「こんなところに呼び出すなんて、兄さんは相変わらず狡猾こうかつな男だ」

 碧は皚を見るなりそう言う。

「狡猾……か。いい意味に捉えておくよ。でもね、皇帝になるにはこれくらいの狡猾さは必要なんだよ」

 いたずらに微笑み、彼は碧に近づく。

「悪いけど、皇帝になるのは俺だよ。皚兄さんも碧も、皇帝にはなれないさ。知ってるだろ?先代皇帝、つまり俺たちの父がつけていた獣人は獅子ししだって。皇帝の座に就くにはやっぱり、獰猛で強くて、賢い獣が必要なんだ」

 緋はそう言うと、自らの後ろに立つルベウスに視線を送った。

「そう言われると光栄だな」

 彼は笑う。その口元には鋭い牙が見えた。

「その賢くて強い彼が飛ばした炎は、アダマスが簡単に消化した。それはどう説明するんだい?」

 皚が尋ねる。

「そう言えば、なにかで知ったんだけど……能力を日常的に使っていると、精度が落ちたりするらしいよ。……緋は知ってた?」

 彼は緋に詰め寄る。

「君は……自分の身を守ってくれる彼に、一体どんなことをさせているの?」

 皚に詰め寄られた緋は視線を逸らす。

 しかし、彼はまだ何も話さない。

「こっちに投書が届いたよ。“第二皇子様が新たに制定されました。供給された火を扱う場合、使用の度合いによって代価を定めるものと……”って感じのね。これって、一体どういうことか説明できる?もちろん、嘘偽りない言葉で……」

 緋は恐る恐る、かたくなに閉じていた口を開いた。

「火を……売ってる。それだけだ……」

「火を売る……?」

 その言葉を反芻し、彼は驚いた顔で緋に言った。

「まさか……ルベウスに火を!?」

 緋はうなずく。

「一体どうやって……」

「兄さん……」

 それ以上聞くなと言わんばかりの目で皚を見る緋。

 皚はルベウスに目をやる。

「君が代わりに答えるんだ、ルベウス。何をどうやって、火を売っているんだ?」

 ルベウスは緋を、主人を見つめた。あなたが話さないと、自分が話すことになる。主人を売るみたいになる……と彼の目が物語っている。

 だが、緋は話さない。

「ルベウス、何をどうしているのか答えなさい」

 皚の口調が変わり、彼が纏う空気も変わった。

 ルベウスだけでなく、その場に佇む獣人……皚のアダマス、碧のマリーン、黎のアーテルもそれを感じ取っていた。

「……珍しく、兄上が怒ってる……空気が……」

 感じていたのは獣人だけでなく、人間も同じだった。

「……緋は悪くない……俺がそそのかしたんだ。緋が治めている南州は貧富の差が激しい。だから、裕福な人間に火を売って代価を払わせる政策を取ればいいって俺が言ったんだ。それで……火を売ることにした」

「経緯は分かった。で、どうやって火を?」

「俺の異能だ……。火をたまにして……」

「球……?」

「こうやって……」

 ルベウスは手のひらを上に、腕を伸ばした。

 彼の指先からは、めらめらと赤い光が湧き出て、あっという間に炎が現れる。その炎を上から押さえるように両手で包み込んだ。

 異能を発するための念を呟く。すると、手の中には赤い光を纏い、温かみを感じる炎の球が出来上がっていた。

「これは……」

「緋は“紅玉”って呼んでる……」

 皚はそれを手に取った。

「かなりの能力が込められてる……これだと、相当な体力を消耗しているはずだ……。これを何回も……?」

 彼はうなずいた。

「緋、君がしたことを私は許さないよ?兄弟だろうとなんだろうと、これは自分を命がけで……自分の命に代えても君を守ってくれる彼に対して、一番してはいけないことだ。獣人は一度私たちと契約したら……私たちの命が終わる日まで離れることはできない。たとえどんなことがあってもだ。それに、私たちが口にしたことを、彼らは何が何でも果たす。だからこそ、彼らを傷つけるようなことはしてはいけないし、言ってもいけない。それを私はずっと言ってきたね?それを守れないのなら……」

「兄さんに何が分かるんだよっ!」

 緋は突然大声を出した。獣人の彼らはとっさに耳を押さえる。

「兄さんに……俺の気持ちが分かるか……?同じ日に生まれたのに、少し時間が早かっただけで継承権一位だ。同じ日に生まれてるはずなのに出来が違う……俺なんていつ何をしてもずっと二番だ……兄さんにはどうしても勝てなくて……。自分に獣人が付いたとき、これだけは兄さんに勝てたって思ったんだ。兄さんはオオカミで俺はクロヒョウだ。父さんと同じように獰猛な生き物……」

 その時、空気を切り裂く音が霊廟に響いた。

「何するんだよっ!」

 緋は頬を抑えながらそう叫ぶ。

「緋、君は……獣人を何だと思ってるの?小さい時から片時も離れることなくそばにいて、時には兄弟として、時には親として、時には友として同じ時を過ごした。私たちの護衛となるために、自らの郷から離れてくれた……。そんな彼を、“獰猛な生き物”なんて言い方……」

「兄さんは昔からそうなんだ。ずっと優秀で周りの信頼も厚い、どんな生き物だって愛して、人間でも獣人でも、兄さんの前ではそんな壁なくて……俺の気持ちを考えたことあるのかよっ!」

 彼は目に涙を溜め、霊廟から走り去った。

「緋……」

 ルベウスが後を追うが、マリーンに引き留められる。

「主の場所なら離れていても分かるだろ。今は追いかけない方がいい……一人にさせてあげよう……」

「緋は……ずっと悩んでいたんだ。自分はいつも二番だって……皚さまのようになりたいって。でも絶対になれない。自分には皚さまのようにはなれないって。今回の紅玉に関しても、考えたのは緋です。でもそれを形にして見せたのは俺なんですよ……俺は、あいつが笑ってくれればそれでよかった……少しでも南州を良くしたいって。それでよかったのに……誰が投書なんか……」

 そう話す彼の背を、皚は優しくさする。

「私は、南州に行く予定だったんだ。状態を見て、緋の治め方を目にして、この国をどうするか一緒に考えるために。だから君たちを呼んだ。でも来てくれる確証はなかったから、少し汚い手を使ったけどね……」

「皚さまのお考えは既に分かっておりましたよ。我々獣人は……」

「“考えていることが分かる”だったよね?そう、それが策だったんだ―――」

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