翌朝、皚はいつものようにベッドで目を覚ます。

「あ……いつの間にか寝ちゃったのか……」

「おはようございます、皚さま。久しぶりに眠れたのでは?」

 彼はそう言って微笑んだ。

「アダマス……、あのまま寝るとは思わなくて。迷惑かけたんじゃ……それに、姿を誰かに見られたり……」

 皚は心配そうに彼に声を掛ける。

 アダマスは温かな笑顔を彼に向け、「皚さまは気にしすぎですよ」と返事する。

「もし仮に、我々の部屋に誰かが入ってこようとするのなら、皚さまより先に私が気付きます。その時は、元に戻ればいいだけのこと。あまり気にされては、今晩また眠れなくなりますよ。そんなことよりも、朝食いかがです?」

 彼は朝食が載ったトレーを置き、皚に向き直る。

「今朝はまだ、つまみ食いはしてませんから」

 アダマスがそう言うと、二人はどちらかともなく笑い合っていた。

「皚さま、本日はいかがいたしましょうか……その……」

「隠してるもの見せてくれる?そこ、胸に隠してるでしょ?」

 皚はアダマスの胸を指摘した。すると彼は、「お見通しですよね」と一つの巻を取り出す。

「その巻は誰から?」

「法官の氷生ひおいさまです。四州統一について皚さまに話をしたいからと、謁見を求めていますが……」

「うん、あの方なら喜んで会うよ。彼は、先代皇帝の時からこの国に尽くしてくれてるからね。さっそく席を設けてもらいたいんだけど、頼める?」

「御意に。すぐ取り掛かります。あ、その前に皚さまはしっかり食べてくださいよ」

 アダマスは彼の目の前に御膳を並べた。

 ふぅと軽く息を吐きだした皚に、アダマスは一礼し、その場を後にする。

「氷生法官か……久しぶりに会うけど、昔のままかなぁ……」

 

 この国、“アステウス帝国”には大きく分けて、上から順に皇帝補佐、宰相さいしょう、聖職官、尚書官しょうしょかん、司法官、徴税官、儀典官ぎてんかん、交渉官、厩舎官きゅうしゃかん、大臣、各部署の長の十一もの役職がある。

 だが、今現在で機能しているのは聖職と司法、徴税、厩舎、数人の大臣のみだった。先代皇帝が君臨していた時代には、全ての官職が機能し、宮殿も賑わっていたが今は自分が信頼している数人の人間しか、宮殿にいない。

 その状態もまた、皚の頭を悩ませている問題の一つだった。

 彼が会うのも、いつも決まった数人だけ。

「何とかしないといけないんだけど……」

 食事を口に運びながらも、これからのことが頭から離れない。

「はぁ……」

 思わずため息がこぼれる。

「皚さま、またため息を……。とりあえず、席は用意してあります。いつ来られても大丈夫なように。日程はいかがいたしますか?」

「ありがとう。日程ね……三日後でお願いしてもいい?その前にもう一度会って話をしたいからさ」

「では、氷生法官とご兄弟さまに書簡を送りますね。皚さま……お疲れのようですが、悩み事ですか?せめて食事の間だけでも……」

「大丈夫だよ。気にするほどではないから。でも……これからのことを考えると、どうしても、ため息しか出ないのさ……。早く統一したいけど、今の私にはその力さえないのかもって思ってね」

 彼がそう言うと、アダマスはそっと近づき、優しく囁いた。

「皚さまがどんな決断をなさろうと、私はずっとお傍にいますから」

 アダマスはにっこりと微笑み、「では書簡を作成して送っておきます」と部屋を出る。

「距離感……未だにつかめないときがあるな」

 そう言う皚だが、どこか嬉しそうで、いつの間にか食事に手を付けていた。



「兄さんが呼んでるって言うから来たけど、一体何……?この間のことだったら俺は……」

 緋はまたも素っ気ない態度だった。

「謝れとか、考えを改めろとか、そんな説教をするために集めたんじゃないよ。この間のことはそれで終わり。今日は、二日後に行われる“謁見”の件で集まってもらったんだ」

「謁見!?と言うことは、兄上が皇帝になられるんですね!?」

 黎は声をあげる。しかし、皚は首を横に振った。

「私が皇帝にとは思ってないよ。この国を一番に考え、全ての民をまとめられる人間が皇帝になるべきだ。でも、“謁見”を申し出ている官人がいるということを伝えておきたい。彼が謁見だと言うからには、それ相応の対応が必要になってくる。自分が治める州のことはもちろん、そうでない州のことも。それに彼は、四州統一について謁見したいと巻を送ってきた。四州統一は今、私たちが最も頭を悩めていること……。それについて今日は話し合いたいんだよ。継承権なんて気にせず、兄弟の相談って感じでだめかな?」

「彼っていうけど……謁見を申し出ているその“彼”って?」

 緋はそう尋ねる。

「司法官……法官の氷生だ」

「法官……確かに相談が必要かも……」

「それに関しては俺も同意する」

 緋、碧はそう答えた。

 久しぶりに兄弟四人の意見が一致した気がすると、皚は微笑む。その様子を、獣人の彼らは見つめていた。

「兄さんが俺たちを集めてまで相談したいって言うの、氷生を納得させるだけの理由が必要ってことだよな?」

「そう。先代皇帝、私たちの父を黙らせた法官を納得させるだけの理由を考えないといけない。そしてそれを、彼に伝えないといけないんだ。だから協力してくれるね?」

 皚は同意を求める。

 緋、碧、黎はうなずいた。

「よし、じゃあ今のそれぞれの州の状況を報告しておこうか。全てを知っておく必要があるからね。まず、私のところから……」

 こうして四人は、皚がいる宮殿で、夜遅くまで“法官・氷生”に対する対策を練っていた。

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