迎えた“法官・氷生”の謁見の日。

 兄弟四人で久しぶりに相談した結果、謁見の日は最初と言うこともあって四人で迎え撃とうと、これに関しては一致した。

 珍しく獣人の彼らも、黙っている。

「ルベウス、何か話してくれよ……気がおかしくなりそうだ」

「わ、悪い……俺も緊張して無理……」

 正装服を身にまといながら、緋は黙っているルベウスに声を掛ける。が、正装服を着せるので精いっぱいの彼は、片言になっていた。

「マリーン、ここの帯って……私は白だったっけ……?」

 碧は落ち着いて見えるものの、袖のたもとを手に持ったままで立ち尽くしている。そんな彼に正装服を着せているマリーンは手を動かしてはいるが、視線は定まらず、何かをぶつぶつと呟いていた。

「マリーン?」

 耳を澄ませてみると、「次は帯……帯の次は……」と正装服の着装順を口にしていた。

「マリーン?聞いている?」

「はい……」

「帯って白だっけ?」

「はい……」

「マリーン、聞いてないよね?」

「はい……」

 笑う碧に気づき、マリーンは「今何か仰いました?」と眉を寄せて尋ねる。

あに様たちの獣人は手間取っているようですね」

 黎の獣人アーテルは、慣れた手つきで彼に正装服を着せていた。

「僕はいつも着物だからね。アーテルも慣れているし、それに僕は……兄上のように何かを成し遂げなければという責任感も、法官に会う緊張感もないから……」

「またそうしてあなたは自分を卑下する……自信を持ってください。黎さまは立派な後継者ですから」

「でも僕は……」

 黎の帯を締めながら、アーテルは呟いた。

「でも気持ちは分かりますよ。僕は猛獣ではなく狐ですからね……。はい、できました」

 彼が着せた正装服は、完璧だった。

「さすがアーテル!」

「恐れ入ります」

 そんな彼らを、いち早く全ての準備を終えていた皚が見つめていた。

「ああやって見ると、いさかいなどない普通の兄弟に見えるんだけどな……“継承権”ってこの世で一番恐ろしいものだと実感するよ……」

 そう言う彼を、アダマスはじっと見つめていた。

「よし、じゃあそろそろ時間だ。行こうか?」

 皚が緋らに声を掛ける。

 みな緊張した面持ちだ。

「“四人いれば怖くない。やっつけろ”だよね?」

 彼がそう言うと、黎は子どものような笑顔で頷き、緋や碧は「そうだったな」と頷いた。



【謁見の間】


「それで……おひとりでは私に会うことはできないので、四人で会わせてくれ。そういうことですね?」

 法官・氷生はそう眼光鋭く彼らを見つめた。

「今の我々では、この国を統一し、それを一人で治めるための力はありません。ですから、本日は四人で氷生法官にお会いしようと……」

「確かに、わたくしにそのような口調でお話なされるのですから、権力もなければ……度胸もないのでしょう。承知いたしました……では、ご兄弟四人でお話しくださいませ」

 まるで鬼のような彼の性格。

 だが、この性格があったからこそ、先代皇帝にも怯まず意見を述べ、皇帝の信頼を得たのちに“司法官”という役職に就けたのだと、彼の立ち振る舞い全てが物語っていた。

「第一皇子の皚さま、率直に申し上げます。あなたはこの帝国の皇帝の座に……とは思わないのでしょうか?」

 あまりにストレートすぎる物言い。さすがの皚も、一瞬戸惑った。

「皇帝の座に就けたらとは思います。ですが、この帝国全てを治め、市民の安全や全てを護り、この国の未来を考えられる人間でないと、皇帝の座に就くべきだとは私は思わないのです」

「では、あなたにはそれができないのですか?今、皚さまが仰られたことを、あなた自身は出来ないということでいいのですか?」

 核心を突くとはこのことかもしれない。皚は「分かりません」と答えた。

「では、第二皇子の緋さま、第三皇子の碧さま、第四皇子の黎さまにも同じことをお聞き致します。あなた方には、皚さまが仰られたことを実行するできるだけの力はありませんか?」

 さすがの氷生の言葉に、誰一人として声を出す者はいなかった。

「先代皇帝がご崩御なされて二か月。この国には皇帝と呼べるお方はおられません。国民からすれば、この国の象徴である人物がいないのです。誰を信じ、誰にこの国の将来を任せられるのか不安な毎日を、国民は強いられているのですよ?それがお分かりですか?」 

 氷生は続ける。

「あなた方皇子は、私の役職をご存じですか?司法官とは、ただこの国の皇帝と賢人会議で決められ、尚書官が成文化した法律の運用をする官人です。皇帝がいないと、私の役職はただのお飾りになってしまう。先代皇帝が創り上げたこの帝国を、同じ頂をあなた方は見てみたいと思わないのですか?」

 彼はそう説いた。

「私は若くしてこの役職に就きました。私の年齢で司法官は異例だと、この帝国でもほかの国でも言われてきたんです。ですが、先代は私を認めてくれた。あの方と同じ志を持つお方は、今の皇宮にはいらっしゃらないのですか……」

 氷生が話すその姿は、彼らの目に焼き付いていた。

「日を改めて、再び参ります。その際にはどうか……四人ではなくおひとりで」

 彼は一礼し、謁見の間を去っていく。

 幕の間から、アダマスが顔をのぞかせる。

「皚さま……皚さまは、この国のことをお考えでいらっしゃいますよね……?いつも悩まれているのは、それですよね?だったら、どうして……氷生さまにおっしゃられなかったのですか……?私たち獣人の居場所を……先代皇帝は約束してくれました。皚さまなら我々の気持ちを……いえ、皚さまも同じ気持ちであると、我々獣人は思っています。それは……偽りなのですか?」

「アダマス……」

「……偉そうに申し訳ありません……。ここは私が片づけておきますので、皚さまはお召し物を……」

 一人俯き、清掃の準備に取り掛かるアダマスを皚はただ見ているしかできなかった。

「兄上……」

 皚の心が波打っていることに気づくものは、黎ただひとりだった―――。

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