることにしたのだが、その騒がしい醜聞はユリウスまでも耳にしていた。

 ガブリイルが「ひとめぼれだった」のは嘘ではなかったのだが、カレンは「外見や第一印象を褒められても嬉しくない」という面倒な女であるため、「だから何? 見染められてありがたがれとでも?」と玉砕だった。

 現在は「今は恋愛が必要なタイミングではないんですよ」「クインティアのような強くて優しくてまっすぐで、頼れる殿方が理想です」とお茶を飲みながらロレンスと会話している。

 王子の教育係の一人がとんでもないことをしでかしたことで、立腹していたロレンスは「では彼女のような男性がいたら、紹介しますね」とガブリイルに当てつけるようなことを言って、憂さを晴らしている。


「殿下に三人の妃を平等に扱うなど、器用なことができましょうか」

 屋敷から戻ってもロレンスは怒ったままで、口を開くたびに説教になる。

「わたくしは今、自分が殿下の教師として力不足であったことを恥じています」

「それは私が、あの三人を選んだから? 一人を選べなかったから?」

 ロレンスが責任を感じているのは申し訳ないが、ユリウスは彼のせいだとは思っていなかった。それは教育係の管轄ではない。

「ご自分の決断が国家にとって、どれだけ影響を持つのかを教えなかったこと。そしてわたくしが専門外であることを理由に、殿下に恋愛についての教育を遠ざけて殿下自身の幸せを慮らなかったこと」

「それはロレンスのせいでもないし、そっち方面に詳しそうなガブリイルだって全然

お手本にすらならないんだから、仕方ないよ」

 エセルが慰めのつもりかもしれないが、年上の恩師たちを当てにしていない様子で言う。

「王子の16歳の誕生日に結婚相手を選ぶってのが、この国のしきたりなんだから、恋愛は不要だよ、それはロレンスのせいじゃないよ」

 ユリウスは運命を嘆く資格はなかった。自分は王子で、自分の出した結果には、責任を取らねばならない。

 嘆くだけで何もしなかったのだ。これから努力をして、それでもどうしても駄目なら彼女たちに謝るしかない。




「セイリーンは別に、王子じゃなくたって金持ちと結婚すれば幸せになるんだろ」

 料理をするセイリーンから皿を受け取りながら、クインティアが尋ねた。

「なに今さら。否定はしないけど」

 先日のお茶会で出された軽食のキッシュをあり合わせの材料で真似してみた。なかなかの再現率だと思う。

「セイリーンはユリウス王子に幸せにしてもらえるのかもしれないけど、王子はセイリーンに幸せにしてもらえるのかな」

 ここで「お前の本当の美徳をわからないような男と結婚して幸せなのか」と説教をされたら「あんたの人生になんか関係あるの?」と言うところだが。セイリーンの幸不幸については無関心なのがクインティアらしい。

「肖像画や馬車で通り過ぎる王妃様を見た人たちが皆、『美しいお妃様で、王様は幸せだね』って言われることが、王様にとっての幸せなんだと思ってるんだけど、違う?」

「……間違ってないような気はするけど、それは違う」

 一体どっちなんだ、という返事だ。これまで寡黙だったクインティアにしては、ずいぶんと噛みついてくる。そもそも決定に文句があるのなら王子に言うべきだ。

「綺麗なお妃さまをもらって、後継ぎの供が生まれることが、王様の幸せでしょう。だからああいうパーティーで結婚相手を探すんだし」

 クインティアは否定したそうだったが、国民から見たら結局そのあたりが「幸福な王家」であるので、考え込んでしまった。

「わかった。今までがそうだったからといって、それでいいわけではないんだ」

 クインティアは「あの方法が時代遅れだと思わない? 王子自身が全然興味ないのに、無理やり決めさせられて、結局は該当者なしなんだし」と言い出した。

「なによ。そこから話をひっくり返す気? 私は絶対お妃になるし、私と結婚すれば

王子は幸せになるって保証するわよ」

「そうだったとしても」

 クインティアがもどかしそうに言った。「正しくない」

「やりたいわけじゃないけど、あたしは美味しいご飯つくってあげるし、何人でも子供生んで育てるつもりだし、いい奥さんになると思うよ」

「殿下にとっての都合がいい奥さんじゃない。殿下を一人の男として愛せる女性かどうかだ。セイリーンは違うだろ」

「何なの。今さら愛だのなんだの。クインティアの好みがそうなの? 自分を愛してくれる人じゃなきゃ、結婚したくないとか」

「……え……普通はそうだろ?」

 意外なことに、クインティアはひどく傷ついた表情をしている。

 え、そうなんだ。クインティアのようにお堅い性格をしてても、そういう夢を見るものなんだ。

 だって本当は王子がどんな人だかわかんないのに、愛せるかも何もないじゃない。

顔はいいしかっこいいとは思うけど。たぶん好きになれると思う。

「殿下より金持ちで男前が現れたら、そっちでもいい、というような女がこの国のお妃になって欲しくない。自分の国の国王が、愛してくれる人がいないなんて、臣下として嫌だ」

 残念ながら、セイリーンには否定できなかった。別にユリウス王子を愛してはいなかったからだ。




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王妃シンデレラの花嫁候補たち ときわ はな @makaria

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