第59話 虐待って、もしかして

「うっ……それって本当に食べられるのよね?」


「何事もチャレンジだよノナちゃん!」


 修行がてら仕留めたタコ型モンスターの脚を焼くレナとノナ。

 青白く光る触手が食欲をそそらないこと甚だしい。


「くくっ、レナは意外にゲテモノ食いの趣味があったか」


 パチパチと爆ぜる焚火の音が耳に心地よい。

 俺は持参したグラスに注いだ魔界ワインを一気に煽る。

 適度なアルコールが喉の奥を熱くする。


 どうにもならない事にくよくよ悩んだって仕方がない。

 ジール王国を手中に収めた俺様の覇道は順調なのだ。


「ま、何とかなるか!」


 俺はワイングラスになみなみとおかわりを注ぐと、一息で飲み干す。

 数ある魔界ワインの中でもアルコール度数の高い逸品である。


 ワインの事はよく分からねぇが、俺の思考を侵食していた悩みごとの数々が取るに足らないことに思えてきて、いい気分だぜ。


「ぎゃ~!? な、なんか汁が出てる!?」

「これはお出汁だよノナちゃん!」


 視線の先には焼きあがったタコ型モンスターの脚を押し付け合ってわちゃわちゃ騒いでいるレナとノナがみえる。

 なんとも微笑ましい姉妹の光景だ。


 ああそうだ。

 最近はアイツらの特訓が最優先で、”虐待”をしていなかったからな!

 とびきりの”虐待”を食らわせてやれば、俺の気分もスッキリ、ドMのアイツらも喜ぶってもんだぜ!!


 俺はゆらりと立ち上がると、二人の方へ向かう。


 ……だがどうした事だろう?

 いつもなら瞬時に数十種類の”虐待法”が頭の中に浮かぶはずが、何も浮かんでこない。

 代わりに浮かんできたのは別の想いだった。



 愛しい。抱きしめたい。



 いつもの羞恥虐待とは違う、純粋な感情。

 残虐な魔王候補としてありえない感情だった。


(どうしちまったんだ、俺は?)


 幼い時に感じた母の腕の中を思い出す。

 魔王を志した時に捨て去ったはずの感情。


(やっぱり、無意識に不安を感じてるのか!?)


 最恐残虐な魔王として、恐怖の対象でなくてはいけない。

 理性ではそう理解しているのだが、自分の感情が全く追いつかない。


 ザッ……


 何をするか決まらないまま、レナノナの目の前まで来てしまった。


「ふおっ? 寝る前に一発かまそーってハラですな、おにーさん?

 レナちゃん的にはスイーツ虐待を希望しますっ!」


「あっ、ずるいレナ姉! あたしが先よっ!」


「…………」


 わちゃわちゃとじゃれ合うレナノナ。

 何をするべきか、何も思い浮かばない……俺は衝動のままに。


 だきっ


 ふたりを優しく抱きしめた。


「ふ、ふえっ!?」

「ガ、ガイ? 何を?」


 俺が何か具体的な虐待を仕掛けると思っていたのだろう。

 警戒の構えを取っていた二人が、俺の腕の中で目を白黒させている。


 なでなで


 衝動のままに、二人の頭を撫でる。

 極上の撫でごごちはいつも通りだが、今まで感じたことのない多幸感が俺の全身を襲う。

 なんだろう、俺の心の中にわだかまる不安が溶け消えるような。


「ふにゃっ……その顔は反則だよお兄さん」

「いつもの羞恥虐待なの?」

「でもでも、そんな優しい目で見つめられたら……」


 なに?

 この俺が”優しい”表情をしているだと!?


 ふたりの声に、慌てて傍らに置いたワイングラスの方を見る。

 真っ赤なワインが注がれたワイングラスには、穏やかな表情で微笑む俺の姿が写っていた。


 馬鹿な!?

 恐怖の大魔王を自負しているこの俺様がどうしたことだ!?


「あうぅ……おにーさんはいつも優しいけど、これは不意打ちだよう」

「くっ……この攻め方は新しいわね、離れられなくなっちゃう」


 ほら見た事か。

 ドMのレナノナも意気消沈して下を向いているではないか。


「えへへ……」

「暖かいな……」


 ぎゅっ


 ……いや、そうではない。

 ふたりは嬉しそうな笑顔を浮かべ、俺様に抱きついてくる。

 この顔は見たことがある。

 いつも飽食虐待やら買物虐待やら仕掛けた時にも、精一杯の抵抗を示した後、この顔を浮かべていた。


『我々魔王族には他世界の種族を支配し、救済する責務がある』


 オヤジの言葉が脳裏に浮かぶ。

 まさか、今まで俺が虐待だと思っていたことは、コイツらにとって……。


「うっ!?」


 心はとても満たされている。

 ……だが、身体の奥からなにかが流れ出していくような?


 くらっ


 この俺が、眩暈を?

 レナノナの様子に当てられたのか?

 ああくそ、頭の中が混乱している……これは。


 バシュンッ!!


「なんだ!?」


「「わわっ!?」」


 俺がとある可能性に思い当ろうとした時、目の前に一条の雷が落ちる。

 中から現れたのはボロボロになった魔族の女。

 コイツの顔、どこかで見たことがある……ミルラの世話係か?


「お前はミルラの……?」


「は、はい……ごほっ。

 わたくしはミルラお嬢様の侍女のジータでございます」


「お、お嬢様が……ザンガに。

 なにとぞ、お助けを……」


「!!」


 それだけ言うと、女魔族は気を失ってしまった。


「ガイ……」


 不安そうに俺の腕をつかむノナ。

 どうやら、良くないことが起きているようだ。

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最強魔王(※善悪観念逆転)俺、拾った獣人姉妹が何をしても笑顔になるのでもっと酷いことをしようと思う ~だから救世主じゃなく魔王なんだが?~ なっくる@【愛娘配信】書籍化 @Naclpart

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