誰かを守るために

Wildvogel

第1話 誰かを守るために

 三年前、ケイタとアイカは高校二年生。二人はその頃から交際を始めた。ケイタは優しく、男女問わず人気があった。アイカはちょっと気が強いが、面倒見が良く、喧嘩の仲裁もしてくれる女の子。二人の交際をクラスメイト皆が応援していた。


 高校卒業後、ケイタは大学へ、アイカは専門学校へ進学した。卒業後も二人の交際は続いた。


 交際を始めてから三年経ったある日のこと。二人はデート中にある出来事に遭遇した。


 「キャー」女性の悲鳴が聞こえた。声のする方を向くと、全身黒服の男が走ってくる。男は右手に拳銃、左手には悲鳴をあげた女性の鞄を持っていた。その男は強盗犯だった。


 「どけどけー」男は銃口をこちらに向けながら叫んだ。男がこちらに向かってくる。その時、アイカが男に立ち向かった。「よせ、アイカ。行くな!」ケイタはアイカを止めようと走った。だが、アイカは「来ないで!」とても強い口調でケイタの制止を振り切った。それはケイタ、周囲の人を守るというアイカの強い決意の表れだったのだろう。


 相手は拳銃を持っている。当たる場所が悪ければ最悪の事態になる。だが、アイカは拳銃を向けられても全然動じなかった。「怖くねーのか。死ぬぞ」男の問いにアイカは「全然。死ぬ覚悟はできてる」二人は睨み合ったまましばらく動かなかった。


 数分後、男の一瞬の隙を盗み、アイカは男が手に持った拳銃を落とした。拳銃を蹴りはらい、難を逃れた。すると男は懐に忍ばせていた刃物を取り出し、突然刃物を振り回しながら暴れだした。周囲の人は男に近づくことができなかった。悲鳴を上げる女性、泣き出す子ども、ドラマや映画で起こるようなことが二人の目の前で起こっている。ケイタの頭の中はパニック状態だった。

 

 すると、男がケイタに近づいてきた。ケイタは恐怖からか思わず固まってしまい、動けなくなってしまった。「ケイタ、逃げて!」アイカの言葉も聞こえない状況まで追い詰められた。「あの女の恋人か?人質になってもらおう」ケイタは逃げようとしたが、男に腕を掴まれ、ナイフを突きつけられた。「こいつを返してほしければ俺の言うことを聞け」アイカは男の要求を呑んだ。


 男は後ずさりしながらケイタに刃物を突きつけ、周囲を脅していた。アイカは男に気付かれないようにケイタを助けに行った。「なんとか逃げ出さないと…なんとか…」ケイタは何とかしてこの状況から抜け出せないか考えていた。しかし、死と隣り合わせの状況。その恐怖から行動に移すことができなかった。ケイタは自分の情けなさを痛感した。

 

 男はケイタを人質に取りながら用意していた車に向かった。そこは人通りがほとんどない道。仲間はいない。一人のようだ。アイカは男の車の近くに着いた。そして、その瞬間が来た。「ケイタを返して」「なんだ、つけてきたのか」周囲に人はいない。三人だけの状況だ。「助けるチャンスは絶対巡ってくる」アイカはそう信じ、チャンスをうかがっていた。アイカは男をじりじりと追い詰める。男はアイカの気迫に押されていた。「こんなアイカ初めて見た」気の強いアイカだが、誰かを威圧したりすることはない。普段見ないアイカの表情にケイタは驚いた。 


 男はアイカの気迫に負け「まいった。こいつは返す」そう言い、ケイタを解放した。ケイタは解放されたが、さっきまでの恐怖からか腰を抜かしてしまい、ちょっとの間立つことができなかった。「もう大丈夫だよケイタ」ケイタはアイカに手を取られ何とか立ち上がることができた。自身の情けなさからか、ケイタは涙を流していた。  


 次の瞬間、アイカは何か嫌な予感を感じた。後ろを向くと男が刃物を持ってこちらを睨んでいた。そして、奇声を上げながらこちらに向かってくる。狙われていたのはケイタだった。「危ないっ!」アイカの言葉で気付いたケイタだが、振り向いた時にはもう遅かった。ケイタは鮮血が流れるのを目にした。それはケイタが流したものではない。アイカが流した鮮血だった。アイカはケイタを庇った際に胸の中心を刺された。アイカは一瞬しゃがみ込んだが、胸の中心を押さえ、気力を振り絞り男に立ち向かった。アイカの凄まじい気迫に圧倒され男は降参した。それと同時にアイカはその場に倒れこんだ。その数十秒後、警察が到着し、男は逮捕された。


 「アイカ!」ケイタはアイカのもとへ走った。アイカは全身真っ赤だった。傷は深くまで達しており、もう助かる見込みはなかった。胸の中心を押さえ苦しそうにしているアイカを見たケイタは大粒の涙を流した。「ごめん…。俺に勇気があればこんなことには…」アイカはうっすら笑みを浮かべながら「自分を責めないで…。私があの男に立ち向かった時点でこうなることは分かっていたの…。でもいいの、みんなが無事であれば…」アイカを助けることができなかった悔しさでケイタは声を出して泣いた。「三年間、ケイタとたくさん遊んだよね…。ほんとに楽しかった…。この先も二人一緒にいられたらよかったけどそうもいかないみたい。ごめんね…」ケイタは悲しみで言葉を出せなかった。「ケイタ、幸せな時間をありがとう…」それがアイカの最期の言葉だった。そしてゆっくりと目を閉じた。アイカは二度と目を開けることはなかった。


 アイカが旅立った数年後。ケイタは警察官として勤務している。「あの日、アイカが俺を守ってくれた。今度は俺がみんなを守る番だ。守れなかったら天国のアイカに怒られる」その思いで人々の安心と町の平和のために日々働いている。「ケイタ、応援してるよ」そんな声が聞こえた気がした。アイカの思いを胸に秘め、誰かを守るためにケイタは今日も日常に立ち向かう。

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