「私が緋や碧を普通に呼んでも集まってくれない。だから私は、継承権の変更について話したいことがあると、考えてもないことを紙に書いた。それを読んだだけの緋や碧なら飛びつくだろうと思ってね。でも、書いたときに偽りの念を込めていたんだよ。ルベウスやマリーンならそれを感じ取り、全てを悟ってくれると思ってね……」

 皚はそう話す。

「じゃあ……継承権の変更は……」

「今はまだしないさ。この状態で変更することも、統一することもできない。ただ、私たちにはきちんと話す場所が必要なんだよ。今までのことも、これからのことも……嘘偽りなく、全てをね」

 彼はそう話すが、碧は「兄さんがすでに嘘をついてるじゃないか……変更する気なんてないのに嘘の巻を送ってきた……そんなの矛盾だよ……」と怒りをあらわにする。

「碧、君は私を“狡猾だ”と言ったね?そうだ、私は狡猾だよ。そうでなきゃ、父さんが残したあの西州をここまで治められると思うかい?父さんは、私たちの力量にあわせた州を任せた。水資源は豊富だが動力は水しかない、知識が必要な東州を碧に、基本的に自給自足しか生活方法がないが、働き者が多い北州を黎に、貧富の差があり、干ばつや水不足に見舞われながらも商業が活発な南州を緋に、そして官人が多く宮殿や霊廟が置かれ、力がなくては静穏を保てない西州を私に……。先代皇帝はこの四つの州のすべてに均衡がとれた時に統一してほしいと、そう最期の言葉を遺された。全ての州を管轄し、最終的には全てを統一して治めていく。それができる人間は強さだけじゃない。優しさや思いやり、それに狡猾さも必要なんだよ。それが分からない間は、この国を誰にも任せられるわけがない。だから先代は、私に皇位継承権を一位と決めたんだ」

 皚はそう説明する。

「腑に落ちないよ……僕たちが四人で生まれてきたことも、獣人を護衛につけたことも、今こうしていることも……何もかも。この国は……統一なんかせずに分裂させた方がいいんじゃない?緋兄さんだって、きっとそう思ってる」

 碧は踵を返し、霊廟の外へと出て行った。

 マリーンは悲しげな顔で一礼し、その場を去る碧の後を追う。

「私はいつもこうだ……兄弟ですら上手くまとめられないとはね……先代には、はるかに及ばないさ……。この一つでも今の私には静穏を保つのでやっとなのに、この四州をおひとりで……」

「兄上……」

「よし、じゃあ私たちもここで解散しよう。黎は北州に帰るんだ」

「でも……」

「いいから、一度帰りなさい。ここにいても、まだ何もできないよ。次の策を練っておくから、今日は帰るんだ。ルベウス、緋を頼むね……強く言ってしまったから、多分あの子も傷ついてる。あとを任せても?」

「……お任せください、皚さま」

 ルベウスは彼に一礼し、匂いを辿りながら緋の元へと消えていった。

「黎も帰りなさい。アーテル、頼むよ。……アダマス、帰ろうか」

 霊廟の石扉は音を立てながら静かに閉まっていった。



 それぞれが自らが治める州へと戻っていった夜、皚は一人宮殿で頭を抱えていた。

「皚さま……?まだ起きてらしたのですか……」

 夜が更けた午前三時。辺りは暗闇に包まれていた。

「眠れないんだよ……」

「いつもそう仰いますね。この西州を任されてから、皚さまは寝つきが悪くなられました……この鼻を駆使して薬草でも摘んできましょうか?」

 アダマスがそう言うと、皚は笑った。

「ははは、薬草か……。確かに口にしたら眠れるかもね……。でもね、アダマス……私が眠れないのは西州を任されたからだけじゃないんだ。色々考えることが多すぎて、考えている間に眠気なんてどこかに行ってしまうんだよ……。どうすれば兄弟をまとめられるのか、どうすればこの国を繫栄させられるのか……長兄とはいえ、それすらも考えつかないとは、私もまだまだ子供と言うことかな……」

 自嘲気味に呟く皚に、アダマスはそっと身を寄せた。

「今なら誰も見ていません。?そうしたら少しは眠れるのでは……」

「なら……三分だけ……」

 皚はアダマスに身を預ける。その瞬間、アダマスはヒトの姿からオオカミへと姿を変えた。

 体は筋肉質ながらもふわふわの毛に包まれ、優しく温かな手は柔らかい肉球へ、そして瞳は薄い茶色から、ダイヤモンドのように透き通った白く透明なものへと変わった。

「アダマス、君……つまみ食いしたでしょう?」

 人の姿を失くしたアダマスは言葉を発せない。ぐぅと一言発したそれで、皚は全てを分かっていた。

「どうしてわかったのか気になる?……君からね、私の料理と同じ香りがしてるんだ……私はまだ食べてな……」

 皚はいつの間にか目を閉じていた。

 彼が眠ったのを確認してもなお、アダマスはしばらく獣の姿でいた。

 アダマスが獣からヒトへ姿を戻したのは、朝日が昇る寸前だった。



 同じ日の夜、眠れないのは皚だけではなかった。

「ついてくんなよ!」

「でも俺は、緋の護衛で……」

「俺はお前をただの動物扱いしたんだ。俺のそばにいる必要なんてない。どうせ眠れないんだ。一人にしてくれよ」

「俺がそばに居たいと思っても、いたらだめなのか……?」

 ルベウスは歩くスピードを速める緋に簡単に追いついた。

「人の足と、獣人の足、どちらが速いでしょうか?」

「いい加減にしろって!」

 そう自分を振り切ろうとする緋に、ルベウスはしびれを切らした。

「あんたはいつまでも子どもなんだよ!苦しんでいるのは自分だけだと思ってるのか?あんたの兄さんは、あんたを傷つけたからと、あんたのことを俺に任せた。いつまでも拗ねてないで、いつもみたいに俺にかかって来いよ!」

 ルベウスはそう言うと、目を赤く光らせ低く唸り、緋めがけて飛び掛かった。

「うわっ!」

 眼前を覆う手を払うと、目の前には闇のように真っ黒な肉体へと変化したルベウスが立っていた。

「おい!ばかっ!こんなところで変わるなよ!もしバレたらまた捕らえられるだろ!?」

 だが、そんな彼の言うことなど聞かないルベウスは、緋の服を嚙み、体を簡単に持ち上げた。

「降ろせって!」

「ガルルっ!」

 彼は一吠えし、緋を咥えたまま〈神聖山〉へと走る。

「何でここに連れてくるんだよ」

「ここで、あんたに言っておきたいことがある」

 彼は朗らかな顔から急にまじめな顔をした。

「俺は、あんたがどう言おうと、何をしようと、あんたから離れる気はないからそれだけ覚えておいてほしい」

 ルベウスはそう告げる。

「い、いきなりなんだよ……」

「俺は、あんたと契約したんだ。だから何があっても自分から離れることはないから、気にせずに今まで通り接してくれて構わない。俺は、そのままのあんたが好きなんだからよ」

 彼がそう言うと、緋は口角を緩ませた。

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