第58話 生まれた違和感
「ガイおにーさん、くらえっ!」
ばすん!
波打ち際で魔術の触媒となる黒水晶を探していた俺の後頭部に、革製のビーチボールが直撃する。
レルムーラ島に到着した俺たちは、海に面した高台にテント(3LDK)を建て、さっそくビーチに繰り出していた。
”呪われた島”の異名を持つ島らしく、島の中心部には噴煙を上げる火山がそびえ、飛行魔獣共が飛び回っているが俺たちの敵ではない。
結界魔術は展開済みだし、目の前に広がる青い海は掛け値なしに美しい。
あ? 探しているモノがガキっぽいって?
黒水晶は俺たち魔族が使う術式の精度を上げてくれる優れた素材だ。
魔界通販で取り寄せてもいいが、最近ガーゴイルの数が足らないらしく、配送に時間が掛かっているからな!
現地調達も大事な事だぜ!
まあそんなことより。
レナの奴、なかなかの剛速球だ。
振り返ると悪戯っぽい笑みを浮かべ、第2球の投擲モーションを取ろうとするレナが見える。
最初に出会った時に比べ、かなり背が伸びただろうか。
痩せていた身体にも女らしく適度な脂肪がついている。
それでいて全身を覆う四天王にふさわしいしなやかな筋肉……くくっ、とある一部分は成長していないようだがな!
くくっ、格闘術をメインで鍛えてやったんだから、当然だと言える!
「あ、あれっ!? まさか姉妹格差拡がったのはおにーさんのせい!?」
「くらえっ!!」
ぶおんっ!
なぜか額に青筋を浮かべたレナは、先ほどより気合を入れてビーチボールを投げる。
ずごごごご
充分に鍛えられた肩から放たれたビーチボールは世界を狙える速度で俺に迫る。
やるなレナ!
だがっ!
ずざっ
俺は両脚を肩幅に開くと、僅かに腰を落とす。
ミルラを実験台に鍛えた魔界ビーチバレーの腕、見せてやるぜっ!
「お前の」
「魅力は」
「胸じゃないぜ!」
「ふ、ふおっ!?」
魔王ガイの誇る四天王がひとり、レナ。
俺様の虐待覇道に対する解像度の高い理解度とノリの良さ、モフモフの撫でごごちの良い頭がレナの魅力だぜ!!
言葉と共に大きく振りかぶると、なぜか顔を赤くするレナ。
ばこんっ!
ずごごごごごご……すぱこ~んっ!!
「ぬはっ!?」
神速のカウンターで打ち返されたビーチボールに吹っ飛ばされるレナ。
くく、相変わらず見事な吹っ飛びぶりだぜ!
「なんかちょっとずるい……」
なぜか羨ましそうに砂浜に伸びた姉を見つめるノナ。
心配すんな、ノナにも食らわしてやるぜ!
「ちょ、まっ!? 恥ずかしい言葉は無しにしてっ!」
「ノナ! お前の魅力はリアクションが面白い所とぷにぷにの腹だっ!
その抱き心地は魔界最高の柔らかさと言われるダルスライムの表面に匹敵するぜ!!」
「あまりうれしくない褒められ方!?」
「胸はともかく、レナ姉みたいにお腹は出てないんだからっ」
「ぐはっ!?(流れ弾)」
ノナに言葉攻めを食らわせつつ俺は、内心焦りを感じていた。
レナのボールショットを跳ね返した右腕がしびれていたからだ。
(力が戻らないどころか……)
(さらに落ちてやがんのか!)
俺の脳裏に先日ミルラから聞いた言葉が蘇る。
ーーー
『……待たせてすまない。
ヴェルノール殿が失踪してから数か月……長老連はもはやザンガの傀儡だ。
グレンデル家の政治力を駆使しても、ザンガの近辺に近づく事は出来なかった』
グレンデル家は魔界の支配機構である長老連から距離を置く代わりに、中立的な立場から魔王の”監査”を行ってきた名家である。
古からの盟約により、その独立性は保証されているはずだったが……ザンガのヤツは圧倒的な権力を手に入れつつあるらしい。
『私の調査で分かったのは、お前が世界GH-03に派遣されたのはザンガの裏工作があった事と、お前を陥れるためにザンガが何か事前に仕込みをしていたらしいという事だけだ』
『その”仕込み”が何かまでは突き止めることが出来なかった……すまん。
そいつがお前の力が想定以上に落ちていることに影響していそうなのだが……。
もしかして……いや、考え過ぎか』
監査役として調査が中途半端になったことを悔いているのだろう。
苦悩の表情を浮かべるミルラの頬を撫で、俺は優しく声を掛けてやったのだ。
くくっ、いまの俺には頼りになる四天王レナノナがいる。
心配には及ばねぇぜ!
それより、良くそこまで調べてくれたな。
礼を言うぜ。くれぐれも無理すんなよ。
『ガ、ガイっ♡』
『このミルラ・グレンデル!! 全ての力を貴様の為に使おうぞ!!』
……俺の話を聞いてたかお前?
ーーー
それはともかく、ここ1か月ほど、小康状態を保っていたはずの俺の力がさらに落ち始めた。
俺の焦りに気付いてくれたのか。
レナとノナはバカンスと称して”魔”の力が満ちるというこの島に俺を連れて来た。
(くそ、誤差レベルか……)
さすがにランクGの世界では、魔境と言えども周囲に漂う魔の力はごくわずか。
俺の力の回復にはあまり役に立ちそうになかった。
(だが……)
俺の大事な四天王たちが一生懸命考えてくれたのだ。
二人を安心させてやらねえとな。
その時俺の脳裏に浮かんできたのは、二人に虐待をしたいという思いではなかった。
何だこれは。
……初めての感覚に俺は戸惑っていた。
「魔王式海水浴術式三法……グラン・スプラッシュ!!」
胸の奥にわだかまるむず痒い思いを振り払うように、俺は海に向かって両腕を振り下ろす。
ドウッ!!
波打ち際から吹き上がった魔力の奔流が巨大な波を発生させる……のだが、本来ならドラゴンすら波乗りさせるはずの波頭の高さは僅か10メートルほどしかない。
「ちょっ、まっ!? 手加減しなさいよばかっ!!」
「た、たいだるうぇ~いぶっ!?」
どっぱああああああんっ!!
「「……きゅう」」
頭の上にタコやナマコを乗せながら目を回している二人を回収しながら、
生まれて初めて感じる複雑な感情を持て余す俺なのだった。
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