第一章 四人の皇子

「兄上!これ、どういたしますか!?」

 四人の皇子の末っ子、れいは一枚の羊皮紙を手に庭園へと駆ける。

「あ……取り込み中でしたか……」

 黎の姿が目に入ったがいは剣を振る手を休め、彼に向き直る。

「ちょうど休憩しようと思ってたところだよ。どうかしたの?」

 皚は自分の獣人であるアダマス相手に剣の手合わせ中だった。その剣さばきは、獣人相手にも通用するほどの腕前。アダマスは感心していた。

「あの……」

「羊皮紙……また重臣か……」

「あ、ええ……。重臣らもこの国を心配しての言葉かと……ですが、今の我々には……」

「羊皮紙は使うなってあれだけ言っているのに……何かを知っての嫌がらせかな」

 皚は笑う。

「兄上!笑い事ではないですって!」

「ははは、ごめんごめん。でも、もし本当に何かに気づいていてそれを使っているのだとしたら、かなり癖のある重臣だね。ところで……内容は?いつもの?」

 黎はため息をつきながら、羊皮紙を丁寧に開き、文字を露出させた。

「差出は南、あかつき兄さんのところです……“第二皇子様が新たに制定されました。供給された火を扱う場合、使用の度合いによって代価を定めるものとするという庶民には厳しい制定であります。お助けくださいと、連日庶民たちが宮殿へ押しかけており業務は滞っております。第一皇子様の……”」

 黎はそこに書かれた内容を読み上げる。

「要するに、私に来いと言っているんだね。ここを離れるのは気が引けるが……そう言えばどうしてそれを、黎が?」

「僕も兄上に用がありここへ。その際に伝令馬を見かけたのでどうせなら僕が持っていこうと……だめでしたか?」

 皚は首を横に振った。

「黎に雑用をさせているようで申し訳ないだけだよ。私は、一刻も早くこの国を統一したいが……それに応じない弟が二人も……父上は一体何をお考えだったのか……」

 

 先代王が崩御し、既にふた月が経った。

 王の遺言は、この国を四つの州に分けそれぞれを四人の皇子に任せるというもの。時が来れば国を再び統一せよと最期の言葉を残し、命は尽きた。

 王の最期の遺言である“再び統一せよ”の指示通りに、皚は一刻も早くこの国を統一させ、安泰を……と日々考えているのだが、なかなか実現は難しかった。

 と言うのも、皚を第一皇子とし、第二皇子に緋、第三皇子に碧、第四皇子に黎なのだが、彼が言う「それに応じない弟」と言うのが、緋と碧の二人だった。

「僕が間を取り持とうと思って行動を起こすのですが……」

「それは私の仕事だ。黎が悩む必要はないよ。近いうち、霊廟れいびょうに召集を掛けようと思っていてね。この国のこれからのことをそこで話そうかと考えているんだ。両親の亡骸を前に、喧嘩も偽りもあってはならないからね」

 皚はそう言った。

「ですが……緋兄さんと碧兄さんは来てくれるでしょうか……」

 黎は不安げな眼差しで彼を見た。

「必ず来るさ。策は用意してある」

 それとは裏腹に、彼は自信に満ち溢れた眼差しを末弟に向けた。

 さすが兄上……僕には想像もできないことを考えているんだ……。黎は尊敬の意を込め、「僕は兄上に従います」と頭を下げる。

「よさないか……。皇位継承権一位とはいえ、我々四人は共に同じ日に誕生した。ただ私の方が少しばかり早かっただけなのに、そんな畏まられても……」

 皚は頬を掻きながら黎を見た。

 その瞬間、何かが彼らの前を物凄い勢いで横切った。

「何だ!?」

 通った先を見るが何もない。

「兄上、今の……」

「アダマス、君には何か分かるか?」

「恐れながら、正体はつかめています」

「なら、ここへ」

 皚の護衛で獣人のアダマス。彼は「御意に」と会釈すると走った。

「やっぱり速いですね……」

「彼はオオカミだからね」

 物の数分後、アダマスは両手に何かを持ち、二人の元へ戻ってきた。

「まさかそれ……」

「皚さまのお考えの通りです。こいつは、ルベウスの炎ですよ。何かを探りに来たんでしょうね……どうします?」

 獰猛な目つきで、彼は皚を見る。

 皚がそう言うと、アダマスは「では……」と一言放ち、

 

 獣人、それはかつて地球上に存在した伝説とされるもの。

 ヒトであってヒトでない。獣であって獣でない、半人半獣の生物。強靭な肉体、高い治癒能力、高い運動神経、優れた五感。そして、異能……。

 異能を持つ獣人は、さらに貴重なものとしてされていた。と言うのは建前であり、実際には国に管理され、一生を国の元で終えるという残酷極まりない扱いを受けていた。

 それを皇族の護衛にと申し出たのが、先々代の皇帝だったのだ。だが、その扱いは変わらず、非道なものだった。

 いつしか獣人の姿は目にしなくなり、したとされていた。何年も姿を見ることはなく、人もその存在を忘れかけていた……先代皇帝が連れてくるまでは―――。

 だが、獣人の存在を知っているのは皇子らのみ。重臣にもその存在を隠していた。


「ルベウスは無駄に能力を使いすぎですね」

「というと?」

「精度が落ちている。向こうの方がスピードは速いはずなのに、私に簡単に捕らえられて、消化されてしまった。普段から能力を使っている証拠です」

 アダマスは手や口元を舌で拭う。

 その姿は、犬……狼そのものだった。

「アダマス、私の言う通りに動けるか?」

「動けるか、でなくて……動けでいいんですよ。あなたは私がお仕えする主人なのですから」

 彼は微笑んだ。

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