説明なんて④

 高校のクラスなどというものは、一体何のためにあるんだろう?仮に1つのチームだとしても、今どきこの歳になって、この時代になって、共通の話題なんてあるはずがない。あったとしても、誰かの色恋沙汰か、横浜のグルメ情報だけである。どちらにも興味は無い。


 いわゆる仲良しグループのようなものはあったとしても、というか、あるのは当たり前なのだけど、その程度なのだと思う。自然発生的。だから、クラスという単位は、あくまで管理する側の理屈によって成り立つものなのだ。まとまっていた方が、管理しやすい。


「ねぇ、あなた…?荒崎…さん、、だっけ…?」

 高校のクラスなどというものは、一体何のためにあるんだろう?私は管理される対象でしかないのに、声を掛けられた。自然発生的。


「何か…あなたの噂だけよく聞いているんだけど、、あのさ…」

 放課後。ホームルームも終わり。まだ明るい。カーテンから、光がさす。


「ちょっとさ、詳しく聴かせてよ…この後、時間あるでしょう…?何か妹も世話になったみたいだし」

 詳しく聴くも何もない。特に印象もないのに、文化祭の日を境に途端に腫れ物に触るような扱いを受けているのだ。そして、妹「も」と言っているのは、どういう意図なのだろう?あの日の缶蹴りのことを覚えているのだろうか?

===

「でさ、私は普通にゴミ出ししてさ、駅に向かっていただけなんだけどさ」

「はいはい」

「そのタイミングでゴミ収集車が来たんだよね」

「それは丁度良いじゃん」

「まぁね、私のゴミ出しの時はいいんだけどさ、結局駅と同じ方向にゴミ収集車も動いていくのよ」

「はいはい」

「でさ、あぁいうのって、ゴミを収集する人がさ、車に乗らずにそのまま走って車を追いかける時ってあるじゃん?」

「あーそうだね。そっちの方が効率的なんだろうけどさ、結構大変そうだよねぇ、走っている人」

「そうだよね~でさ、ゴミ集積場でゴミ袋を車に突っ込んで、走って、でまたゴミ集積場について…ってやってるんだけど、それが私の歩くスピードと一緒なの」

「あ~ちょっと嫌だね」

「そうそう、別に誰が悪いって訳じゃないんだけどさ、少し気まずいじゃん?ちょっとおじさんと目が合ったりして…まぁそれはお前の考えすぎだよ!って思うかもしれないけどさ、」

「いや~何となくわかるよ。こっちが合わせている訳じゃないけど、偶々タイミングが合っちゃううってやつ」

「あ~やっぱり荒崎も経験ある?」

「ゴミ収集車と並んで登校した経験は無いんだけど、う~ん、あ、ごめん、特に無いわ。でも、なんとなくわかるよ」


 私には経験が足りない。経験が足りない私に、七島は絡んでくる。ていうか、めっちゃ絡んでくる。こいつこんなに喋るんかい。


 缶蹴りの時は妹アロハに対してかなり突っ張っていて、普段学校で観る時はバスケ部の部長然としている。その上で、私には色々話しかけてくる。問わず語りの七島実咲。バスケ部のオフの日であり、私も特にシフトが入っていない。毎週金曜日。選択B教室に、何故か私たちは集まるようになった。

=== 

 今年の文化祭は、一生忘れられない出来事になった。

舞台脇で出番を待っていると、外が騒々しくなった。覗いてみると、体育館の後方がコーラまみれになっていた。コーラまみれ。


 そして気付いたら、妹がコーラまみれだった。驚くと共に、容疑者は誰だろう?こちらからは顔は見えない。

ただ私の心配をよそに、妹は茫然としている。そして、少しニヤニヤしながら、容疑者を指さす。怒っているようではないみたいだった。


 次第に妹は笑い出す。人を信じ切った顔。あんな笑顔、私は久しぶりに見た。どこかで安心した。そして、容疑者と思しき生徒は、すぐさま妹を連れて逃げ出した。辺りは騒然としている。ペットボトルのジュースが何本も開けられていて、多くが倒れて、中身があふれ出していたからだ。BL劇の最中なのに、目の前の事態に為す術が皆無いようだった。


 人生には、全ての理屈を越える瞬間がある。説明なんてつかない。他のことが全てどうでも良くなる時が。


 「忘れられない出来事」というのは、こういうことを言う。事態は何とか収まり、私たちは予定通りパフォーマンス披露したけど、正直どうでも良かった。他の全てがどうでもよくなったなんて言ったら、きっと藍李に怒られるだろう。それでも、私はあの景色を忘れないのだ。


 久しぶりに、私も笑った。

===

「ねぇ、あなた…?荒崎…さん、、だっけ…?」

 私らしくない。わざわざ妹から事情を聴取して、自分から話しかけに行くなんて。しかも、前に缶蹴りでも一泡吹かせられていたなんて。


「何か…あなたの噂だけよく聞いているんだけど、、あのさ…」

 私らしくない。こんな白白しい素振りで、初対面の人に話しかけるなんて。

 放課後。部活がオフの金曜日。普段はそそくさと家に帰るけれど、今日は違った。


「ちょっとさ、詳しく聴かせてよ…この後、時間あるでしょう…?何か妹も世話になったみたいだし」


 こんな言い方、まるで「友達になってよ」と言っているようなものだ。「友達になってください」なんて、言葉として意味不明だ。人間関係は、自然と決まる。それを言葉1つで決めてしまおうなんて、間違っている。それでも、私は言いたかったんだろう。


 後にも先にも、自分から人に興味を持ったのは、これが初めてだった。

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荒崎さんはかたむける!~帰宅部陰キャの私がこじらせ陽キャのあの子とキスなんてするはずない~ 水本エイ @mizumoto_h2a

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